可惜夜 |
珀明を抱き上げ、臥牀へと下ろす。目を瞑りながら見えぬ何かに耐えている珀明の衣へと手を掛け、ゆっくりと剥いでいく、抵抗はない。寝るつもりでいたのだろう、既に寝衣を身に纏っていたせいもあって、それは容易であった。帯を解く。 白い肌が外気に晒され、小さく震える。 「・・・ふ・・・っ」 3度目の接吻に珀明は戸惑いを覚える。今までとは明らかに違う深い口付けに、息を継ぐことさえ困難だった。舌が絡み、歯列をなぞられ、意識が朦朧としてくる。 一方、龍蓮の手は、珀明の脇腹辺りを滑る。 「やっ・・・りゅ・・れ・・・」 珀明の瞳には、うっすら涙が滲んで潤んでいる。龍蓮は、唇を、頤から首筋、鎖骨へと這わせ、鎖骨の辺りで肌に鬱血の痕を残す。 その後も、腕や肩、服を身に着けたら見えないところへ繰り返す。空いた手で、下半身へと刺激を与えながら珀明を追い詰めていく。珀明自身が緩く勃ち上がり始めた。 「あぁっ・・・・・・う・・・いやだっ」 龍蓮の手が珀明の弱い箇所に触れると、珀明は微かに拒絶の言葉を吐いた。それでも、龍蓮の衣を掴み、訪れ始めた快楽に耐えようとしている姿は、いつになく扇情的だった。 「逃げるな・・・珀」 身を捩ろうとする珀明の体を抑え、何度も軽く口を塞ぐ。その反動で、持ち主を失った寝衣が床に落ちる。その微かな音は珀明の声に紛れて消えた。 龍蓮は、珀明自身を捕らえると、ゆっくりと上下させる全身が粟立ち、更に声を上げたが、塞がれた口からは僅かな嬌声しか零れてこない。受け入れてしまった以上、放せとも言えず、けれども与えられた快楽を甘受しながら、珀明は小さく泣いた。 「んぅ・・・・・・ぁあっ、あ・・・っ」 「綺麗だ」 嘘だ。珀明は心の中で訴えた。そして、自分は一体どれだけ龍蓮に痴態を晒しているのだろうと嘆く。もしかしたら、もう明日から、友と呼んでもらえなくなるのかもしれないと考えると、怖かった。 見上げると、龍蓮の顔がそこに拡がる。普段のように淡々としているように映るが、そこには、確かに欲情の色が見える。 「・・・ひぁ・・・・・・っっ!」 絶頂を迎え、解き放った白濁が龍蓮の手を汚した。龍蓮はそれを指に絡めるようにして掬い取り、徐に珀明の双丘へと手を這わし、後孔を侵す。その行為に、珀明の全身が強張り、恐怖を露わにする。龍蓮の衣を掴む力も増した。 「いっ・・・痛っ」 「力を、抜け・・・・・・そうだ、珀・・・」 「ぅぁ・・・りゅ・・・・・・れ・・・いっ」 珀明の目から零れる雫を、龍蓮は丁寧に舌で掬う。再び軽い口付けを落として、力を抜けるように気を遣いながら、様子を見ては蕾に入れられた指を抜き差ししていく。慣れたと判断すると、もう1本と指を増やして繰り返す。 「ぁ・・・・・・」 好きだと囁いた唇で口付けられ、愛撫によって追い詰められ、頭が上手く働かない。痛いはずなのに、どこか気持ちがいいとも思う。麻痺してしまったのかもしれない。 「っ・・・やぁっ・・・ぁあ・・・っ」 だが珀明には、与えられる快楽は甘受できても、向けられる愛情には応える術を持っていない。 友かと聞かれれば、是と返すだろう、共に在れば情とて湧く。しかし、それが結果的に拒絶という退路を断った。受け入れて欲しいと乞う姿は、珀明の心を酷く揺さぶった。それは、いつも龍蓮を叱り、怒鳴ることとは異なり、躊躇われたのだ。 「挿れるぞ」 「待っ・・・ぁあ・・・ぅうっ」 引き抜いた指の代わりに、龍蓮は取り出した自身を後孔に宛がい、ゆっくりと押し込んでいく。膝裏を掴み、足を開かせ、お互いの下半身をより密着させる。珀明が痛みに顔を歪めるのを見て、できるだけ性急にならないように、龍蓮は珀明の呼吸するときを見計らいながら突く。 汗の滲む龍蓮のいつもとは違う顔を、珀明は閉じかけた瞳で微かに捕らえる。 力で敵わないなどとは言い訳だ。拒絶することで、龍蓮を傷付けるかもしれないという罪悪感に苛まれ、下手な同情心が生まれた。拒んではいけないと錯覚したのだ。好きだからであるはずはない、応える言葉などありはしないと珀明は虚ろな頭で感じる。 「あぁ・・・ぁっ・・・んぅ・・・」 全てが収まりきると、龍蓮は浅く抜き差しを繰り返し、珀明を追い詰めていく。 「ぁ・・・龍蓮・・・りゅ・・・うれ・・・・・・ぁぁっ」 「どうした、珀・・・・・・辛いのか」 珀明は答えなかった。 体ではない、身動きもできず捕らえられ、流されるしかできないことが悲しかった。 はっきりと拒められたらどんなにか楽だろうと、だが、腕を広げて受け入れ、応えられる立場にいたならばどれほど嬉しいだろうと思う。許さないのは、お互いを雁字搦めにする血だ、家だ。 「ふっ・・・ぅ・・・んっ」 「・・・我慢してくれ」 「な・・・っぁあ!・・・ぃ、ぁっ・・・ぁん」 急に速さを増した動きに、珀明は龍蓮の首に腕を絡め、その頭を捕らえる。