いっしょに痛くなりたい、 できるなら同じ強さで |
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「―――――血の、」 どきりとした。留三郎は、少しの間を置いて、言葉を途中で止めた伊作へと視線を向ける。 「・・・血の、においだ。留三郎、」 鼻翼を僅かに動かす伊作は、数歩、歩み寄ると留三郎の深緑の制服の胸元へと顏を近付ける。 数回、小さくにおいを嗅ぐ鼻の音がした。聊か、その獣めいた仕種に、留三郎はくらりと、目の前が揺れた。 「・・・私じゃ、ないぞ」 「うん、違った」 良かった、そう一言付け足して、掴んでいた留三郎の衣服をぱっと離すと、伊作は、一歩だけ後退した。その途中で、何処か安堵したような息を吐くのだから、留三郎は再び遣る瀬無い思いを抱く。生臭い血のにおいに敏感な己の友人に、留三郎は、「お前は忍者に向いていない」と考える同じ頭で、何処かその真逆のことを想起してしまいそうな気がしてならないからだ。 今現在、伊作が忍になるのか医を学び施す者になるのか、その分岐点で揺れていることを、留三郎は知っている。仮令、それを口に出して伝えられなくとも、留三郎は伊作のその揺らぎを察知していただろう。その程度には、伊作の傍にいた。そして、それ程、伊作は忍としての客観的な適性は低いものであった。 「・・・行くな、」 「・・・・・・留三郎、」 ふと、立ち上がった伊作に、留三郎は制止の声を掛ける。恐らく、血のにおいの痕跡を辿ろうとしていたのだろうが、そんなことを許すわけにはいかない。 「お前が、自ら傷付こうとするのを、私は敢えて見逃すつもりはないからな、」 伊作の、類稀なとも云える運に恵まれない日々の流れを知り、且つそれに巻き込まれている身としては、その渦中に敢えて首を突っ込もうとする行為を止めずにはいられない。結局は、自分も関わってしまうだろうことを、留三郎は知っていたからだ。 「・・・そんな、大袈裟な」 「お前は、大袈裟なくらいに予防して、ちょうどいいんだ」 手首を掴み、軽く引っ張ることで、再び腰を落とすように促す。 「安心しろ・・・この学園の者ならば、負傷すれば保健室を訪ねる。そうでなくとも、軽傷ならば、自分で治療するくらいのことは身についているはずだ。学園外の者ならば・・・それこそ、今、ここにいるお前が気にすることじゃあない、」 そうだろう、と、留三郎は伊作に問う。 けれども、はっきりとした返事は返って来ず(けれど、留三郎はそれで良いと判断している)、曖昧な、語尾を濁らせた返事を伊作は返すばかりだ。 「けれど、私は、誰かが傷付いているのは厭なんだよ、留三郎」 「奇遇だな。私も、お前が傷付くのは厭だよ、伊作」 真剣な面持ちの伊作に、留三郎は少しおどけた様子で切り返す。詰まる所、留三郎にとって、傷付く者がいて、それが伊作と目に見えない誰かだとすれば、圧倒的に伊作の優先度が高いのだから、最早選ぶという行為すら存在しないのだ。 けれども、伊作は違う。傷付いている者が、自分ともう一人仮に他人がいたとすれば、伊作は確実にその他人から治療するであろう(重症度にもよるが)ことは、留三郎にも予測できることだ。それが、身内の感覚からくるものであるにしてもそうでないにしても、伊作の意思は明らかに自分とは違うところにあった。そもそも、比較するにも土台が違うのだから、留三郎は、そのことを悲観するつもりは更々ない。 「・・・留三郎、でも、」 「一生の願いだ、と云ってもか、」 「・・・嘘吐きめ。こんなことで、使い果たしてしまうつもりなんてないだろう、」 見透かされていることは、初めからわかっていたので、その返答に詰まることはない。仮に、伊作に対して一生の願いをするというのならば、恐らく自分は伊作にとってとても残酷なことを云ってのけるだろうと、留三郎は大概自覚しているからだ。 