溶けてゆくのは

※ この話は『見つかりっこない、甘い痛みをみつけてしまった』と『篭絡された心臓は、ひときわ高鳴った』の続編です。まずは、そちらからご覧になるのが良いかとは思います。
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耳許から龍蓮の呼吸が伝わり、珀明の耳殻を擽る。けれども、それ以上に荒い自らの呼吸に、珀明は、耳許に意識が向かなかった。それよりも、己の内から引きずり出された異物感と、大腿を伝わる精液に、堪らなく不快感を覚える。
上手い具合に流されて、篭絡されたことを、珀明は自覚していた。もとより、龍蓮がこの行為に及び易いような雰囲気を作ってしまっていたことも。
自身の上に覆い被さる龍蓮の、その垂れ下ってくる髪を、掬い上げる。
「・・・珀、」
龍蓮が視線を合わせてくる。先程まで行われていた情事の色を、未だ残したその瞳に(それは、恐らく自分にも云えるのだろうと思うと、珀明は自己嫌悪に陥った)、珀明は顏を顰める。行為自体は割り切ることはできるが、どうしたって、龍蓮に篭絡されてしまうという事実は受け入れ難いのだ。
珀明は、殆ど八つ当たりのように、触れていた龍蓮の髪を掴んで、引っ張り、己の額に龍蓮のそれをぶつける。半ば自虐的ではあったが、構わなかった。
「・・・・・・・・・・痛い、」
「っ・・・安心しろ、僕も痛い」
拗ねた表情で額を手掌で覆う龍蓮と同じく、珀明も額を撫でる。額に残る痛みに、やらなければよかったかもしれないと云う気持ちも生まれてこないわけではなかったが、痛みによって、身体に残る熱が和らぐのは助かることでもあった。未だ、身体の内に残る熱は冷めやらぬままで、龍蓮の触れている皮膚からも、今もそれは与えられている。仰向けの状態で自由を奪われているのは、非常にもどかしく(その上、身体を覆うものが何もない)、珀明はその燻ったままの熱を持て余していた。
不意に、額にあった龍蓮の手掌が降りてきて、珀明の顎を掴み、性急に口を塞いだ。仕返しだろうかと、珀明は身体を強張らせて抵抗を示すが、引き結んでいる唇を、龍蓮の舌が抉じ開けようとする。だが、息継ぎを止めていられる時間は長くは続かず、終いに、僅かに開いた口を、その深くまで侵される。
「・・・っ、」
性急な接吻に、時折、歯が当たる。絡みつくような舌の動きに、翻弄され、嚥下できない唾液が口の中に溜まり、上手く呼吸できない。
離して欲しいと、頭では思っているはずなのに、身体は云うことをきこうとしないし、それを許されることもない。このようにして、力の違いをまざまざと思い知らされるのはあまり好ましいことだとは思っていないため、歯痒さを感じる。けれども、頭とは違い、残滓のように残る熱に、身体の何処かは、龍蓮を阻むことを望んでいない。でなければ、決定的な拒絶が発せられないはずもないのだ。
だからこそ、落ちていく感触を覚えながらも、珀明は、頭ではそれを拒み続ける。
「・・・・・・や、めろ」
珀明が制止の言葉を吐くと、今度は、ゆっくりと唇を重ねてくる。やさしく、じわじわと追い詰めていく口付けに、珀明は頭がぼうっとする感覚に見舞われ、先刻と異なるそれに困惑する。
寧ろ、先程のような荒々しい接吻だったならよかったのに、と珀明は感じる。それなら、逆に抵抗しようという気にもなるが、これでは、少しずつ気力を瓦解させるだけだった。
正面から龍蓮に向き合うことが苦痛に思えて、身を捩ろうとするが、それでも熱は下がることを知らない。口付けからは逃れることができても、龍蓮の存在からはどうしたって逃げられない。懐紙に水が滲んでいくように浸蝕してくる感覚に、珀明の抵抗心や理性は脆弱さを露呈してゆく。
「・・・っぁ、」
