The First Day
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目の前に現われた男は、大きな荷物を背負っていた。相も変わらず頭の上にはいろいろ載せている、まあ元気な証拠で何よりなのだろう。多分。

「1週間、世話になる」
「………は?」

訳が分からないというふうに、珀明は声を上げた。少々行儀が悪いとは思わなくもなかったが、そんなことまで構っているだけの余裕を持ち合わせることができなかった、偏にこの男のせいである。
龍蓮は、やおら大荷物を玄関に置くと、そのまま前方から珀明を抱き締めた。まるで、久方ぶりの再会の喜びを分かち合うような抱擁だ。先程、学校で分かれたばかりではあるのだが。

「……何をしに来た」

睨みつつ言うが、そんな珀明の表情を、龍蓮が窺い知ることはない。ただ嬉々として、珀明を腕の中に捉えている。

「…ふむ、まあ、端的に述べれば、方違え……とでも言っておこうか、」

いつの時代のどんな人間だ、お前は。
いつも突拍子のないことばかりするのだが、今回もやはり素っ頓狂な答えが返ってくる。呆れて溜息を零すけれども、そこに大した効果は期待できない。軽く流されてしまうのが落ちだ。

「というわけで、今日から7日間、厄介になる」

そう云うと、珀明を解放し、早々と靴を脱いで室内へと上がってきた(片手には大荷物を提げて)。遠慮という言葉を知らないのかと呶鳴りたい衝動に駆られたが、その動作は厭味なほど軽やかに流れを描く。うっかり見惚れてしまいそうな自分に気付くと、珀明は厭になるのだ。
結局、あっさりと侵入を許してしまい、だからと云って龍蓮を追い出そうと思っても、ここまで来られてしまってはそれを叶えることは困難を極めるのだということを、珀明は的確に認識していた。

「………待て、龍蓮」

諦観を含んだ声で呼び止めながらも、奥に突き進んでいく龍蓮を追うように、珀明は後に従う。龍蓮の頭上で歩を交互に動かす度に揺れる羽根を、珀明は遠い眼で見遣った。





「―――――で、本当に1週間いるつもりなのか?」

居間のソファに腰掛けた龍蓮へと、珀明は念の為にと確認する。案の定、こくりと肯定の合図が返ってくることになるのだが。

「……だが、心の友の負担となるのはこちらも心苦しい、食費がかかるのは駄目なのだろう?」
「それはそうだが…基本的に、それを主張しているのは秀麗だろうが、」

彼女の家で彼女の手作り夕食を御馳走になる際には、必ず何かしらの食材を持参の上で訪問するのが慣例となっているのだ。龍蓮も、心の友の言うことならばと、忠実にそれを遵守してはいるのだが、持ってくる食材に当たり外れの差が大きいため、有り難いのかそうでないのかが問題だ。以前、プチトマトの種を持って訪れてきたときには(珀明もその場にいたのだが)、秀麗は開いた口が塞がらない状態に陥ったことがある。それには珀明も呆れ果てたが、本人にしてみれば良かれと思っての行為であるので、流石に呶鳴ることはできなかった。因みに、その種は秀麗の家庭菜園ための畑の一部ですくすくと生長している。

「……だが、安心するといい、そんなこともあるだろうと持参してきた」

そう云うや否や、龍蓮は自らの荷物へと手を伸ばし、鞄の中へと腕ごと突っ込むと、何やら布らしきものを取り出した。
割烹着だ。

「心の友のため、全力を尽くして料理を作ろう」

食事を作ってくれると云う発想は理解できる、けれども、それが何故割烹着となるかは、珀明がどんなに頭を捻っても、答えを導き出せるものではない。だからなのか、とりあえずは無難な返事をしておこうと、口を開く。

「………そうか、」
「それから――――――」

まだあるのか。
再び鞄の中に手を挿入する龍蓮を、珀明は辟易とした表情で見遣る。恐らく、期待しない方が身のためだろうと。

「―――――珀明の分も用意しておいた、」

にっこりとした(けれども、何処かにたりと見えなくもない)笑顔で取り出された、先程と同じ割烹着。ペアルックができるという喜びが、龍蓮の前面に出ている。

「珀明の手料理を食べたい、勿論、私も手伝おう。………まるで、協力して料理を作る新婚夫婦のようではないか?心の友其の三」

何も云えずにいる珀明へと、割烹着が手渡される。不覚にも受け取ってしまった珀明は、深い後悔の念を抱くのだが、龍蓮がここに現われた時点で既にどうにでもなれ状態ではあった。

「僕はそんなこと微塵も感じない」

以前、秀麗が龍蓮を形容していたように、この男は台風なのだ。近くにいるものは何から何まで巻き込んで、けれども、中心にいる自分への被害は全くない。これを避ける方法は2つだ。龍蓮の力の及ばぬところまで逃げるか、懐に入り込んでしまえばいい。前者については、珀明は最早叶わぬ身に陥ってしまったので望めない、ならば、覚悟を決めてしまえばいいだけのこと。それが限りなく難しいのではあるが。

「………まあ、とりあえず、ここでその格好はやめろ。頭の飾りは外せ」

やおらソファから立ち上がると、龍蓮は向かいに坐っていた珀明の隣へと腰を下ろす。取ってくれという合図であることは、珀明には(いつものことなので)瞬時に理解できた。自分でできるだろうと愚痴を零していたのは初めの内だけで、今はこれに関しては沈黙を貫いている。
腕を伸ばせば、それに合わせるように龍蓮の頭が珀明の方へと傾いてくる、珀明はこの瞬間がとても好きだ。終いには、凭れ掛かるようにして体重を預けてくる年上の同級生が、やけに幼く見え、それが珀明を安堵させるのだ。

「……珀、」
「なんだ」
「…やはり、ふりふりのエプロンにするべきだったか?」

次の瞬間、珀明の拳が飛んだ。それは珍しく、龍蓮の後頭部へと直撃したのだった。





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珀明は、マンション(間取りは、1LKの14帖程がいい)に1人暮らしの高校1年生。お家の事情で、実家から遠く離れた高校へと進学。マンションを借りてくれたのは玉さんです。龍蓮は、放浪癖が祟って1年留年した高校1年、藍家本邸に住んではいるものの、あちこちを彷徨うため殆ど居着かない。
因みに、曜日的には火曜日です。何故、龍蓮が訪問した理由が「方違え」なのかは、また今度。
どこに「手料理」の要素を含んでいるか、と責められると困るのですが・・・・・・勘弁して下さい↓↓↓