烏鷺の惑い紛れる雨露の濡れ夜に辿る迷いの迂路の行き着く先
御題配布先 : http://www15.ocn.ne.jp/~muku-kan/IL/




しとしとと音を立てるように降る糠雨(ぬかあめ)。

昊(そら)を仰ぐと、あおい、今は夜の為暗い昊が、低い位置にある雲で覆われている。
天を臨む己の顏を湿らせる露に、龍蓮は僅かに煩わしさを感じる。これも悪いものではないのだが。だが、いっそ思い切り降り注いでしまえばいいと思う。逃れることのできない甚雨(ひさめ)を。
徐々に身に纏った衣服が湿って重みを増していく。藍の衣は闇色に変わっていく。

このような湿気の多い日は笛の音の調子が崩れる。いつもと同じ吹き方では音程が変わってしまう。それは風流に欠ける。それ故、懐から笛を取り出すこともせず、ひたすら霧のような雨の降る街並みを歩いている。夜であるせいか人通りはやけに少ない。



雨が降る、これは自然の摂理だ。龍蓮にしてみれば、自然が織り成す雨という現象を口頭で説明することなど容易い。
自然とは何よりも強い存在であり、それを避けることは不可能だ。しかし、自然は一定の流れを繰り返し、けして龍蓮を裏切らない。それ故、龍蓮は自然を尊び、愛す。
降りしきる雨を避けることを、龍蓮はしない。受け入れるべきものとして捕らえているからだ。だから平気で野宿をする。それが当たり前であるからだ。



今まで龍蓮が続けてきたのは目的など存在しない旅だった。無論、今でも意識的に目的ある旅を続けているというわけではない。全ては、気の赴くまま自然と定められたように。

けれども、今まで然したる壁などなかった彷徨の途中で、龍蓮は一度立ち止まった。半ば命令が介入してはいたが、立ち止まったことで願うことすら幼い頃に放棄したものを手に入れた。

帰ってくることのできる存在、心の友がいる場所。国中の何処を漂泊していても、帰る場所は、求めている場所は、彼らのもと。





龍蓮は、勝手知ったる邸へと辿り着く。碧区に位置する珀明の邸だ。正面の門からではなく、珀明の自室に面している塀へと向かう。湿った石塀の上の瓦は滑りやすかったが、それをいとも簡単にいつものように乗り越える。
庭院に下り、闇の中気配を消しながら、濡れて光沢した草坪(しばふ)を踏みしめる。


そして、このような時分に現れた己を見たとき、珀明はどんな顏をするだろうかと、龍蓮は想像する。

怒るだろう、間違いなく。しかしその怒鳴り声に、龍蓮は珀明が珀明たる理由を感じるのだ。
心配をそのような形で表現する友が、龍蓮はただ愛しかった。心配されるということが何故か嬉しい。
だが、珀明は、呆れた表情を浮かべながらも龍蓮の濡れた身体を拭くために大きな布を用意してくれる、受け入れてくれる。龍蓮から逃げることはない。



龍蓮は、濡れてしまっている頭上の羽根を自ら取った。
それから、それらを手にし、暫し眺めた。濡れて柔らかさも軽さも失ってしまった。
孔雀の色艶やかな羽根、そして、射干玉の羽根、青みがかった白い羽根。



徐に珀明の自室へと繋がる闔(とびら)に手を掛ける。



此処まで、友という存在に辿り着くまでに、龍蓮は随分と時間をかけた。長かった。
それでも、辿り着けた、その過程がどんな獣道でも迷い道でも回り道でも坂道でも。いや、龍蓮にしてみれば、孤独で平坦な道のりだったのかもしれない。



一枚隔てた闔から、愛しい友の気配を感じる。
それは、自然に対する想いにも似た、強い感情。龍蓮を裏切らず、いつでも心にあり、強い存在。
ただ、それを感じるだけでよかった。



辿り着いたのだ。
帰ってきたのだ。

龍蓮は、自分を受け入れてくれる存在のいるところへと、漸く行き着いた。