侵略の意志は多分無い




ふと腕を伸ばしてしまったのは、手で触れてしまったのは、柔らかな細腕を掴んでしまったのは、希釈された意識と眇められた眼が垣間見た、あかるい陽の色のせいだと、龍蓮は小さく言い訳めいた言葉を頭の中で呟く。
日光に照らされ、やや鋭利な角度から眼に射し込んでくる、更に輝くきんいろは、自分の愛するものにひどく似ていた。そう思った。
ああ、なんて、・・・いとしいいろだ。
「―――――ら、…りゅうれん・・・」
うっすらとではあるが、ほんの僅かだが怯えを含んだ碧い瞳が、己を見下ろしているのに、龍蓮は気付く。
そうして漸く、龍蓮は、目の前にいる人物が、己の大切な心の友其の三である碧珀明其の人であることを、未だ睡魔に支配されている頭で、僅かに認識する。
何故、ここに珀明がいるのだろうという疑問が頭を過ぎるよりも早く、龍蓮は昨夜遅くに(日付すらも変わっていたはずだ)、珀明の邸を訪れて、そのまま傾れ込むように、珀明と同衾したことを思い出した。
大事な心の友とは云え、女性である珀明に対しこのような行為に至るのに、聊かの抵抗も抱かなかった、と云えば、確かに嘘になるだろうな、と龍蓮は思う。しかし、眠かったせいもあるのだろう、珀明は、抵抗は見せたものの(客室を用意しようとしたのだ)、最終的には同衾を許した。
何と云っても、避けがたい誘惑であったのだ、龍蓮にとって珀明との同衾は。
おはよう。龍蓮は、寝起きの、少し掠れた声で言葉を掛けた。
珀明の左腕を掴んだ龍蓮の手へと、珀明は触れてきた。軽く握られて、それが、解放を望んでいるのだと、龍蓮には理解できたが、だからと云って、易々とそれを受け入れることもできず、現状は維持された。
「・・・起きろ、」
「起きている」
「そうじゃなく、身体ごと起きろ、と云っている」
そう云う珀明は、臥牀の上に坐りながら、横になっている龍蓮を見下ろしている。明るくなった室(へや)に、珀明の下ろし髪が映えて、とても奇麗で、
「・・・好きだ」
小さく呟いた龍蓮の言葉を、近くにいる珀明が聞き逃すはずもなく、しかと耳にしてしまった珀明は、仄かに頬を赤らめて閉口してしまった。仏頂面も、それはそれで可愛らしいのだけれど、紅潮したそれには、珀明の処女性を含んでいるように思えて仕方がない。
龍蓮としては、単に髪が奇麗で好きだと、何の気なしに云っただけであったが、こうもかわいらしい反応を見せてくれると、堪えきれなくなる(もちろん、珀明本人ごと好きなのであるから、全く問題はない)。
「好きだ」
幾度となく繰り返してきた言葉を、龍蓮は、はっきりと発音する。そして、同衾してくれて嬉しかった、髪が奇麗だ、と思ったことを、呟いてゆく。
ああ、これは一体何の拷問だろうか、と嘆きながら、珀明は、龍蓮から繰り出される言葉の数々に耐えている。
「・・・・・・・・・っ、」
嗚呼、ひどく、心臓にわるいと、そう云った顏をしているな、と龍蓮は感じた。
恐らく、とても残酷な言葉を、珀明に向けているのだと、龍蓮は大概自覚していた。
好きだ、という、ただそれだけの言葉が、珀明に与えるものは、羞恥と不安と、それと痛みばかりだ。いくらそこに、龍蓮が溢れるほどの慈しみや愛しさを込めて吹き込んだとしても、反比例するが如く、珀明を苦しめる。それをわかっていても、止められない、自己満足。
暫くの沈黙の後、珀明は気を取り直したように、いつもの顏を見せた。好きだなんて言葉が、なかったかのような、そんな顏だ。そして、上腕を掴む龍蓮の手指を、一本ずつ外側から静かに取り外してゆく。優しい、その仕種に、龍蓮は抗うこともできずに、解放を許してしまった。
「龍蓮、ほら、身体を起こして」
まるで、子供に云い聞かせるような物云いに(けれども、珀明よりも己は1つほど年長ではある)、龍蓮はゆっくりとだが従い、臥牀の上に趺(あぐら)を掻いて珀明を向き合った。自然と、小さな珀明へと視線が下へ向く。
