れたはなかった



放課後、いつものように、颯太が図書室に足を踏み入れると、そこには珍しく結姫の姿があるのに気が付いて、真っ先に声を掛けた。向こうも颯太に気が付くと、本棚に向いていた視線を颯太へと向け、話に応じてきた。

「珍しいな・・・何か探しているのか?」
「颯太。」

3年生の春、颯太が中学に上がって、もう丸々2年の月日が経つが、教室や廊下で結姫と会うことはあっても、図書室で遭遇することは、それほど多くない。圭麻とは度々会うこともあったが、泰造や隆臣に至っては、一度もないのだから、らしいというものだ。

「うん、歴史の授業でレポートが出て・・・その本を探してたんだ。それに、私だってもう受験生だし、図書室にいたって普通じゃない?」
「ご尤も・・・結姫のクラスでもレポート出てるんだな。」

結姫の言葉に、颯太は納得する。確かに、最近では、今までになく3年生の図書室利用率が上がっている。颯太に至っては、頻繁に利用しすぎているため、図書委員よりもその仕事に詳しくなってしまったくらいだ。今日も、図書室に設けられているパソコンを使用しに来たのだ。

「じゃあ、颯太のクラスも?・・・ああ、そういえば先生が同じだったよね。」
「ああ・・・・・・まあ、俺は殆ど終わってるようなものだから。」

期限は一週間、期日まではあと2日。それほど難しい内容ではないので、然程苦労もせず終わってしまったのが、颯太には物足りないようだった。

「そっか、やっぱり颯太は勉強熱心だね・・・・・・そういえば、向こうの颯太もそうだった。」

思いついたように結姫が発した『向こう』という言葉に、颯太は反応した。
この言葉が、高天原のことを意味していると通じるのは、颯太と結姫を含め、残り4人。あの、夢のような体験は、今でも記憶に刻まれている。言い出した結姫も、聞いていた颯太も、急に懐かしい気分に襲われた。寂しさを少し含んだそれは、自分たちの絆を強く結びつけるものだ。

「今更だけど・・・やっぱりあれも俺だったんだな、と思う。あの頃は、年の差があったせいで、少し違いを意識していたけど・・・こうして年齢が重なって、追い越してみると、結局、辿り着いたところは、あの颯太だった。」

もう、あの時の高天原の颯太よりも1歳年上になった。あちらも同じ時間の流れだとするならば、一生かかっても追いつくことはないが、颯太にとっては、あの時の高天原の颯太が全てだった。
何も変わらない。生い立ちや境遇は勿論違ったが、学ぶことに対する姿勢や、大切だと思えたものは同じだった。

「・・・颯太、大きくなったもんね。」
「もう、那智よりも大きい。」

少し自慢げにいう颯太が、結姫には、いつもより幼く見えて、可笑しかった。
昔から大人びていて、取っ付き難さを感じていたが、こんな一面を知ってからは、彼に対する見方は変わった。特に彼は、那智に対しては、人一倍その冷静さが欠けることを、長い付き合いで、結姫も知っている。

「・・・そういえば、中学生に上がる前くらいから、那智は変わった、って女の子たちが騒いでたんだよ。」

颯太が軽く相槌を打つと、それが先に進めという合図だと判断して、結姫は再び口を開く。

「やっぱり、高天原のことが原因だったと思うんだ・・・それまでは、女子に悪口ばっかり言っていたのに、その頃から殆ど口にしなくなったって。まあ、あの性格は相変わらずだったけど・・・。」

そう言って、結姫は小学5年生の頃を思い出す。そして、この目の前にいる颯太と那智に、ブスと言われ、ついお説教を食らわせてしまったことが、脳裏に甦ってきた。今ではいい思い出だ。

「高天原で女として過ごしたから・・・か?」

そう言われてみれば、と、颯太も振り返る。
確かに、あちらでの那智は、口調や行動パターンは男だったが、他に関しては女性そのものだった。外見は勿論だが、あの口から紡がれていた美しい音色も、女性特有の柔らかな肢体で舞う踊りも、全て。懐かしさが込み上げてくる。

「多分、そうなんだと思う・・・女子の気持ちを理解したんじゃないかな、って。その点では、那智が一番複雑だったから。本人は至って喜んでいたから問題はないと思うけど。」

颯太が思い出す限りでは、那智は結姫のライバルだった、隆臣を巡っての。高天原で、那智は女性だったせいか、それを一段と感じられることがあった。気が付けば、その関係はなくなっていた。その主な原因は、結姫と隆臣が結ばれたからなのだと思う。

「・・・でも、幼稚なところは相変わらずだ。」
「それは、颯太だからじゃない?圭麻にだって、泰造にだってそうだよ、絶対。」

気を許しているという意味で、自分を含めた6人はそれに当てはまると、颯太は思っている。そう思わせるだけの絆が、自分たちには存在する。友達というには足りない、しっくりくるのはやはり仲間、だった。

「もうすぐ、那智が来る。」

図書室の壁に掛かっている時計を確認して、颯太はそう呟いた。結姫は、ただ不思議そうな顔をして、時計に視線を向けている颯太に倣うと、尋ねた。

「約束してるの?」
「いや、勘。レポートの提出期限間近になると、いつも俺のところに来るからな・・・それに、この時間、俺は殆ど図書室にいることを、那智は知っている。その上、もうすぐ掃除時間終了だ。」

そう言って、颯太は、那智が今週は、教室の掃除に割り当てられていることを補足した。
頼られるのは悪い気がしない。けれど、これでは那智のためにならないのが問題だ。

「よくわかるねぇ・・・。」

感心したように呟く結姫に、颯太は背中を向けて言った。

「待っていればわかるよ・・・じゃあ、俺はパソコン弄ってるから。」

そして、そのまま図書室の奥の方に置かれている、パソコンの方へと向かっていった。





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