ほんとうさいわい

      は
いったいなんだろう
http://xym.nobody.jp/



外と内をきっかりと遮断する瀟洒な造りの闔(とびら)の前で、龍蓮は暫くの間佇んでいた。室内からは、この邸の主である友の気配はするけれども、その気配に動きはなく、活動が停止している。詰まるところ、既に眠りに就いているのだろうと予測される。しかし、龍蓮は一呼吸置くと闔に手を掛け、できるだけ音を生じないように開ける。外気が風によって運ばれ、室内の空気を乱すのが、自身の肌で感じられた。徐に室内に足を踏み入れ終わると、闔を閉める。

目当ての人物は、案の定、臥牀に横たわっていた。跫音をたてないように傍へと近付く、けれども、自分の存在に気付いて欲しいという欲求がそうさせるように、気配は絶たせない。気付いてくれればと思う。独り善がりな願いだ。

(・・・・・・・・・金の糸、のようだ)

枕の上に散った金糸を見て、龍蓮はそう感じた。癖のある髪質は、自分のような直毛よりも、幾分かあたたかみが増して見えるのが不思議だ。龍蓮は珀明の寝顔を見て、小さく笑む。

「眠りに落ちた公主、のようだぞ、心の友」
「・・・・・・・・・・・・莫迦、公主は女に使う言葉だ、この不法侵入」

揶揄する龍蓮の口調に、珀明はゆっくりと瞼を上げて、悪態を吐く。それからゆったりと上体を起こし、身体の上に掛かった被子(かけぶとん)ごと膝を抱えるようにして坐る。龍蓮は、とりあえず開口一番で拒絶の言葉を口にされなかったことに、軽く安心する。

「空寝とはつれない、起きているならで迎えて欲しかった」
「寝言は寝て云え、お前の気配で起きたんだ。腕っ節には全くもって自信はないが、気配を読んだり、察知するくらいなら、ある程度はできる」

珀明の言葉に直接的な返事はせずに、龍蓮は臥牀へと腰を下ろす。下ろしていた視線が一気に、殆ど珀明のその高さと変わらない位置になり、より一層視線が交わる。眠いかと尋ねると、珀明は、それ程でもないと素っ気無く述べた。別段、それが自分に気を遣って放たれた言葉ではないことを、龍蓮は理解していた。

「今日は・・・特別、頭の上に何も飾ってはいないんだな、」

珀明のが龍蓮の頭へと視線を寄越すと、小さく呟くように尋ねる。そこには、大した好奇心も興味も感じられなかったけれど、龍蓮は、まるで報告をするように滔々と答えた。

「今晩は、心の友其の一の邸で、心の友の家族と心の友其の二と共にご相伴に預かったので、そこで、礼にと、頭に載せていた莓を渡してきた。心の友其の一はとても喜んでいた」
「・・・・・・そう云えば今日、だったな」

数日前に、秀麗から夕食の誘いを、珀明は文で受けた。秀麗の細やかな心遣いを酷く嬉しいと感じたはずなのに、何故かそれを断った自身に、珀明はそのとき疑問すら抱いた。けれども、その理由の一つを、龍蓮を見て、珀明は知ることとなった。

「何故、珀は来なかった?」

その口振りは、珀明が秀麗から夕食の誘いを受けていたことを知っているようだ。問い質す瞳は、漸う近付いてくる、気付いたら、手首を掴まえられていた。

「・・・・・・お前が来る、だから、」
「だから、来ない?」
「・・・僕は、それほど強くはない、少なくとも、龍蓮、お前よりは。紅家の邸に足を踏み入れるのにさえ、幾許の勇気が要る。何が大事か、そんなことわかっているのに、計算高く、頭が働く。何を優先すべきか、どうしたら立場を守れるか、僕の心の平安を保つにはどうすればいいか、」

珀明の言葉は、半ばうわごとのようだ、龍蓮は、そう感じた。拘束されていない方の珀明の手へと視線を落せば、その手は被子をしっかりと握っている。それが、まるで、彼の心の平安を保たせようとしている行為のように思えた。

なのに、何故、お前がここにいる。か細い声が、そう訴えてくる。

「・・・・・・珀明、紅家の邸ではない、友の邸だ」

そう云われた珀明は、今度ことぐうの音も出すことができずに、俯いた。真剣な眼差しを向けてくる龍蓮の瞳が、とても眩しくて、耐えられそうもないからだ。そこに、羨望の念を抱くこと自体が間違っているのだが、自分にはないものを所有する龍蓮を、珀明はただ羨ましいのと同時に嫉ましかった。

「友の邸を訪ねるのに、幾らの資格も理由も必要ない、」

正論だ、それこそ聞いているこちらが滂沱してしまうくらいの正論で、理想論だ。珀明とて、それを重重承知していたけれど、現実は全てを割り切ってくれるほど甘くはない。

「・・・頑固だな、珀は」

本当は、誰よりもやさしいのに。

少し呆れた物言いの龍蓮の言葉に、珀明は小さく煩いと呟いて、視線を逸らす。こちらを向いてくれ、という龍蓮の懇願にも一向に応えない。互いの距離は離れているわけではなく、寧ろ近いと云ってもいい程である。それが、臥牀という限られた空間でなら尚更だ。その距離でいくら龍蓮を拒もうとしたところで高が知れているということをわかっているのだろうか、と龍蓮は内心考えた。

「・・・・・・・・・楽し、かったか、」

小さい声、けれども、尋ねるそれに、龍蓮は力強く、無論と答えた。

「だが、珀がいれば、もっと楽しかったぞ」

その言葉に、珀明が薄く笑んだ。それが無性に嬉しくて、龍蓮は、掴んだ手首をそのまま引っ張り抱き締めた。





⇒ 續
弱弱珀明。いえ、本当は、強い珀明が好きです。可愛いは前提に、龍蓮を受け入れることのできる男前な珀明がもっとも好きです。でも、こんな珀明も好きです(誰か同意してください)。
あれです、国試の結果とかで、ちょっと不安になっちゃったみたいな時期だったりするのかも(不明確)・・・・・・・・・いいんだ、私の思う通りなんだよ、全部(ぉぃ)とにかく、龍/珀ならいいんだよ。前回までの楸瑛+龍蓮もそんな前菜に過ぎないんだよ(最低)
もはやこの話が1から続いているのだと云われても、誰も信じるまい・・・めちゃくちゃ(涙)