透明な愛の正体

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正面に立つ大柄な男が快濶に笑うのを、欧陽玉は不機嫌な表情を隠すことなく貌を顰めて見上げる。そんな玉の様子を気にもせずに、美人な顏が台無しだと揶揄され、玉は眉間に寄った皺を更に深めた。そして、ゆとりのあるたっぷりとした袖で口許を覆うと、引き攣りそうになる口端を隠しつつも、不満であるというのを前面に押し出すように嘆息してみせる。
「・・・白大将軍、なんですか貴方まで陽玉などと・・・私の名は、玉です。あれに影響されないで下さい・・・もとより、今は公務中ですので、親しげに名を呼ぶことは控えて下さるようお願い申し上げたいものですね」
軽く窘めるように言葉を吐き、玉は視線を先程まで鑑賞していた、外朝の庭院の南天燭へと移した。それは、軽く六尺はあるようで、玉の背丈を容易に追い抜いている。幹の先端に葉が集まっていて、その間には赤色の小球形の果実がいくつも撓に実っている。初夏に咲く白く小さな花も好いものだが、玉は、この晩秋から初冬にかけて実る、小さな赤の群れの色彩も気に入っていた。
「怒るなよ・・・美人は台無しだが、まあ、怒っても美人は美人だよな」
そうして、俺の部下にもいるんだよな、と続けて的外れなことを応える、屈託も何の含みも無い雷炎の笑みを見て、頭を抱えたい衝動に駆られた。それでも、してみせないのは、仮にも彼の地位が羽林軍の大将軍の一人であるが故だ。勿論、多少の不遜な態度をしてみせたところで、雷炎が殆ど気にしないだろうということは、玉も理解していたし、それが雷炎の懐の大きさでもあるのだとも感じているが、先程自分で云い出したように、今は公務中であるのだから当然の判断とも云えた。
「陽玉、」雷炎は、未だ視線が南天燭へと向けられている玉へ言葉を掛ける。
「・・・・・・」しかし、お気に召さない呼び掛けに、玉は返答を示さない。
「いいじゃねぇか、これ、愛称だろ、飛翔なりの」
玉から返事が返ってくるどころか、今度は身体ごと視線の方向へと向けられて、雷炎は、少し困ったふうな表情で、頬を指で掻いた。
「・・・・・・・・・そう云えば、先日はどうもありがとうございました、」
少しの沈黙を置いて呟かれた玉の唐突な言葉(話題を換えたかったのだろうか)の意味を察しかねた雷炎は、素直に何のことだと訊ね返す。そうすることで、本来礼節を重んじる玉は、漸く身体を雷炎へと向けた。
「少し前に、右羽林軍で龍山へと訓練に赴いた際に、黄柏の樹皮を持ち帰って下さったでしょう。ご存じの通り、あれの鮮黄色の内樹皮は加工することで薬になりますから。丁度、黄柏の量も少なくなっていましたので、工部・太常寺大医署を始め、大変感謝しておりました」
先日は、工部からの感謝の文でしかお礼をすることができませんでしたので、と申し訳なさそうに、玉は言葉を零す(本来なら、工部長官である飛翔の仕事であるはずだが、飛翔がそれを放棄したため、感謝の文を認めたのは玉であった)。
「・・・ああ、気にすんな。礼なら、飛翔から直接聞いたからな」
そんなこともあったなと、雷炎は笑みを零して返す。そう云えば、その件では、怒ると怖いが美人な部下が自らの愛しのお嬢様のために、横から当然のように黄柏を始め、いろいろな薬草を持って帰っていたなと思い出した。彼に至っては、非常に真面目で、現実問題であるので、敢えて本気で口出しはしなかったが(他に口出しできるような相手もいなかったが)。
「然様ですか・・・・・・でも、どうせ、酒の席でのことでしょう、」
「お察しの通り。飛翔との付き合いと云えば、酒がなくちゃ始まらねぇからな」
今更過ぎる話に、玉は介入の言葉を考えることすらも放棄して、再び嘆息する。恐らく、その席には、雷炎の片翼である左羽林軍の黒燿世もいて、相当な量の酒が消費されていたのだろうなと確信する。その現実を想像することのできる玉には、最早作り笑いすらもできない。その酒の出所を想像するのが、何よりも恐怖だ。
「今度は、お前と飲み比べしたいもんだな」にやと、お世辞にも良いとは云えぬ笑顔で、雷炎は誘うが、
「丁重にお断り申し上げます」玉は、それを鰾膠も無く断った。