下から何度も突き上げられ、否応無しに込み上げる快感に声を抑えることもできず、龍蓮の唇によってのみそれが叶った。 「ぁ・・・ぅれん・・・ぅん・・・・・・ぁあっ!」 精が解き放たれた。その後を追うように、龍蓮も自身を素早く抜き、外で絶頂を迎える。 珀明は腕の力が抜けるのを感じると、重力に従って臥牀へと沈み込む。息が荒い。覆い被さるようにして息を吐いている龍蓮の表情を窺う。自分とは違い、龍蓮が衣服を身に纏っていることに、珀明は朦朧としながらもずるいと感じた。 「・・・ふ・・・」 視線が絡んだと珀明が感じるとすぐ、龍蓮は唇を塞いできた。珀明の右手と龍蓮の左手が重なり、指が絡む。何度目だろうと考えることすら無駄になったその行為に、珀明はだるい体を持て余しながら受け入れた。ふと左の前膊に目が行き、そこに散った赤い痕に気付く。 「・・・・・・おい、敷布を替えろ・・・湿っていて嫌だ」 少し、怒りを含めて投げ槍に命令する。 「・・・・・・承知した」 束の間、龍蓮は何かを言いたそうにしていたが、珀明の指示する通りに、箪笥の抽斗から新しいものを取り出すと、寝台に横たわる珀明を気遣いながら黙々と敷き直した。序で、床へと落としてしまっていた珀明の寝衣を拾う。そして、素肌を晒したままの珀明の体に重ねる。 乾いた敷布が心地よかったけれど、体は依然と汗や精液で湿っていて気持ちが悪かった。 「帰るのか・・・」 小さく、問うように呟く。 「僕が眠ったら、お前は行くのか?」 今度は、はっきりと疑問の形にして言葉を発する。 「・・・・・・珀は・・・私を、怒鳴らないのか、許すのか」 絶対罵られると、龍蓮は思った。できる限り丁寧に扱ったつもりではあったが、それにしても行為自体は酷く強引で痛みを伴うものだ。抵抗すらできないように追い詰めたのは、紛れもない自分だ。龍蓮は珀明の表情を覗く。 否定しない。だが、珀明は呆れたような表情をする自分を抑えなかった。本当に呆れたのだ、龍蓮の言葉に。 溜息を吐く。それなら、始めから自分を抱くなんて行為に及ぶのではないと怒鳴りたくなった、そんな体力も殆ど残っていないのにもかかわらず。怒鳴られ、許されないことで逃げるような愚かな男など許さない。 「仕方がないと言っただろう?・・・・・・仕方がない、拒めなかったんだ。明白な返答もしないで流された僕だって悪い。勿論、お前の方が数段悪いけどな」 だから、自分を抱いて気まずい、申し訳ないと、さっさと帰るなんて許さない。 珀明は、寝台に座って床に足を着いている龍蓮へと手を伸ばす。起こせと。言われるがまま、龍蓮は珀明の細い手首を掴んで片手で上体を起こす。 痛みのせいか、少し顔を歪めたが、龍蓮は敢えて見ない振りをした。 「行くな。朝、僕が目覚めるまでここにいろ。でなければ、本当に許さないからな」 龍蓮は瞠目する。震えた龍蓮の長い睫毛に、珀明は動揺したのかと思った。 「・・・承知したか?」 「した」 本当に自分は器の大きな人間だと、珀明は感心した。 けれども、けしてそれ以上、藍龍蓮という男を引き止めはしない。できないのだ。 手を伸ばせば届く距離に今いたのだとしても、けして届かない存在。こうして、気まぐれのように自分のところへ龍蓮が訪れてくれなければ、珀明には触れ合う機会さえ自分で作れない。全ては、彼の気分次第であり、又計算の内であることは変えられない。だから受け入れ難く、離すことが惜しい。 そのことを、この男が知らないはずはない。それでも、自分を求め、抱いたのだ。危険を冒して。 「・・・・・・龍蓮。僕は、お前の友か?」 「無論。心の友、其の三だ」 「ならいい」 龍蓮は、珀明の体を抱き締めた。 包み込んで、できないとわかっていても、ずっと抱き締めていたい。秀麗と影月と共に。 了 時期的にみて、『心の友へ藍を〜』と『紅梅は〜』の間。秀麗よりも一足先に貴陽へやってきた龍蓮(珀明に会いたくて)。なんだかよくわからないまま、コトに及んでしまいます。もう、書いてて自分でもよくわからないのですが・・・。 結局、最後まで友なのは変わらないです。この2人に完全な甘さは存在しません。ただ、甘え甘えられという関係なのかな・・・?ともかく、心の友が大前提なのです。 タイトルは、『万葉集/1693 玉くしげ明けまく惜しきあたら夜を衣手離(か)れて独りかも寝む』から。そんな要素、何処に転がってるのかわからない方が多いとは思いますが、2人とも、心の奥底ではそう感じているのです(ええ、きっと)。 なんていうか、カタカナ語使わないのは正直きついです・・・タイミングとかベッドとか使いたい(涙)頑張って、平仮名と漢字だけで書こうとすると、大変面倒くさいです。 思うに、双花は彩雲国ロミジュリだと。次点で龍/珀もそうだと思った。 ⇒ お時間のあるかたのみ、おまけがありますので是非どうぞ。 可惜夜(あたらよ) 明けてしまうのが惜しい夜 |