大腿に指が這わされ、やや強く掴まれる。濡れた脚をやわやわと滑る龍蓮の手掌に、珀明は早々に降参してしまいたいと身体が訴えるのに、頭はいつまでも寛恕しない。その葛藤が、何故生じてくるのかを考えると、珀明はとても遣る瀬無い気持ちに襲われる。
「・・・・・・もう、一度・・・」
龍蓮の、常より低く掠れた声が、再び交わることを促すのを、珀明は瞼をきつく閉じて、聞いた。
擲つことのできる存在ならば、寛容することのできる存在ならば、恐らくこんなに苦しむ必要もなかった。
いっそ、強引に行為に及んでくれれば云い訳を、珀明は作ることができた。しかし、龍蓮はいつでも、珀明の陥落を待つ。
「龍、蓮・・・」
やり場のない熱を浮かせながら、それでも、もう、やめて欲しいのだと、そう視線で訴えると、龍蓮があからさまに眉を顰めた。それは、子供がするような仕種と変わらぬものであったが、傷付いた表情であることには相違ない。
だが、龍蓮は珀明の身体を反転させ、腹臥位にした。突然の行動に、反抗に至ることもできずに、珀明は臥牀と正面から向き合った。龍蓮の視線を、己の目で見ることがなくなったのはよいが、今度は龍蓮の意図することを感じ取れなくなったことに、幾分かの不安を覚える。
「ぁっ、」
肩甲骨を軽く食まれ、思わず声が出る。予測できない行為に、小さく身体が震えるのがわかったが、それでも決定的な拒絶を龍蓮に対して突き付けられない自分に、珀明は嫌悪感を覚えずにはいられなかった。悪循環に嵌るのだとわかっていても、避けられない。はっきりと拒まないことで、龍蓮に罪悪感を感じ、中途半端でしか受け入れられないことで、結局後悔をする。
後ろから腕を廻され、身体が臥牀から少し浮き、その間に入り込んだ龍蓮の手が、珀明の胸の飾りに触れたとき、珀明は一層声を上げた。身体から力が抜け、珀明は肘と膝を臥牀につけて、なんとか体勢を維持しようとするが、それすらも龍蓮の思惑の内だったようで、そのまま腰を掴まれ、徐に引かれた。
「・・・ぁあ、いっ、」
先程まで、龍蓮を受け入れていたせいで、珀明の後孔は、多少の抵抗はあったものの、龍蓮の指を受け入れる。再び、本来何も受け入れるべきでない局所を暴かれ、珀明は、罪悪感にも似たよろこびで翻弄される。誰に乞えば良いのかもわからずに、赦して欲しいと、思った。ただ、それは己でないことは確かだった。
零れてきた涙が、褥子(しきふ)の一点を濡らすのがわかって、珀明は前膊で目を擦る。珀明には、視界が、ただその白に支配されているのだけが、すくいであった。
だというのに、珀明がそう感じた瞬間、無慚にも、龍蓮は再び珀明の身体を反転させた。
嬌声を上げる合間に、瞬間、息を呑んだ珀明に、龍蓮は似合わぬ苦笑を、その表情に混ぜた。ああ、似合わないと、珀明は、意識を、ここではない遠くに追い遣りたい衝動に駆られたが、それもできずに終わる。
「っ・・・・・・莫迦だな、」
そうか、と、珀明の言葉に相槌を打つ龍蓮は、誰がとはけして問わなかった。そして、珀明も、それを言及するには至らなかった。
二度目の行為に及ぼうとする龍蓮を目の当たりにして、珀明は、愈愈その身体を投げ出した。龍蓮自身が、後孔に宛がわれるのを皮膚で感じたとき、珀明は、筋肉の弛緩と収縮が拮抗するのを感じた。それはまるで、己の内にある葛藤のようで、嗤った。
いれるぞという、常にはない艶のある龍蓮の声を片耳で感じながら、珀明は早く終わればいいのにと思った。受け入れてしまえば、それからはもう、拒むことなんて考えられなくなるくらいに快楽を求めてしまうのだから、前に思うことぐらい好きにさせて欲しい。
「・・・っああ、は・・・っ」
龍蓮は、残酷なほど、珀明を高めては落としてゆく。
すべてが、めちゃくちゃで、どろどろで、とけてしまったように支離滅裂だ。
脳天を、電気が刺激するような感覚に、再び見舞われて、珀明は両腕で顏を覆った。強烈な快楽は、一度目に感じたものよりもより強く、それ故に、珀明の羞恥心は弱かった。
