これからも宜しく。なーんて。
御題配布元 : http://lonelylion.nobody.jp/



国試の最終試験である会試をすぐ目前にして、碧珀明は意気込んでいた。そして、意気揚々と会試会場の門を潜り、周囲の受験者に目もくれず、只管(ひたすら)前進した。珀明の描く最終目的は、憧れの人李絳攸を目指して、国試を状元及第することだ。ただ1つの目標に向かって進んでいくその姿は、まさに彼の為人(ひととなり)を体現している。
曲りなりも、珀明は彩七家である碧家直系である。強調しているわけではないが、準禁色の碧色の衣を軽く身に纏っているため、判るものには判るだろう。それ故、周りの受験生から注がれる視線には、様々な意味が込められていることを承知している、それこそ羨望や畏怖など。
だが、それらの視線が思った以上に少ないことは幸いした。これなら、勉学の方に集中できるからだ。珀明は、安堵の色を表に出さず、内心ほっとした。

そして、その原因が、前へと進み続ける珀明の視界に収まった。少女と少年だ。今年から認められたという女人の国試受験の第一人者で、珀明同様、彩七家である紅家の姫(それも、珀明と同い年)である。一方は、若干13歳という史上最年少受験者、緊張感のない笑顔を浮かべ、小動物を思わせる幼い容貌をしている。どちらも、珀明以上に注目の的である。
少しの間、珀明は、2人へと視線を向けていたが、ふと、少年の方と視線が絡んだ。少年は、警戒心の欠片さえ感じさせない笑顔で、珀明へと軽い会釈をした。珀明も、それに倣うように(笑顔ではないが)会釈を返した。礼儀作法に拘る環境で育った珀明には、至極当然の反応であった。相手にもよるが。
どうやら2人の様子を見ている限りでは、知り合いのようで、時々会話を交わしている姿を、珀明は視界の端に確認した。
待機場所に着くと、決められた席に着き、珀明は手持ち無沙汰であったので、書物を取り出し、そちらへと意識を向けた。





暫くすると、珀明は周囲のざわめきによって、書物から顔を上げた。なんだと疑わしげに入り口の方へ視線を向けると、珀明が、今までお目にかかったことのない姿形いや、正確には、衣装や装飾品の数々を身に纏った青年がいた。衣装の基本色は準禁色の藍色。

「(なんなんだ、あの男は!・・・・・・いや、一目瞭然だが、それにしたって!)」

風の噂で、藍家の御子息が国試を受験することは聞いていた。彼は、その人物なのだろう。藍龍蓮、珀明とて名前くらいは聞いたことがある。道理で、碧家直系の自分の存在が埋もれているわけである。名門の紅家と藍家が揃いも揃って顔を出している。それ以上の注目の的が3人も存在しているのだ。

珀明の属する碧家は、芸能に長けている一族である。その中で、珀明はさして秀でた芸のない、所謂「無芸」という立場にいるのだが、その鑑定眼は屈指の実力であると認識されている。
そのために、龍蓮の姿は、非常に目に入れておきたくなかった。どうしたら、ああ奇抜な恰好になるのだろうか。しかし、彼の身に纏っているものは、どれも本物で高価なものばかりであることが、更に珀明の頭を痛めた。珀明の親戚に、工部侍郎を務める欧陽玉という人物がいる。彼もまた、装飾品を多く、じゃらじゃらと付ける癖というか趣味があるが、それはそれで趣味もよく、文句の付けようがない。だが、他の意味でじゃらじゃら付けている龍蓮は、駄目だ。突き抜けすぎている。珀明は、これ以上視野に入れることを拒み、再度書物へと意識を傾けた。
1日目から、とんでもない経験をしてしまったと、珀明は溜息を吐いた。





