YOU & I |
今、胸中で渦巻いている真実を受け入れるには、不二自身、まだまだ考えが幼すぎたのと同時に、下手なプライドが邪魔しているせいでもあった。 「(―――――なんで僕ばっかり、こんなに悩まないといけないんだ)」 自分自身の想いを否定するわけではなかった。もしそんなことがあったら、その否定した想いを抱いてしまった自分自身を、不二は恨むことになってしまいかねない。 それでも、口にするなんて嫌だ。 「(手塚が・・・・・・好きだなんて)」 思い出してみれば、きっかけなんて曖昧なものでしかなかった。いつ手塚のことを気に掛け始めたのかも、やはり遠い記憶の中で、それこそ思い出すのも一苦労で。というよりも、思い出すこと自体が不二にとっては面倒臭いことであった。 思わず顔を覆いたくなるような衝動に駆られたが、それが嫌で、腕を思い切り下に下ろして、軽く拳を作った。 好きになってしまえば、そして、それを認めてしまえば、当然のように手塚を想い恋焦がれる日も今まで幾度かあった。それはまるで、50m(若しくは100m)走を全力疾走するような速さで過ぎていく。それが勿体ないとは思いつつも、手塚のことを考え、想い焦がれる日々は、体力的にも精神的にも大変で、それ故大切な時間も、時々目を瞑って、追い遣ってしまいたくなる。 だがそれ以上に手塚を見る範囲が広くなったのか、今まで知ることのなかった手塚を知った。それが、不二の想いを更に促すこともあれば、逆に苛立たせることもあった。いつもなら、もっと元気で、なんでもないような笑顔をしていられる。 そもそも手塚が鈍い、ということに不二は頭を悩ませていた。あれだけわかりやすく接しているのに、気付かない。 不意打ちでキスしたら、それはふざけて起こした行動だと手塚は思っている。相当心外だった。不二自身から抱き付いたのも、裕太を除けば手塚だけ。英二にしたって、抱きついてくるのは向こうからだ。 「(・・・・・・僕の態度が悪いのかも)」 不二の行動自体は確かに素直だが、周囲からすれば少し捻くれているものがあるのかもしれない。 それでも、手塚が自分へと向ける眼差しが、他の人に向けられるものと何処か違うと思えるのは、自惚れてしまっている不二の勘違いなのか。それとも、真実なのか。 それは、手塚自身しか知らないことだが、不二の興味と探求心を擽るのには充分過ぎるほど、魅力的だ。 「(手塚は気付いてる・・・?・・・・・・いや、まさかな)」 はっきりと想いを言えばいいのか、それだけのことで頭を抱えてしまう。 好きだ、と。 少しずつ態度に表していれば、いつか気付いてもらえるかもしれないという不二の考えが、甘いのか。だが、そう言ったところで、手塚からの返答は予想できてしまう辺り、相当苦痛だった。 だから、不二はそれを聞きたくがないために、張らなくてもいい意地を張ってしまっているのかもしれない。 それでも、不二にとっては重要なことだった。 「(あのテニス馬鹿のことだ。僕よりテニスを取るに決まっている)」 だが、それを容易く理解できるのは、ありがたい話だった。そして、そうなることを少なからず願っている。それでこそ、手塚が手塚たる所以だからだ。 不二が何も言わなければ、手塚も不二も・・・誰も傷付く必要もなく、このままいつも通りでいられる。不変が一番なのだ。 幼いながらも、いろいろ周りのことを考える、それが正しいのか、それとも、幼いなら幼いなりに、素直に口に出してしまえばいいのか。 「(好き・・・・・・好き、好き・・・・・・・・・・・・思うのは、こんなに簡単なのに)」 好きになることに資格なんかいらないことはわかっている。でも、こればかりは好きになるには、資格が必要なのかと思う。 好きという言葉が一向に出てこない、自分自身の口唇に、不二は軽く触れた。 思うように動かないこの口が、不二を、たった1人の想い人から遠ざけている。憎たらしいと思う反面、この口がなければ、一生愛の言葉を囁くことが叶わないのだから、世の中はそう上手くはいかない。 「(いっそ、嫌いになれたら、どんなに楽だろう・・・)」 そう思った瞬間、不二から溜息が零れた。 だったら、初めから嫌いになれるような接し方もあっただろうに、しなかったのは、やはり、不二が手塚を思い過ぎている証でしかない。それを、自分で自分に証明させてしまったことが、不二には納得いかなかったのだろう。 腕の中に収まっている、淡い水色のクッションは、既に元の原形を止めていない。 そんな自分が、好きなのか嫌いなのかさえも、不二にはまるでわからなかった。それでも、ただ1つわかっていることは、やはり手塚が好きだ、ということだけだった。 「(でも、それじゃ、意味がない・・・)」 数学の難しい公式を解くときさえも、こんなに頭を悩ませない。理科の元素記号を覚えるときでさえも、こんなに頭は使わない。国語で作文を書くときでさえ、こんなに想いを表現はしないだろう。 「(・・・・・・テニスにはない、高揚感だ)」 考えるだけで、少しずつ速まる鼓動はまるで、50m(あるいは100m)走を全力疾走した後のよう。 まさか、手塚を好きになるとは思わなかった不二だったが、それでも、今、こうしてその事実を受け止めている。やはり、自分の想いに嘘はつけなくて、自分の想いを覆い隠さなくて。 「(言うか、言うまいか)」 届かないのではない、届くことのない想いが、ぐるぐると不二の中で渦巻いて、それでも、やはり届くことがないものは届かない。 「(僕とキミは・・・・・・何なんだろう)」 両想いの恋人、ではないのは確かだった。 チームメイトや友達で片付けられるものなら、不二自身そうしたかったが、今、自分が手塚に対して抱いている想いがある限り、それはまず有り得ない。 「(やっぱり・・・・・・言えない・・・・・・)」 不二に足りないのは、素直さでも、手塚への想いでも、テニスの強さでもなく、ただ、一握りの勇気だったのかもしれない。 「(手塚が・・・・・・好きだ、なんて)」 END |