篭絡された心臓は、

ひときわ熱く高鳴った

※ この話は『見つかりっこない、甘い痛みをみつけてしまった』の続編でもあります。まずは、そちらからご覧になるのが良いかとは思います。これだけでも読むことは可能かもしれませんが・・・話が通じにくいかも。

http://homepage2.nifty.com/afaik/



臥室は、ひどく静かであった。それこそ、言葉を発しなければ、お互いの呼吸する音ぐらいしか、室内を響かせる音がないと云っていいくらいには。だが、その静寂は、けして重苦しいものではなかった。
龍蓮は、珀明の肩口に乗せていた額を外すと、背中に軽く廻していただけの腕を、そのまま珀明の腰へと移動させて、珀明の両腕ごと抱き締める。いくらかあった互いの間隙を完全になくし密着し、龍蓮は、珀明の、その耳殻の後ろへと顔を埋めた。
より深まる接触に、珀明からの抵抗は全くなく、ただ、擽ったそうに、僅かに身を捩ることはあった。だが、不意に珀明が、深く、息を吐き出した。どうやら、今まで、暫くの間、呼吸を止めていたようだった。その原因が、自分の行動にあるのだろうなと察した龍蓮は、敢えてそこには言及しなかったが、それでも、珀明の生温かい吐息が首筋に掛かったときには、背筋に何とも云えない感覚を覚えた。
時折、珀明は無意識に龍蓮を煽る。自覚のないそれは、傍目とても淡白ではあったが、それ故、逃れ難い誘惑でもあった。奇麗で禁欲的なものを穢し己の物にすると云う趣味は持ち合わせてはいなかったが、それに似た衝動に駆られていることは、けして間違いではないだろうなと、龍蓮は考える。
「・・・待て、龍蓮」
珀明の制止の言葉に、龍蓮は、腕に込めていた力を一時的に弱める。僅かに珀明の顏が覗いた。しかし、その意図が読めずに、龍蓮はどうかしたのかと、珀明の耳許で小さく訊ねた。すると、今度は擽ったそうに、首を曲げ、頭を龍蓮の方に傾ける仕種をする。
「お前・・・このまま、押し倒す気だろう、」
だから、もうやめておけと、珀明は言葉を繋げた。珀明の言葉は、全くもって正しい。だが、珀明の制止があるからと云って、龍蓮は、けして次の行動を諦めようと云う気は、更々湧いては来なかった。
厭だと、ここで即答しても良かったのだが、だが、龍蓮はその代わりに、珀明の後頭部で一つに括られたその髪を、髪紐を解いて、下ろす。その行為に、珀明は、龍蓮の変わらぬ意志を察し、眉を顰めて睨んでくるのが、龍蓮にはわかった。
そして、次に珀明の口から何かを云われる前にと、珀明を腕の中に捉えながら、龍蓮は、そのまま臥牀に倒れ込んだ。自らを下にして、胸腹部の上に珀明を抱える。行動に移した途端、珀明が驚愕のせいで息を呑むのが聞こえた。拘束を少し緩めると、珀明が臥牀に手をついて身体を起こそうとするが、いくらかの間隙を作ることを許すだけに留め、逃げることはさせない。
「・・・今日は、珀明に見下ろされてばかりだな」
「・・・っ、莫迦―――」
果たして、繋がる言葉はなんだったのか、最後まで云い切る前に、龍蓮の頭部を、その手掌で後ろから捉えて、下に引き寄せることで珀明の口唇を塞ぐ。幾度か角度を変えて押し当て、高まった熱を放つように、一度唇が離れてゆく。同時に、下ろし髪に五指を差し入れて、先程、珀明がしてくれたように、龍蓮は指を絡ませて撫でた。
「あ・・・」
顏が離れると、視線が交わった。だが、珀明は龍蓮の視線から逃れるように横を向いた。だが、龍蓮はそれに構わず、頤に口付けた。そこから、流れるようにして再び唇を合わせ、今度は舌を絡めさせて、陥落を待つ。