受験者には、予備宿舎というものが用意され、会試の期間はそこに泊まることができるよう措置されている。遠方からの受験者向けのための宿舎であるが、王都に居を構える者で、移動のことを考えて入棟する者も少なくない。初の女人受験者である秀麗と貴陽に邸を持つ珀明も、そして、龍蓮もその中に含まれていた。
宿舎に入棟する者は、これからの荷物を置きにいくために、割り振られた宿舎へと向かった。今日は、試験自体はないが、会試についての説明会がある。すぐに、会場に戻らなくてはならない。

「・・・・・・僕の室(へや)は・・・・・・なんだこの配置の仕方は。」

手渡された室割りを見て、珀明は第十三号棟へと入った。後に『呪いの第十三号棟』と呼ばれることとなる予備宿舎である。そこには、まるで、図られたかのように、自分を含めた10代組4人がまとめて同じ宿舎に、その上、まとめて隣同士に室が配置されている。女性の近くの部屋とかが問題なのではない。それこそ、珀明は、受験者に性別なんて関係ないと思っているからだ。できる者はできる。そう、珀明は若いながらも悟っていた、天才を姉に持ったことで。
しかし、あの恰好を見なければならないのかと思うと、少し疲れが溜まる気がした。宿舎での装いは、不正にはならない。基本自由だ。本試験では規定の衣服があるので安心してもいいと思うが、それにしてもいろいろな意味で目が疲れるのだ、あの恰好は。珀明には、遠目からでも、あれらが相当な額を注ぎ込んでいることが見て取れた。

「(・・・どうしてあれが藍家直系なんだろう。)」

今まで、誰もが問いかけようとしても問いかけられなかった言葉を、珀明は頭の中で繰り返した。

荷物を無造作に室の中へと置き、珀明は室を出て、本試験会場に向かおうとした。
室を出ると、突然後ろから話声が聞こえた。明らかに女性特有の高い声と少年のものだったので、その声の持ち主が誰なのか、考えるまでもなかった。案の定、そこには少女と少年が立っていた。声楽の際に裏声を出すことなら、珀明にも可能だったが。
だが、珀明は関係ないとばかりに踵を返し、前に進んでいった。





説明会も終わり、後は、宿舎に戻るだけだった。暫くすれば、夕餉の時刻になろう。さっさと室に戻った珀明は、会場で再びあの恰好を目にした(やらたと目に付くせいで)ことで疲れてしまった精神を復活させようと、詩を諳んじることにした。珀明の小さな呟きは、石造りの素朴な室に響くことなく消えていく。
が、いきなり宿舎の中に響いた異世界の音に、珀明の呟きどころか、受験者が真剣に勉強しているであろう雰囲気がぶち壊しにされた。珀明は思わず座っていた椅子から落ちそうになったが、なんとか机案を掴むことによって防いだ。音の大きさからして音源が近いことがわかった。音は、未だに高らかに響き渡っている。
すると、隣の方の室の扉が乱暴に開けられる音がして、珀明は釣られるようにして室の外へと出た。ちょうど、ある室の扉を中の人物に確認もしないで抉じ開ける人物、秀麗の姿が目に入って、音源がそこであることを知った。その顔に、怒りが込められていたからだろう。その後ろには、困った表情の影月がいる。

「・・・ここは、藍龍蓮の室なはずだよな?」

珀明は思わず、影月に尋ね、影月は無言で頷く。秀麗がその室の中へ突撃して、2人もその後に従った。中に見たものは、龍蓮があの恰好のまま、優雅に(見た目は)笛を奏でている姿だった。音は、この世の誰もが表現できないものだ、珀明は耳を塞いだ。そして、目を逸らした。

「あんたねぇ!!ここを何処だと思ってるの?!やめなさい、今すぐ、1日目から私たちを地獄に突き落とす気なの?!」

怒りを少しも隠そうとしない秀麗の言葉に、珀明は心から賛同し、敬意の拍手を贈りたかった、耳さえ塞いでいなければ。それにしても、自分たち3人以外、誰も苦情を言いに来ないのは何故なのだろうと、珀明は首を傾げた。知らぬが仏だが、宿舎の管理責任者は、気絶していた。
秀麗の声に、ぽへ、と間抜けな音を立てながら、龍蓮は笛から口を離した。音が止んで、3人とも胸を撫で下ろした。珀明は、耳から手を離す。