「飛翔とはしたことあるのに、俺とはできないとはどういった料簡だよ、」
「あれでも、一応は私の上司ですが、あれは私も甘かったのです・・・・・・そもそも、貴方がたのようにがばがばと上等の酒を飲み干してゆくような輩と一緒に酒を飲むなんて、杜氏に申し訳がないのです」
喧嘩腰に勝負を挑まれ、退くに退けなくなったことも何度かある(退こうとしても、人の神経を逆撫でするような言葉を吐いてくるため、無駄に終わることもあった)。無論、飲み比べで負けたことなど一度もなかったが、終わってみて冷えた頭でいつも後悔するのだ。だから、理性の許す限りで、玉は無駄酒を呷る者の誘いは断る心算なのである。
「狭量だな、」
不満そうな口調ではあるが、表情にはそれほど表わされてはいなかった。無理に誘おうとする意図が見られないだけ、己の上司よりは幾分もましだろうなと、玉は思う。
「何とでも仰って下さい。ところで、羽林軍の大将軍がこのようなところに何か用なのですか、」
「ちょっと警備のことでな、」問いに対する返事は返ってきたが、雷炎の語尾が軽く濁る。
「・・・そうですか、」干渉すべきことに非ず、と判断した玉は、小さく言葉を返すだけだった。縦の関係にしても、横の関係にしても、政治の場では必要以上の詮索は好まれない。自分の迂闊さを軽く後悔した玉は、僅かにその双眸を伏せた。
「おい、陽玉」
「・・・・・・」今の行為で、雷炎に申し訳ない気持ちは抱いていたが、それと「陽玉」という名で呼ばれて返事をするということは別物なので、玉は視線を下げたまま無視を極め込む。
「・・・・・・・・・欧陽侍郎、」
「はい、何でしょう、」今度こそ、望む言葉が向けられ、玉は礼に適うように反応する。
「・・・お前、いい度胸してんな」
「あの柄の悪い上司に鍛えられましたからね、不本意にも」
呆れたような表情を浮かべ(それでも口の端は軽く引き攣っていた)、雷炎は、小気味良い笑顔を向けてくる玉を見ながら、これは惚気だなと内心嘆息する。酒の席で、飛翔からそれらしい話を溢されて辟易することはあるが、玉からは珍しい(接触も少ないが)。
「・・・なぁ、やっぱり、今度一緒に飲もうぜ」
諦めずに、再び誘ってくる雷炎に、玉は溜息を吐きつつも、断わりを入れようとする。上司を始めとして、この手の相手は、返事を曖昧にしておくと、変なところで揚げ足を取られかねない。
「・・・・・・貴方も大概諄いですね。厭です」
「そういう冷たいところが、また俺の部下の一人にそっくりだな・・・まあ、剣を向けてこないだけましかもしれねぇがな」
豪快に笑いながら物騒なことを宣う雷炎に、玉は、そこは笑うところではないとは思いつつも、文官と武官の間にある隔たりを感じた。ここで笑い飛ばせぬような自分は、やはり武官には全く向いてはいないと感じ、安堵する(が、同時に、飛翔ならば笑い飛ばしてしまうかもしれないと思い至り、厭な顏になった)。
「ま、飛翔にもそう伝えておいてく呉れ・・・気が向いたら同席してくれ、な」
雷炎の羽林軍の武官たちに対する対応を見ている限りでは、この態度はかなり控えめなものであるというのは、はっきりとわかるので(武官ならば、投げ飛ばして引っ張ってでも強制されるのだ)、玉は、文官でよかったと感じる。
「ご安心下さい、気が向くようなことはありませんので」
手を挙げ、軽く振りつつその場を後にしようとする雷炎の背に向かって、玉はそう云い放つと、軽く拱手して見送る。すると、玉の返答を聞いた雷炎が、再び高らかに笑うのが分かった。







飛翔の出てこない工部話(なんだそれは)。思いっきり工部を期待した方には謝罪モノですね(汗)
黒州と白州を纏めるやくざの組の総領息子(あだ名は「九紋龍」)な飛翔は、酒豪という接点もあって、白黒大将軍達と仲の良い酒飲み仲間なはず。というだけの話かもしれませんが。で、そのせいで、雷炎もからかう意味で、「陽玉」って言っていればいいな!みたいな?飛翔の影響です。
うーん、でも、雷炎×玉もいいかも(マイナーCPすぎる)。
燿世を出さなかったのは、嫌いとかそういうわけでなく、封神演義でいうところのナタクになっちゃうからです(=喋らないので存在がわからない/笑)