じっと耐えるだけなんてできはしないのだから
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急に手首を掴まれ、引き寄せられたと思った途端、抱き締められた。放せと言っても聞いていない、と言うよりは意図的に無視しているのだ。周りの者の声はどんな類のものでも必ず聞こえているはずなのに、敢えて聞かないふりをするのは、この男を『藍龍蓮』たらしめる行為なのだろう。

「・・・放っておいて悪かったよ・・・・・・仕方ないだろう?仕事なんだ。」

自分を抱き締める男に言い訳しながら、卓子の上に置かれている先程終えたばかりの書簡(持ち帰ってきた締切りの近い仕事だ)へと視線を向ける。どうしても寝る前に終わらせたかったので、久しぶりに訪問してきた龍蓮を出迎えた後、暫く放置して(勿論、笛を吹くのは禁止しておいた)、黙々と仕事をこなしていたのだ。

「ほら、もう終わったから、機嫌直せよ。」

珀明の肩口に顔を埋める男は、まるで拗ねている子供だ。慰めるように龍蓮の頭へと手を置き、軽く撫でる。
龍蓮が放置されることを嫌っていることを知っていたが、こうも態度に示されると居心地が悪くなると、珀明は内心呟く。時折、気まぐれに自分に会いに来ることしかしないくせに、それを棚に上げて臍を曲げるのだ、文句の1つも言いたくなるが、敢えて飲み込む。貴重な時間を共に過ごしたいと思ってくれているのだろう、おそらく。

「・・・なぁ、もう放せ。」
「断る。」

肩口に向かって吐かれた言葉が、珀明の肩へと響き伝わる。

「・・・餓鬼か、お前は!これじゃあ、他のことができないだろう!」

そう言うと、龍蓮は渋々お互いの身体と身体の間に隙間を作った。けれども、背中へと回された腕は相変わらずだ。これでは放すではなく、少し離れただけだ。彼なりの譲歩なのだろうが、意図していることがわからない。

「・・・・・・いいか、よく考えみろ!」

睨みながら強く主張すると、龍蓮は素直に頭を上げ、珀明の顔を見る。少々近いと思わなくもなかったが、言ってしまった言葉を変えるのも躊躇われ、指摘するのを止めた。

「少しの間待たされたくらいでいじけるな。僕は、お前が次に来るのはいつなのかと、いつもやきもきしているんだぞ?それに比べたら、これくらいなんだ、男が細かいことを気にするな。」

半分は本当だと思っている、けれどももう半分は仕方のないことだと諦めにも似た思いがある。龍蓮が珀明のところへと頻繁に来ることができないのは放浪しているからで、でも、他にも理由があるのだ。

「それはすまなかった、珀がそんなに私との再会を待ち望んでいたとは・・・・・・詫びに、懐かしの再会を喜ぶ友への抱擁を贈ろう。」

そして、滔々と見当違いなことを語った龍蓮によって、珀明は再びその腕の中へ戻ることとなった。