「おや、君たちは・・・・・・よく来た。わざわざ、私の演奏を聴きにやって来たのか。」

うんうん、と満足そうに頷いている奇妙奇天烈な男に、そんなわけあるかと、秀麗と珀明は心の中で罵声を浴びせた。だが、影月だけは、勇敢にも龍蓮へと話しかけた。

「あの・・・こんにちは、杜影月といいます。貴方は、龍蓮さんですよね?」
「いかにも。そちらの2人は、紅秀麗と碧珀明だろう?」

龍蓮が名を知っていることには、さして疑問は抱かなかった。藍家の情報網が凄いことは知っていたし、室割りの用紙にも名前が記入されている。

「・・・・・・とにかく、私たちは勉強しているの。笛を吹いたら、集中力が切れるでしょ?」

秀麗は、怒鳴りたい衝動を抑えて言葉を吐き出した。最早、集中力の問題ではない。生命の問題である。

「なに、下々の者に風流を諭すのは、私の役目。遠慮することはない。」
「遠慮などしていない!もっと静かにしていろ、書物を読むとか、詩を諳んじるとか!」

流石に、この一言には、珀明も黙っていられなかった。無芸と言われていようが、珀明は、芸の数々を人並み以上にはこなすことができる。あれが風流なら、初心者の二胡の音色だって風流だ。

「書物は持参していない故無理だが・・・詩なら、ふむ、まあ風流だろう。」

3人は目を見開いた、よもや、この会場に書物の1冊も持参していない(上に、笛を吹きまくる)人物がいるとは。余裕を通り越して、舐め切っているとしか受け取ってもらえないこと間違いない。

「・・・・・・・・・あんたは、今まで会った人の中で、1番変梃りんな人物だわ。」
「我が心の友其の一秀麗。君の名も、私の人生という名の歴史に深く刻まれた故、これからも共に人生を歩んでいこう!」

聞き方によっては、まるで求婚のようだが、そんな要素を微塵も感じさせないのは、やはり、この男の恰好、正確、言動によるのだろう、と珀明は感じた。部外者として聞いていても、甘さの欠片も存在しないことが見て取れる。

「心の友ぉ?!しかも、其の一ってなによ!」

何か、恐ろしいことを聞いたと言わんばかりに、秀麗は絶叫した。

「心の友其の二影月と其の三珀明の名も、しっかりと刻んでおいた、安心しろ。1人ではない、私も入れて、4人だ。我らが絆は永遠なり!」
「・・・・・・・・・」
「阿保か!僕は、お前の友になった記憶はとんとない。・・・って、さも嬉しいと言わんばかりに笛を吹こうとするな!」

龍蓮の新たな問題発言に、影月は黙し、珀明は否定の言葉を吐いた。だが、いそいそ、と再び唇に笛を持っていこうとした姿を見ると、珀明は龍蓮のもとへ駆けていき、その手首を掴んだ。珀明の行為に、龍蓮は少し驚いたように珀明の顔を見つめた。なんだと、珀明は不審そうに、背の高い男の顔を見上げるが、そこにその理由は見て取れなかった。

「・・・僕、年の近い友達は秀麗さんを入れて2人目です。」

これからよろしくお願いしますと、嬉しそうな笑顔を向けてきた影月に、龍蓮は近付いて、その頭に手を置いて撫でる。まるで、小動物のようだと、珀明は再び思った。しかし、腕を広げて、片手を珀明に掴まられながら(意味は殆ど皆無だが)、影月の頭を撫でている龍蓮の体勢は奇妙だった。何もしなくてもこの男は奇妙だが、それに拍車がかかった。

