ほんとうさいわい

      は
いったいなんだろう
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触れ合う互いの身体から直に伝わる心音が、やけに響く。果たして、この音はどちらのものなのかと考えを巡らせれば、自分の心音よりも珀明のそれの方が早く打っていることに気付いて、龍蓮は何処からともなく愛おしさを覚えた。そして、抱き締める腕により力を込めれば、薄い肩が跳ね、けれども直ぐに落ち着きを見せ始めた。
抗議の言葉を発してこない珀明を珍しいと思いながら、龍蓮は珀明の後頭部に手を添える、そして、時折緩慢な動きで幾度か撫ぜた。

「珀明、」

名を呼ぶと、珀明は身を捩ってその腕から逃れようとする。龍蓮は拘束を緩めて、解放を容易にする。放したくない云々よりも、顏を見たいと思った。けれども、生まれた間隙によって表情を窺いやすくなったというのに、珀明は一向に面を上げずにいるせいで、それも叶わない。催促するように、龍蓮がもう一度珀明の名を囁けば、僅かに珀明の身体が反応する。渋渋とだが、龍蓮の名を呼ぶその意味に催促を見出したのか、顏を上げる、だが、視線は意図的に交わらない。しかし、何やら珀明は意を決したかのように、そろそろと視線を合わせようと努めているのが、何度かそのきれいな――まるで海の色を思わせるー―碧眼が左右を泳いでいてわかった。

「・・・珀、」
「・・・・・・・・・・・・離れろ、そして、後ろを向け」

やっとのことで合わさった視線を龍蓮が確認すると、短い沈黙の後、珀明はそう軽く命令口調で云う。だが、珀明は龍蓮の返事も待つことはなく、緩やかな龍蓮の拘束を解いて、臥牀(しんだい)に坐る龍蓮の背後へと自ら動いた。そして、龍蓮の外套を外し、頭の上の羽根を除いていく。次いで、藍色をした腰布や飾りを剥いでゆくが、珀明にはこれが一体どのような要素でどのような意味を持ち、結果的にどのように役に立っているのか、さっぱり理解できなかった。ただ、異様に派手な防寒着だと云われれば、数百歩譲って信じてやらないこともない。然したる抵抗もないので(寧ろ、脱ぎやすいようにその都度動いてくれる、何故ならこれは、龍蓮を受け入れる合図のようなものなのだ)、珀明は剥ぎ取ったものを臥牀の傍らにある小さな丸卓の上に、布類には極力皺ができないように重ねていく。

「何故か、倒錯的な気分になる、・・・・・・珀に、臥牀へと誘われているようだ」
「―――っ、ば、ばば、莫迦!そんなわけあるかっ!こ・・・これは、お前との約束、だからっ、」

半ば揶揄かい気味に龍蓮は云ったつもりではあったが、予想以上の反応を見せる珀明に、背後から背中を叩かれた。元来、誰かに背中をとられるようなことがない龍蓮だが、こうして接するようになり、心の友に対してだけは、その警戒も解かれることを識った。龍蓮は、徐に背後にいる珀明と向き合うように振り返って、その顏を覗く。

「・・・だから、私を、受け入れてくれるのだろう?」

今迄にないほど、珀明は顏を紅潮させて睨んでくる。真っ赤に熟れた莓のよう、とは云い過ぎではあるが、詰まるところ、怒りと羞恥が珀明の中で渦巻いているのだ。口は溺れた者が空気を渇望するかの如く、開閉を繰り返している。

「どうかしたか、珀明、」

頷け、肯け。

返答を求める龍蓮の言葉に、珀明の双眸は途惑いがちに揺れ、それを半ば覆うような長い睫毛は震えた。それに、云いようのない色気を感じ、龍蓮は殆ど無意識に臥牀に乗り上がるように、珀明へと近付いた。珀明は、龍蓮の一連の所作に、近い近い近いと心の中で泣言のように繰り返しながら後退を試みようとするが、思うようにいかないことを憂えていた。珀明を逃がさないのは、龍蓮のその腕力だけではない。

「―――――・・・・・・っ、意地が、悪いぞ、龍蓮。ここまでさせておいて、何故・・・、賢いお前がわからないはずはあるまい、」

本当は、意地が悪いのではなく卑怯なのだと、珀明は思った。賢いという言葉は、けして買い被りではない。自分がそう言葉にするからには、そうであるという揺るぎ無い確信があってこそだ。

「言い返すが、私は心の友達のことに関しては、とんと自信や確信というものが持てなくなる。藍龍蓮の名も形無しだ、」

そう云うと、龍蓮は右手で珀明の左手を握る。たったそれだけの行為が、龍蓮には、やけに貴いもののように思えて仕方がない。愛しむように、握った手を緩め、再び力を入れれば、握り返して貰えるのではないかと、儚い幻想すら抱いてしまいそうだ。

「・・・私は、心の友達を、珀明を、とてもいとしく、思う」

吾が身よりもと、口にしてしまえばまるで陳腐でしかない言葉は、兄と対峙したとき同様、口にはしない。

「・・・・・・・・・・・・それは、酷く、危険だ、」

龍蓮の言葉を聞いた瞬間、珀明は、それまで顏に浮かべていた表情を一切切り捨てたかのように、冷静なそれに代わる。けれども、龍蓮の言葉も想いも、そしてその危うい立場すらも辨(わきま)えた珀明の反応に、龍蓮は胸が甘く疼くのがわかった。これは、きっと、倖せな痛みだ。

「そうか?」
「そうだ、」
「・・・だが、それらを背負う覚悟は、既にできている。よって、珀明が何と云おうとも、私は揺るがない」

龍蓮は、向き合う珀明の視線に合わせるように、臥牀をと空いた左手で突き、身体を屈める。左手は柔らかな臥牀へと僅かに沈んだ。

「揺るがない、」

交わる視線を逸らさせないように、龍蓮は漸うと珀明へと顏を近付ける。殆ど額と額が触れ合うところまできて、龍蓮は、搗ち合う視線ごと奪うように、静かに、けれども有無を云わさぬように口付けた。

「・・・・・・・・・藍、龍蓮、」

龍蓮は、僅かに珀明から顏を離すと、接吻の余韻に、酷く筆舌し難い歓喜を胸に感じ、そのあたたかな感情に浸った。けれども、名前を呼ばれて珀明へと再び視線を移すと、その息が掛かる距離から、珀明の顏を覗く。羞恥に赤く染まった頬がとても綺麗だと思う。そして、龍蓮は、今、珀明の頭の中を渦巻く感情が、わからないこともなかったので、次に迫ってくるだろう珀明の叱咤どころか、恐らく繰り出される張り手すらも、甘んじて受けようと、潔くその反応を待とうと誓った。

確かに、此処に、自分の見出した倖せの一つは存在しているのだから。






なんか、珀明がおかしい。龍蓮もおかしい。きっと、今までの中でいちばんおかしい。でも、本当におかしいのは私だ、確実に私だ。ツンデレは財産なのに・・・!上手く書けない私がにくい。
というよりも、変な終わり方でごめんなさい・・・もう、私にはこれ以上この話を続けるという自信がありません・・・・・・だって、こんな珀明偽物だよ!(涙)