「それほど、重要なことだとわかれ」 「・・・・・・でも、君は、実習のときに、負傷した人を手当する僕を一度も咎めたことなんてなかった、」 伊作が、腰を落として、視線を留三郎と同じ高さに合わせる。 急に話を変えた伊作に、留三郎は少しだけ瞠目する。伊作とは、確かに実習で組むことが多い。その中で、伊作が道中で負傷者に出会うとその人物が誰であれ、実習の課題なんてお構いなしに手当てをすることは屡あった。 初めの内は呆れることはあっても、次第に伊作のその行為に慣れたし、放っておいた。ただ、置いていくこともしなければ、責めることもなかった、ただ傍にいて見守るだけだ、時折、手伝わされることもあったが。時間制限のある課題では、焦ることもあった。けれども、どうしてか、それを理由に伊作を止めることもなかった。 「それは、お前の性だからさ」 畢竟、責めたところで、頑固な伊作は己の行為を止めることも、改めることもないと、留三郎はわかっていた。放置して、一人先に課題を終わらせても、二人組の実習では意味がない。 そもそも、このことで留三郎が伊作に何かを言及することなど一度もなかった(最も、文次郎や仙蔵が口煩く説教することは何度もあったのだが)。いつ、自分の堪忍袋の緒が切れるだろうかと考えていたこともあったが、伊作の方から口にされるとは思ってもみなかった。 「それに、今は、目の前に傷付いている人はいない。これは大きな問題だ」 もし、ここに怪我を負った者が横たわっていたとすれば、留三郎も、伊作の行動を止めたりはしないだろう。けれども、ただ血のにおいが僅かに漂ってきたというだけで、伊作をむざむざそちらへと手放すつもりは、留三郎には毛頭なかった。 「・・・・・・」 沈黙する伊作に、留三郎は嘆息する。 「行くな、伊作。私は、あまり言葉で縛りたくはない」 「・・・・・・君は、仮にここで君の制止を振り切って出て行ったら、私を軽蔑する、見放す、」 少し、弱気な語気から、伊作の躊躇いが窺える。問いも、恐らくそれから来ているのだろう。 「しないさ、それも、お前の性だ」 自分は、自分のできる範囲で伊作の意思を尊重したいと、留三郎は考えている。伊作に譲れないものがあるように、また、自分にも譲れない一線がある。少なくとも自分の持つその一線を、伊作は侵したことはない。つまり、自分がそれを容易に侵すことも、けして許されることではない。 「・・・・・・・・・それなら、私は、行かないよ」 「・・・そうか、」 「うん、行かない」 留三郎の返事に、伊作は再び決心するように、肯定を示す。それを聞いた留三郎は、全身の筋肉が僅かに弛緩するのを感じて、存外、緊張していた自分に気付く。 伊作は、懐から包帯を取り出して、床に置いた。そして、頭巾の結び目を解き、黒く長い髪を露わにする。その行為が、伊作の言葉を強調しているようで、留三郎は、優しい親友を見て笑んだ。 おしまい けまとめさぶろうが好きです。彼を贔屓しているように見えたら、恐らくそれは間違いはないのだと思います。 敢えて6はだと表記してありますが、さりげなく×仕様です。けまいだと思います、私の嗜好的に。キャラ掴めてない。 伊作が入ると、どうしてかシリアスに傾いてしまう不思議。ほのぼの6はが書けるように精進したいと思います。 蛇足ですが、血のにおいに敏感な伊作が好みです。基本、食満は伊作の治療行為にノータッチですが、危険そうだと判断したら止めます怒ります、最終的には実力行使(できれば穏便に済ませたい)。 そして、今回、血のにおいをさせながらふらふらしているのは雑渡さんだといいなぁと思います、血のにおいで伊作を釣ろうとしてます(そしてまんまと引っ掛かる伊作)。食満は無意識でそれを妨害していることになります。食満伊←雑は好きです。でも、雑伊よりも雑伏雑の方が好きです(←変わり者)。 |