花に喩えるほど君は弱くない 御題配布先 : http://cabin.jp/antique/ |
目の前にいる己の上司を見遣りながら、静蘭は考えていた。何故か、最近この宮廷内で楸瑛とよく遭遇すると。その折には決まって後ろから声を掛けられ、何気ない(正直な話どうでもいい)話を束の間交わす。今も廻廊を歩いていたら、不意に後ろから名を呼ばれた。聞き慣れた声に、静蘭は半ば仕方なく振り返ったのだ。 静蘭が、貴方は主上の護衛なのですからもう戻られては、と少し遠回しに言葉を紡いでも、楸瑛はいつも大抵軽く受け流す、静蘭の好かない笑みを顏に貼り付けながら。部下のやや無礼な口調も咎めることはない。その理由を少なからず理解している静蘭は、敢えてその態度を崩すこともない。 「―――――そう言えば、藍将軍。最近、うちのお米の減りが著しくて・・・」 静蘭が左羽林軍でなく右羽林軍に入ったことに対して楸瑛の上司である黒燿世が未だに愚痴を言っているという、静蘭にとって至極有り難くない話を聞かされていたが、いい加減辟易して話題を逸らす。 「はいはい・・・次に訪問するときに持っていくことにするよ」 「ありがとうございます、お嬢様もさぞかしお喜びになるでしょう」 小さく肩を落とすような素振りを見せ、楸瑛は承諾の意を示す。その待ち望んでいた返答に、静蘭は特別余所行きの笑顔でもって労いを表す。 「・・・・・・秀麗殿が喜んでくれるなら、喜んで差し入れするよ、でも―――」 言葉を途切れさせた楸瑛に向かって、静蘭は僅かに首を傾げてみせる。次の言葉を追求したい衝動に駆られるが、静蘭はそれを抑え、暫し待つ。 「今度は、君に何か贈ってみたいものだね」 楸瑛の言葉に、静蘭は黙する。眉が僅かに反応した。 絳攸が常々言うように万年常春頭だとは感じていたが、こうして自分が言葉を受ける側になり、改めて静蘭は身を以て絳攸の指摘に賛同の意を示す。 「・・・私にくださっても無駄というものです。家計の足しになるものなら、全てお嬢様行き。役に立たないものなら切って捨てますからね、念のため言っておきますけど」 間違いなく本心からの言葉だ。結構です、と言ってしまえば一番手っ取り早いのだが、自らが仕える家の懐事情を慮ると、やはり貰えるものは貰っておくべきだと静蘭の頭は即座に反応してしまう。 しかし、初めにこのように忠告する辺りに、せめてもの優しさを感じて欲しいと静蘭は無言で嘯く。静蘭の優しさが注がれる相手は片手で足りるほどに稀少であるのだから。 「下さるというのなら、食べられるものを寄越して欲しいですね。贈り物を売り払うのは、お嬢様も旦那様もお好きではないので。花なんて以ての外です」 美しいけれど枯れてしまう、家計の足しにはならない。その上、この万年常春将軍から花を受け取るという薄ら寒いことを静蘭は断固拒否したかった。 僅かでも無礼にならないようにと笑みを浮かべようとするが、その笑みは乾いたものにしかならなかった。 「いや、君に花は贈らないよ、絶対に」 女性に囁く睦言のように、あっさりと否定の言葉を口にした楸瑛に、静蘭は安堵を覚える。だが、最後の絶対に、というところは些か気に食わない。そこまで否定されるのも心外というものだ。 「・・・・・・その後に、君が花のような存在だからね、なんて砂を吐くような科白を仰ったら、容赦しませんから」 腰に佩いた剣の柄へと指で軽く触れる。 自分で言うのも少々憚られたが、万が一でも言葉にされたら、嫌悪を前面に押し出してそのまま逃げ出すことは避けられないだろうと、静蘭は内心言い訳をする。その上、相手が静蘭でなく女性だったのなら、言ってのけても可笑しくない楸瑛の女癖の悪さも起因する。 「静蘭がそこまで言うなんて・・・なかなかお目にかかれないね」 意地の悪い、静蘭からすればにたりと擬声を付けるだろう笑みを浮かべる楸瑛が、静蘭は嫌いだ、否、寧ろ嫌いだと意識することがまず厭わしかった。十数年で育つだけ育った武人に相応しい体躯も気に入らない。 「・・・君が花なんて戯言でも言わないよ、仮に閨を共にしても」 仮だとしても冗談じゃない。静蘭は、無表情を崩すことなく視線で語る。 「静蘭、君なら、花のように儚くて弱い存在だと面と向かって言われたら、それこそ反吐が出るだろう?だって、君は何よりも強く、人の上に立つ素質すら持つ・・・私に言わせれば君は―――――肉食の獣のようだよ」 人に阿(おもね)らず、冷酷な面を持つ。それ故、嘗ては孤高の存在だった。 彼の敵に廻れば、即咽喉(のど)を噛み切られてしまいかねない。身内には深い愛情をみせるけれども。 「・・・・・・」 至極真面目な表情で滔々と語る楸瑛を見て、静蘭は軽く瞠目した。剣に触れていた筈の右手は、いつの間にか、自分でも無意識の内にそこから離れていた。 何気ない会話の中で、時折楸瑛が見せるこの真剣な眼差しが、静蘭には上辺だけの笑顔よりも厭わしい。そういうときは、決まってこの男が静蘭の棄てた筈の過去を仄めかすからだ。 あれは、遠い、もう棄てるべき過去の遺物だと、大声で突きつけられたらどれほど爽快な気分を味わえるだろうか、そんな思いが静蘭の頭を過ぎる。言ってしまえば、楸瑛の描くものは夢にしかすぎない。早くそんな幻から醒めてしまえ、今まで幾度か口から出掛かった。 けれども、そのような幻に楸瑛を捕り込んだのは、間違いなく静蘭自身であった。 「花にするように愛(いつく)しむのも一興だろうけど・・・」 艶やかな笑みを纏い、楸瑛は静蘭へと腕を伸ばした。 「・・・っ!」 だが、楸瑛の指先が静蘭の二の腕へと軽く触れると、静蘭は黙したまま顔を歪め、手の届かない程度に後退する。そして、言葉を残すこともなく、少し雑に立礼をとり、小走りに去っていった。 ⇒ 續 静蘭は弱くないと言う楸瑛を書きたかった。楸瑛はきっと、静蘭(清苑)に跪いて下から支えようとするタイプ(?)だと思うから。絶対に、静蘭は自分よりも強い存在なのだと信じている(剣の腕がどうとかではなく)。だからこそ、静蘭は楸瑛に弱みを見せたいとは思わない。そんな(孤高の獣のような)静蘭を、楸瑛は逆に捕らえたいとか思うようになったら、それこそ私の思う壺(笑)。 逆に、これが燕青だったら、お前は弱いよ、とか言って包み込むようにして護ると思う。真っ直ぐと思ったことを伝えて、それが静蘭を呆れさせようとも、離れず傍にいて、いつの間にか認められていく・・・なんてオイシイ男だろう(笑)そして、傍らで静蘭が成長していく様子を見守っているといい。 |