平然とした珀明の表情を見て、詰まらないと、思った。だからなのか、龍蓮の手指は、珀明の頬へと伸ばされたのだが、触れる直前で無残にも叩き落されてしまう。あわよくば、そのまま口付けてしまおうかとすら思っていたのだが。残念と云う顏をして見せれば、一瞬珀明が睨んできた。普段からつり目なそれが、より鋭くなると、まるで猫のようだ。金色の、ふんわりとした毛並みの猫は、やはり簡単に懐いてはくれそうもない。
けれども、つり上がった眦が、ふと下がる。
「・・・・・・あまり、女扱いしてくれるな、」
憂いを帯びた眦に、言葉に、矛盾と苦悩が籠められている。そして、龍蓮は、珀明の言葉の裏に含まれている、その意図も察しながら、敢えてそれには触れないでおこうと決める。
「誤解だ」
「何が、」
「私が珀明と同衾するのも、触れるのも、珀明が女だからではない。寧ろ、男でも、構わないくらいなのだからな。・・・そこは把握してくれてもらわねば困る」
別段、好色でも男色というわけでもないと、龍蓮は自信を把握している。ただし、心の友のことになると、そう云った柵(しがらみ)が一切関係なくなると云うだけの話であった。
「女でも、男でも構わない・・・ただ、たまたま私が男で、珀が女と云うだけのことだ」
「阿保だ・・・」
不安そうな眦が消えることはなかったが、何処か呆れたような呟きを見せた珀明が、かわいすぎたのが悪いのだと、龍蓮は思った。最早、これは流れだったのだと思う。龍蓮は、今度こそ珀明の頬に手指で触れることに成功した。それをそのまま耳介へと撫で、移動させてゆくと、珀明に覆いかぶさるようにして、唇を寄せた。
瞬間、珀明が息を呑むのがわかったが、龍蓮は無視して、その初めての感触を味わう。性急にではなく、しっとりと重ねて。
片腕を珀明の腰に巻くように抱く(逃げられないためだとは、とてもじゃないが情けなくて云えない)。だが、予想外に抵抗はない。軽く瞼を上げて珀明の様子を窺うが、これは、受け入れていると云うよりも、放心して動けないと云った方が正しいのかもしれない、と思った。
目を開いたままの珀明に苦笑して、一度唇を離す。ゆっくりと、珀明の目の焦点が、龍蓮へと向いてくる。同時に、羞恥心も生じたのか、頬が紅潮するのが視覚で感じられた。
龍蓮は、珀明が何か言葉を発する前に、再び角度を変えて口付けて、封じてしまった。
腰に回された片腕は相変わらずだが、互いの身体の間に挟まれたように存在する珀明の腕は、少し邪魔だ。
早く落ちてしまえばいいのに。しかし、珀明は(恐らく自分自身も)、それを望んではいない。龍蓮の胸を突いて、押し返すような仕種をして見せる珀明の腕のような理性が、けれども、必要なのだ。
珀明の許容範囲を超えてはならないと、龍蓮は、名残惜しそうに、唇を離す。
「・・・・・・龍蓮、」
濡れた唇から発せられる己の名が、とても嬉しい。そこに、怒気が込められていなければ、きっともっと嬉しかっただろう。
「怒ると、また塞いでしまうぞ」
笑いながら龍蓮が先制すると、珀明は悔しそうに顏を逸らしたので、龍蓮は僅かに吹き出して、笑みを深めた。




終畢

タイトルに御幣あり。
甘いんだか、シリアスなんだか、とにかく龍珀です。龍→珀と云った方が正しいか。っていうか、ここまでしておいて、この2人は心の友止まりですから。きっと「真っ黒いわたしの幸福」よりは前です。
龍蓮は、にょた珀明の瞳(目)が一番好きなんじゃないかな、というのが私の個人的な希望です(本当に個人的)。瞳>胸>髪>唇、こんな感じで好きだと云い。珀明は秀麗より胸は大きいです、現代風に云えばDです。大体そんな感じ。
そして、ここで云うのもあれですが、この時点で初キスです。ちゃっかり同衾とかしちゃっている割に、龍蓮は案外手を出すのは遅いといいな。じわじわ攻めていくといい。
さっきから、希望的観測だな(-_-;)