ほんとうのさいわい はいったいなんだろう |
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「―――何を以て倖せを感じるかなど定められてはいない。その意識の方向性すら、初めから誰も固定されていない」 龍蓮は、先程述べた言葉を、再び滔々と口にした。突然わけのわからないことを繰り出してくるのは、龍蓮の癖のようなものであるから、楸瑛もこの言葉を耳にしたときも然程驚きはしなかった。冷静に、龍蓮の言葉をゆっくりと咀嚼してみれば、そこに含まれている意味も大方は察することができた。 この弟はとても賢い、最早、賢いという言葉では終われない程の力を秘めた存在だ。曾て、この幼い弟の口から発せられる大人顔負けの言葉の数々を聞く度に、幾度となく遣る瀬無い衝動に駆られた。それは、自分には与えられなかった才能への嫉妬ではない、ただ、自らの弟のその小さな身体に背負い込まなければならない大きく重い人生を、兄として憂えていたのだ。幼い弟が一人で旅に出て行った日にも。 「・・・・・・私のその、意識の方向性も、ある程度は定まった。優柔不断な愚兄は、未だ決め兼ねているようだが、方向性とやらも何も1つという訳ではない・・・・・・・・・私達にそれは酷く難しい問題ではあるが、」 要は、思い切りだ、と、何かに包むこともせずに云い放たれ、楸瑛は苦笑する。思い切り、という点で、この弟に敵う人間もそうは居ないだろう。何せ、そんな思い切りという概念すら素っ飛ばしてしまっているようなものなのだから。 「今も、昔も、私がこの心を預ける場所は変わらないと、そう思っては、いるのだけれどね・・・・・・」 「無論、それが普通だろう」 藍家の者ならば、とは、敢えて口にはしなかった。せずとも、そんなことは暗黙の了解として、無言の会話の中に含まれているからだ。そう在るように育てられ、今迄生きてきた時間もその中身も伊達ではない。 「迷うといい、迷えば、恐らく、愚兄の方向性もある程度定まる」 そこからが、寧ろ、自分にとっては問題なのだということも楸瑛は自覚している。龍蓮とて、それを識って猶、口にする。もし、自分が家ではなく王を選んだ場合は尚更、その方向性が定まったとしても、それを辿るには越えなければならない存在があるからだ。楸瑛は、自分がどれだけ兄達から愛されているかを識っている、どれだけ執着されているかも。そして、自分がどれだけ藍家を、兄を愛しているのかも大概自覚していた。その紛れもない事実が、今の自分の立ち位置を危うくするのだ。 「・・・・・・愚兄は、もう、薄らと、わかっているのではないか、」 龍蓮の言葉に、楸瑛は何も答えなかった、ただ顏に笑みを浮かべることで遣り過ごした。それが、とても卑怯で、逃げだとわかってはいたけれど。 全てが思うようにいくはずがない。だらだらと馴れ合っているような主従関係でいて、いいはずがない。半端な理解しかできず、完全な信頼も置けないような友情も成立しない。それを理解していながら、今尚、自分は彼らと正面から向かい合えないのだ。 必要だと云われ、乞われ、傍にいることを甘受してくれる存在は酷く離れ難い。ずっと続けばいいのにと願う反面、それは無理だと、願望とは切り離された場所で、冷静に理性が訴える。今は、圧倒的に後者の方が自分の中では強いのだ。 「兄上がどうしたいのかが、最終的には重要なのだ、」 それを口にしたところで、あの兄達が楸瑛が自分達から離れることを好しとしないということは、今更過ぎて考えるのも億劫になる。 「龍蓮・・・・・・私は、本当に君や兄達のことを愛しているんだよ、」 「・・・それを云うべき相手は、他にもいるだろう、」 軽く吐き棄てられた言葉と逸らされた視線と、僅かな沈黙の後、龍蓮は庭院へと続く闔(とびら)へと手を掛けた。 何を恐れてそれらの言葉を口にしないのか、楸瑛は、軽い調子でしかそれを口にできない自分に大概辟易しているのだけれど。これはもう性分なのだから、そう簡単になおってくれそうもない。自分の内に変革が訪れるのは、そう遠いことではない、それこそ、もう跫(あしおと)が聞こえ始めてきても可笑しくはない。それなのに、弟の云うように思い切りのない自分には、なかなかその一歩が踏み出せずにいる。 「・・・・・・・・・何処に、」 「心の友其の三のところへ」 きぃと音をたて闔を開き、龍蓮は月明かりで薄らと視界の利く闇に出ようとする、その姿は一際自由だ。その背を追うように、楸瑛は闔へと近付いた。黒色は誰もがそう理解できるほどに昊(そら)を染めて天からその存在を主張している、そこに瞬く星は些細な存在でしかない、龍蓮はそこへと溶け込むようにして、去ってゆこうとして、一度だけ楸瑛の方を振り向いた。だが、楸瑛にはそれだけで充分だった。 自分には、龍蓮のように生きることなどできない。自分より幾分小さい背の辿ってゆく軌跡を追いながら、そう思った。 それでも、楸瑛は、未来を渇望する。未来を想った。夢想はどんなときにも胸に込み上げてくるほどやさしいのに、それだけを信じることができたらどれだけ倖せになれるだろう、弟の云う方向性が定まらない今、それは単なる錯覚でしかない。 楸瑛は、何故だか無性に、絳攸に会いたいと、そう思った。 ⇒ 續 別にこれは、最後に双花フラグと龍/珀フラグを立てたかったわけじゃないんだからね!(本当か?)なんかまだ続く勢いがありますが、私にもわかりません。ただ、龍蓮に楸瑛のことを「兄上」と云わせたかったフラグがあることは間違いないです。だって、白虹読んだら誰だって・・・!! |