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本日の仕事に大方目途がついたところで、他部署から新たな書簡と書類が非情にも追加された。部下からそれらを受け取ると、玉は小さく溜息を吐いた、やらなければならない仕事はまだあるというのに。基本的に、いつも定時に退出してはいるが、この追加分では今日は定時を過ぎてしまいそうだ。だが、これらの半分は戸部から回ってきたものだというので、玉はやる気を見せる。 それでも、自分の退出時刻は、全て尚書である飛翔の仕事の取り組み具合によって左右されるのだから、いくら自分だけがやる気を出しても無駄だ。尚書専用の椅子にどかっと座り込んでいる飛翔に至っては、追加分が回ってきた瞬間、厭そうな顏を隠すこともなく(一瞬、部下が怯えた)、今にも口からぽろりと零れてしまいそうな文句を、酒と一緒に勢いよく呑み乾した。 そもそも、公務時間ではないときに仕事をする気はないという点においては、飛翔も自分も頷ける貴重な共通点であったので、暫くちびちびと酒を煽っていた飛翔も、漸く諦めたように筆を握るのが、玉には確認できた。 「陽玉、」 「玉、です、この呑んだくれ」 この男の副官を務め始めてから、幾度となく発した文句を、玉は今日も繰り返す。けれども、此れも又常と変わらず気にも留めずに、飛翔は言葉を繋げた。諦めてそれ以上の言葉を引っ込ませた玉だが、本当に諦めているわけではないので、この会話は恐らく明日も、明後日も、明々後日も続けられるだろう。 「これとこれは戸部、そっちは礼部に持って行け。戸部の分は、しっかり鳳珠と景侍郎に承諾貰って来るのを忘れんなよ、なんせ金の掛かることだからな」 「………承知致しました、」 既に終えていた今日の分の書簡を、飛翔は示した。確か、どれも期限はまだ先だったはずだ。仕事が円滑に進むのはよいことではあるが、これは彼にしては珍しいことである。 「…なんだよ、」 承諾までの間が気に入らなかったのか、雑務を追加されて不機嫌だった顏がより一層歪み、怪訝な視線を向けてくる。よもや、玉がそれに臆することはなく、ただ、いいえと否定して笑みを浮かべた。 「…ただ、少々、嬉しいと思いまして、」 理由なら貴方が一番ご存じのはずですと、少し突っ撥ねるように言葉を投げ掛け(飛翔からの返答はなく、ただ沈黙だけが返ってきた)、書簡を片手に踵を返そうとする。 素直でない上司が、面倒臭い仕事が舞い込んできて、それでも自分を追い出すような真似をするということは、それなりに意味のある行為だ。少なくとも、玉はそう考えている。 「はあ?」 後方から、飛翔の間の抜けた、そして疑わし気な声が聞こえる。 管飛翔という人物は、普段から酒ばかりを煽って仕事をしない、又は遅いという姿勢が強いが(それもまた事実に含まれてはいるのだが)、工部は尚書と侍郎が口喧嘩をしながらも、話し合いの余地のある案件や問題、日々の仕事をより速く、より正確に熟(こな)している。けれども、だからと云って、2人が揃わなくては仕事が進まないというわけでは全くないのだ。官吏になりたいからなった、という、自分とは全く異なる理由で官吏となったこの上司が、誰よりもこの仕事に対して熱い男であることを、玉は、多少不本意ではあるけれども、理解していた。 彼のやる気は殆ど人前では発揮されることはない。副官が傍に居れば、尚更だ。山のように積み重なっていた書類も、飛翔は誰も知らぬ間に終わらせる。勿論、それはやる気のあるときだけの場合ではある。ないときは、飛翔は本当に酒を呑んでいるだけで(喋っているとき以外は常に酒を呑んでいると云っても過言ではない)、そのついでに仕事をすると云った、何とも呆れ果ててしまう具合だ。勿論、そんなぐうたらな上司でも、あの吏部の唯我独尊で、仕事を部下に押し付けっぱなしの尚書よりは、幾分かましなのだろうと、玉も感じてはいる。 しかし、自分すらも避けて、単調で詰まらない雑務をしようとし、またその事実を隠している飛翔を、玉は時々無性に腹立たしく感じるのだけれど、それでも、 「上司がやる気になってくれることは、斯くも喜ばしいものなのですよ」 それならば、切(せめ)て、上司のやる気が殺がれてしまわぬ内に、自分は退散してしまおう。今日は、先程思ったよりも、少しは早く退出できるようだと、玉は思った。 「うるせぇ、行くならさっさと行っちまえ!」 玉を今直ぐにでも追い出そうと、飛翔は呶鳴ったけれども、その視線が明らかに自分へと向けられずそっぽを向いていることに気付いて、玉は颯爽と執務室の闔を潜って、こっそりと苦笑を洩らした。柄でもない、照れているのだ。莫迦な上司だと思う、あれで今まで隠していたつもりなのだろうか。いい歳をした酔っ払い親爺の癖に。玉は、今頃、渋渋と机案の上の書類に手を伸ばし始めているだろう飛翔を想像した。 ああ、本当に、なんて、いとしいのだろう。 了 飛翔は、こっそりと仕事を熟(こな)していて、そのくせ普段は平然とサボって酒呑んでいるような男だといいな。という話。基本的に真面目な男だと思っております。私は、黎深や鳳珠よりも飛翔が好きです。いや、みんな好きですけれど。そして、そんな飛翔を、玉は内心、可愛いとか思っちゃっていたりすると、これまた堪らないのですが、そんなこと思うのは私だけかもしれません(涙) って、これでは玉話じゃなくて、飛翔話?!・・・・・・・・・・・・勘弁して下さい(ぺこり) |