腕の中で


目覚めたら、


新しい朝が


いつもより


輝いて見える

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あたたかな臥牀の中、未だ朦朧とした意識に浸かりながらも、珀明は室(へや)への侵入者の存在に気付いた。けれども、逃れ難い睡魔と倦怠感が咎めの言葉を奪い、身体を臥牀に縛り付ける。唯一の救いは、その侵入者が、珀明にとって危険性を孕む存在ではないと云うことであろうか(しかし全肯定はできない)。その人物が、こうして珀明の邸に無断でやってくるのは初めてではないし、寧ろ慣れてしまったものとも云えるのも一因である。
薄らと開かれた眼瞼の間隙から見えた、その男――藍龍蓮――の顏は、僅かに笑っているようであった。それを直視するのが憚られ、珀明はそれっきり瞼を下ろし、更に枕へと顏を埋めてしまう。ともかく眠いのだ、そう主張して、龍蓮のおとないをやんわりと拒む。無視をするという行為に罪悪感を抱くよりも、いつも知らせなしに押し掛けてくることへの憤りの方が強い。
「珀、」閉ざされた視界の代わりに、僅かに働く聴覚が龍蓮の声を聞き取り、その存在を珀明に知らしめる。耳も塞いでしまおうかと思う傍ら、腕を被子(かけぶとん)から出すという所作もままならず、思考だけで終わった。
臥牀の軋む音がした。ああ腰掛けたのか、と頭で認識しても、退けという言葉も生まれない。全てが面倒だ、そう珀明が感じると、腹臥位でいる珀明の上に軽く重みが加わった。露わになっている手首を上から掴まれ、呼吸が暴かれる距離にまで詰められる。背中に触れる龍蓮の胸部から伝わる心音が、吐息以上に煩わしい。
「・・・・・・・・・・おい、」絞るようにして出した声は、僅かに掠れていた。自分の声を聞いてから、喉の渇きを自覚する。しかし、ここまできても、珀明の身体は睡魔に支配されていて、自発的に動き出そうという意欲を殺ぐ。このまま無視して、再び寝入ってしまおうかと思う。此の際、隣に眠ってくれてもよいから、この眠りだけは妨害してくれるなと思う。
「・・・・・・っ!龍蓮っ、」だが、珀明の願いも空しく、珀明の眠りは打破された。無理に引き摺られた覚醒のお陰で、珀明の気分は最悪だ。
不意に、項に触れてきた感触に、首を竦める。しかしそれを物ともせず、軽く触れるだけの口付けを項に何度か落とされ、珀明は痺れのような震えを覚えた。口唇が離れるたびに鳴る小さな音が、珀明の羞恥心を無駄に呷る。口から零れ落ちてしまいそうになる吐息を、口を噤んでしまうことで抑えようとすれば、自然と龍蓮への抗議も止んでしまう、止めさせたいのに止めさせられない矛盾が、苛立ちを生む。力を以て圧し掛かる龍蓮を退けようにも、手は拘束されて自由が利かない。それが予めの確信的な行動であったか否かはわからないが、龍蓮にいいようにされている自分が腹立たしいと、憤らずにはいられなかった。
すると、珀明の手の自由を封じているせいで使えない手の代わりに、龍蓮は、口で珀明の後ろの衿を銜えてその衿を抜く。ゆとりのできた首元に、珀明は云いようのない心許無さを感じた。
珀明が、なんとかしてこの状況から抜け出せないか考えていると、徐に龍蓮が珀明の身体を反転させた。一気に視界が拡がり、自然と、珀明は自分の上にいる龍蓮を見上げる。
「退け、この莫迦!」珀明は、龍蓮の服の裾を少しきつめに掴みながら、驚愕で見開いた目を鋭利なものに変えて、龍蓮を睨んだ。しかし、対する龍蓮は平然としたもので、普段よりも弛んだ表情でただいまと、珀明へと声を落とす。そんな龍蓮の無意識の言葉が、時折残酷なほどに珀明の抱く負の感情を払拭してしまう。
「おかえり、龍蓮」
この男は、出会った頃から変わらないと、珀明は感じる。出会いから既に一年以上の時間が経過しているというのに(それが短いと云ってしまえばそれまでだが)一向に変わらない、揺るがない。それは、珀明自身が、己が変わったと自覚しているから(それは、龍蓮は勿論、秀麗や影月の影響によるものだ)余計に感じるのかもしれないが、龍蓮は好い加減大人にならない、お互いの立ち位置を理解しているにも関わらず。或いは、出会う前からずっと前から老成していたのかもしれない。それこそ、藍龍蓮という完成品は、珀明の預かり知る所のないときから出来上がっていたのかもしれない。なんて冷めてしまった大人だろう、その癖、こうした行動は子供を通り越して幼稚とも云えた。
「龍蓮、僕は眠い・・・」再び落ちようとする瞼を抑え、珀明は小さく主張する。
目覚めてしまった身ではあるが、もう一度眠ろうと思えば、充分に寝入ることができる程度には眠い、そもそも中途半端な睡眠時間では、日々の公務で削られる体力が元に戻らない。
「・・・こら、っ、やめ・・・っ、」しかし、龍蓮は先程抜いた衿によって余裕のできた珀明の首元に顏を寄せて、そこに再び口付けた。そうして、ただいまと繰り返す。何がそんなに嬉しいのだろうかと感じるくらいには上機嫌に。けれども、今度は手が解放されていたので、珀明は龍蓮の両肩を掴んで引き剥がそうとした。
「・・・っ、そのけばけばしい服を脱げ、飾りを取れ、そしてお前も寝ろ、龍蓮・・・眠いんだ、何かして欲しいなら、次に起きてからにしてくれ・・・」やはり、この倦怠感は逃れ難いものがあった。
「・・・・・・今日は、珀明が外してくれないのか、」
「そんな力は、今はない・・・」これ以上体力を消耗することも嫌だと云うように、珀明は龍蓮の肩を掴んでいた手を、臥牀へと落とした。
それから、視界の端に龍蓮が珀明の云い付け通りに頭の上の飾りを取っている様子が映ったが、しかし、暫くして睡魔が襲ってきて、珀明は意識を放した。そのせいで、龍蓮が臥牀の上に乗り上がって自分の隣に横になるのを、結局知らぬまま、珀明は次の覚醒まで眠り続けた。






おまけもあったりする(08/02/09)

他の作品よりもなんか詰め詰めじゃない、と思った方は正解です。敢えて、そうしました(何故)。
こんなことぶっちゃけるのもあれですが、龍/珀はこんな感じで、龍蓮がどんどんスキンシップを過激にしていき、それが当たり前となって、珀明もそう簡単に動じなかったりするとか、仕方がないとか、いちいち怒っていられないとか、そんな諦めモード姿勢になっていくとい〜なとか思っている。
それにしても、この2人が幼馴染だったら、どんなにか面白いだろうなとか思い始めている自分がいて、これはある意味パラレルよりも難しいのではないだろうかと思い至った。