「・・・っ、」
龍蓮の上で、臥牀に手掌をついたまま、一定の距離をとろうと努めていた珀明だったが、その姿勢を維持することでの疲労と、龍蓮からの接吻に限界を感じ、とうとう龍蓮の身体の上に倒れ込む。
ああ、落ちてきたと、龍蓮は、その身体を抱き締めてから、臥牀の上に珀明の身体を下ろした。そして、今度は龍蓮が、珀明の上に覆い被さるように跨り、珀明を覗き込む。今し方の接吻によって濡れた唇を、拇指で軽く拭うと、それを自覚させられた珀明は、その顏に動揺の色を見せた。
珀明の顏が横を向いて、明らかに視線を避けられる。だから、こっちを向いてくれと云う意思を含め、金色の髪の下に隠れた首筋を、その髪を掻き揚げて、軽く噛み付く。刹那、珀明が息を呑む。恐らく、瞼を下ろして耐えているのだろうなと、予想しながらも、龍蓮は時折、首筋を舐めてもみせた。
「・・・・・・ぁっ、」
小さく喘いだ珀明は、だが、この行為が厭だと云うように、龍蓮の腕を掴み、抵抗を示す。その抵抗すらも、結果的には愛しいと感じるのだと、そう云ったら、珀明は抵抗を止めるのだろうかと、そう思ったが、いや寧ろ、頑なになるだけだろうなと思い至り、龍蓮は口を噤んだ。
「・・・厭か、珀。止めて欲しいか、」
龍蓮は、臥牀の褥子(しきふ)についた珀明の片頬に手掌を添え、少し強制的に正面、つまりは自らの方を向かせた。そして、軽く口付ける。
「私は、珀を、もっと知りたい・・・感じたい、」
だから、受け入れて欲しい。
そう云って、龍蓮は理解した。やはり、自分は、先刻珀明が口にしたように、卑怯なのだと。追い詰めて、断わることができない空気を生み、だが飽く迄、答えを珀明に需めるのだ。答えあぐねいている珀明の困惑する表情に、優しすぎる友の性質を感じる。
それでも、知りたいと思う。知ることは、手に入れることと同義だと、そう聞いたことがある。だから、感じていたいと思う。それは、痛みでも苦しみでも愛しさでも快楽でも、友から与えられるものであれば、どれでも構わない。
どうか、己の最期が、彼らではないことを、龍蓮は願った。それは、あまりにも酷すぎる。
「・・・龍蓮、」
頬に触れている手掌が熱い、これは、珀明の熱だ。じんわりと伝導してくる熱に、龍蓮は自らの熱も高まるのを感じた。互いに持つ熱に含まれる種類には相違があったが、それでも、構わない。龍蓮は、間々交わる視線に堪えかねて、竟には、珀明へと数度目かの口付けを落とす。
果たして、珀明からは、拒絶の言葉も受容の言葉も帰返ってはこなかった。否、龍蓮がそれを待たなかったからだとも云える。だが、龍蓮は、それ以上待っても、返事は返ってこないだろうと確信している。だから、これでよいのだと、敢えて、返事を待たなかったのだと理由立てた。
「・・・ふっ、・・・・・・っ、」
睡衣の合わせを膝で肌蹴させ、裾をたくし上げ、龍蓮は、珀明の下半身を、そのまま膝を使って刺激した。抵抗が露わになった腕は、手首を掴み、褥子に縫い付けることで解消する。
その間でも、口付けは尚続き、珀明を翻弄させる。果たして、口付けのせいか、下半身へ注がれる刺激のせいか、珀明は断続的にだが、身体を跳ねさせる。嚥下し切れなかった唾液が、口の端から零れると、その不快感に拭いたいと、珀明は思ったが、固定された手のせいで叶わない。どうしようかと思っている間に、龍蓮がそれを舐め取り、次いで、頬へと口唇を移した。