「・・・・・・・・・前途多難だわ。」

秀麗は、頭を抱えながら呟いた。そして、災難は、まだまだ続くのだと悟った。







本試験のために用意されていた規定の衣服を身に纏って室から出てきたところ、珀明は知らない男と鉢合わせした。同じ衣服を着ているので、受験者であることはわかったが、見たことのない美男だったのだ。黒髪を長く垂らして、少し不機嫌そうな顔を見せているが、それでもその美貌が衰えることはなかった。
すると、その男が、珀明の存在に気付き、表情を一変させる。御機嫌な顔を向けられて、珀明は不思議に思ったが、その綺麗な顔に珀明は束の間見惚れた。男の口から発せられた、言葉を耳にするまで。

「心の友其の三ではないか。」
「・・・・・・・・・・・・ぇ?」

珀明は、自分の耳と目を疑った。

「まさか、龍蓮・・・?・・・・・・・・・・・・嘘だ!」

あの奇抜な恰好はどうしたと叫びたかったが、よくよく考えれば、本試験だから、これが規定されている通りなのだが、あまりにも普通、いや普通以上で、珀明は瞠目した。

1日目である昨日、龍蓮は、早速問題を起こした。その笛の音を以ってして、管理責任者含め3人を除く第13号棟の受験者を気絶させたのだ。4人で龍蓮の室にいたところ、やってきた他の棟の責任者によって、なんとか丸く収まったが、これからなにがあるかわからない。とりあえず、その日の夜は、龍蓮が(勉強もせず)さっさと眠りについてしまったお蔭で、静かに過ごせたのだ。

「よく寝た故すっきりと目覚めたのだが・・・いきなり室にやってきた管理責任者に、これを着るように指示されて、仕方なくこうなった。」

よく見れば、こんなにいい男だったのかと、珀明は普通に感嘆した。昨日は、この男から目を逸らしすぎたのだろうか。ちなみに、そのやってきた管理責任者は、昨日とは別の新しく任ぜられた責任者だ。
珀明は、徐に龍蓮の長髪へと手を伸ばした。その滑らかさに驚く。なんて勿体無い、出てきた感想は、まさにその一言だった。美しいものを、まじまじと見て手にとって見たくなるのは、珀明の今までの環境上、無理のないことだった。

「・・・・・・珀明。」

抵抗もせず、珀明の好きにさせていた龍蓮は、その行動に、気付かれない程度には内心驚いていた。昨日から、彼らには、度々驚くことをされると思った。
今まで、このような扱いを受けたことはなかったのだ。自分を見たら、まず興味深げに見てくるが、すぐに去っていく者ばかり。正直、昨日、室まで乗り込んできたことからして、信じがたいものがあった。その上、目の前の少年は、自分を捕らえた。少女は、自分を怒鳴り、幼い少年は、友と言われたことを喜んだ。目から鱗が落ちるようだった。一瞬で、世界観が変わったのだ。

「あっ、時間!・・・・・・ほら、龍蓮、急ぐぞ!」

龍蓮に名前を呼ばれたことで、珀明は思いついたように言葉を発する。そして、龍蓮に声を掛け、早足で前へと進んでいった。
その後ろで、龍蓮は、小さく笑った。







会試で出会い編、メインは珀明。心の友の会結成。(でも、やっぱり龍/珀に傾きます。)
というか、会試についての記述が原作で多くないので、どういった進行でいくのかがわからず、勝手に解釈(&捏造)してしまい、こんな風に・・・どうなってるんでしょう?順番とか、いつ宿舎に行ったとか、全然わからなかったです・・・読み方が悪かったのかな?
ちなみに、部屋は、珀明/影月/秀麗/龍蓮、という並びで適当に。
わからないです、わからないことだらけなのに書きました。
そしてこの4人は、この後、獄舎に放り込まれるのです。