「・・・・・・はく、」
強く結ばれた箇所がやけに熱くて、最早、なんなのかわからない。この行為を、けしてしあわせだとは思わないが、あつくあたたかい何かが胸を込み上げてくるのは、確かだった。
「・・・ぃ・・・んっ・・・ぁあっ」
吐息が声になる。
龍蓮の触れてくる場所に、熱が集中する。龍蓮が己を見る、その瞳に情欲の色を感じると、顏が火照る。その原理が理解できない、ただの感覚の問題なのかもしれなかったが、そうさせるのが、全部龍蓮のせいだと思うと、もう何も考えたくなくなる。
次第に動きがはやくなり、珀明は、再び絶頂が近いことを察した。
「・・・龍れ、っ・・・も、だめだ・・・っ、」
珀明の言葉に、龍蓮は、珀明の下半身に手を這わせて、珀明自身を捉えた。そして、動きに緩急をつけながら、快楽を支配する。内側からも外側の両方から責められて、否応無しに身体は反応する。臥牀に横に投げ出ていてやり場のない腕を、珀明は、半ば無意識に龍蓮の肩に持ってゆき、掴んだ。
「いぁ・・・ぅ、ぁあっ」
きもちいいのだ。
口にはしなくても、どんなに受け入れるという意識を消し去ろうとしても、いつも、このときだけは、間違いなく身体は龍蓮を受け入れている、そう、珀明は、確信めいた意思を抱く。そして、自らの甘さを自覚する。それでも、肩口に顏を埋めれば、その温もりがとても愛しいと思えた。
「っ・・・ぁああ・・・んっ!」
何度も何度も、厭きるほど突き上げられ、珀明は竟に絶頂を迎えた。己の迸る欲望に開放感を覚え、身体が震えた。次いで、龍蓮が達するのを、直腸に精液が放たれることで、身体で感じた。
こればかりは、不快感や男としての屈辱を拭い去れ切れるものではないと、珀明は諦めている。中に迸る熱い熱に、感じるべきでない拘束を得て、そして、その熱に浮かされる。なんて背徳的だろうとは思う、しかし、だからこそ、甘美であるとも云えた。少なくとも、今、ここにこうしていることが、答えなのだろう。
顏と顏を寄せ合えば、幼稚にも鼻が触れ合い、顏が綻んだ。そんな珀明に、龍蓮は、安堵するような表情を呈すると、するりと唇を合わせてくる。触れて、すぐに離れていったそれに、先程の行為の濃さとは違った熱を覚えて、どこか居心地が悪い。
「・・・すきだ、」
龍蓮が、囁く。
僕もだと、そう返したら、龍蓮はきれいに笑ってくれるのだろうか。








これにて、「見つかりっこない〜」「篭絡された心臓は〜」「溶けてゆくのは」の3部作(?)は終了です。本当は、1話ごと独立させて作ろうとしたのですが、龍/珀強化期間ということで、無理やり繋げてみた件について。gdgdでごめんなさい・・・そして、会話が少なくてごめんなさい。会話って難しいんですよね、私は他の方のようにテンポのよいやりとりができませんので・・・(涙)
3話目は、1、2話目と違って龍蓮視点に挫折してではなく、珀明視点からお送りしました。というか、なんでしょうね、この龍/珀は・・・なんでこんなに鬱っぽくなるんだろう?なんでこんなに素直じゃないんだろう?なんで段階踏んで年齢制限上げるんだろう?なんで話が進むごとに後ろ向きになっていくの?そもそも、龍/珀のありかたってこれでいいの?需要ってあるの?と自問してしまいます。そして、心のどこかでは、きっとあるに違いないと、薄い期待をしています。
けれども、こんな似非龍/珀で、誰かの心を掴み取れ、一人でも多くの龍/珀FANに巡り合えることができたら、光栄の極みでございます。どうか、彩雲FANの皆様にとって、龍/珀というものが、マイナーCPだと認識されないことを願い(なんてネガティブな・・・ここは、メジャーCPだと認識されることを願い、と書くべきが・・・)、後書とさせて戴きます。