龍蓮は、珀明の手首の拘束を解いて、今度は、睡衣の帯へと手を掛ける。その行為が、まざまざと珀明に次に齎される行為を暗示し、精神的にとても受け入れ難いと感じていることを、龍蓮は、己の腕に触れてくる珀明の手から、感じ取っていた。意図したものではないのかもしれない。龍蓮は、珀明に笑みを向けるが、それによってさ、珀明は更に困惑を覚えることも知っていた。
「珀明、」
龍蓮は、より屈み込み、珀明の鎖骨へと口を寄せる。そして、その隆起した部分を軽く食むと、小さく音を立てて口付ける。瞬間、鬱血によって紅く染まったが、それもすぐに元の肌色に戻った。
「・・・ぁ、や・・・っ、足っ、」
だが、珀明は、下半身への緩やかな刺激の方に意識が注がれているようで、そちらをどうにかしろと云う意図を込めた言葉が、途切れて零れてくる。
「・・・止めて欲しいのか、珀、」
わざと顏を近付けて、視線を合わせて訊ねた。救いの含まれない言葉に、珀明の睫毛が震える。それが濡れているように見えるのは、きっと見間違いではない。珀明は、龍蓮の問いに首を横に振って答える。そして、その意味を、龍蓮が理解しているからこそ、珀明は鋭い視線を緩めない。
龍蓮、と、珀明が、余裕のない声で名を呼ぶ。直接脇腹を撫で上げると、珀明の身体が震えた。それを見た龍蓮が、顔を緩ませると、反対に珀明は、顏を顰める。
「龍蓮・・・っ、ぁあっ」
再び名を呼ばれて訴えられる。曖昧な誘惑が、ひどく心地好い。それに応えるように、龍蓮は脚の動きを再開させた。鼠蹊部を親指で刺激すると、それが歯痒いと感じるのか、龍蓮の上腕を、珀明は強く握る。それが、制止を示しているようにも見えるが、本人の意図とは全く逆の行動であるので、それがおかしかった。
龍蓮が、口付けようと唇を寄せると、珀明はそれを拒むどころか、反射的に瞼を下ろして、自ら近付く所作をして見せた。
「・・・んぁ、」
絡め取って、吸って、龍蓮は、珀明の項に手掌を添えて、交わりを深めた。もう片方の手掌で大腿を持ち上げ、珀明の腰を上げるように促すと、僅かではあるが、珀明がそれに従う。そして、その中心を包み込むようにして握り、決定的な刺激を齎すと、珀明はこれまで以上の反応を見せ、嬌声を上げたが、声は塞がれた唇によって、その殆どが奪われて、小さな吐息になった。
強張る身体は、興奮のせいか緊張状態を続けている。龍蓮は、手淫を続けながらも、口付けでそれを緩めようとするが、今度は首に腕を廻され、密着が深まる。これは、果たして誘っているのか、止めて欲しいのか、愈愈わからなくなって、龍蓮は微笑する。
珀明の絶頂が近いとわかると、龍蓮は唇を離した。肩口へと額をのせられ、縋り付くように耐える珀明を、龍蓮は更に追い詰めるように、手を動かす。
「・・・・・・ぅぁあ、っ!」
珀明は、口を閉ざし、声が漏れるのを防ぐ。それは、絶頂を迎えたときも変わらず、龍蓮にはそれが少し不満ではあった。身体の弛緩した珀明を臥牀に沈めさせ、上眼瞼に口付ける。
「珀、」
龍蓮が、短く珀明の名を囁くと、珀明はただ何も答えず、好きにしろと身体を投げ出してくる。
そして、自分とのこの行為が、珀明にとって許容の範囲にあるということに、喜びを感じる。許されていると云うことが、とても有り難い。
自分の腕の中に落ちてくる珀明を心待ちにしながら、自分も落ちていくのだと自覚する。触れ合う場所から伝わる熱も、鼓動も、紛い物ではなく、龍蓮を熱くする。
心が奪われてしまったような拘束を感じながらも、龍蓮は、そのまま、珀明へと身体を沈めていった。