単独行動は禁止だと

口を酸っぱくしていた

彼の中にあるのは喪失の恐怖

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煌々たる月の光、鏤められた星の光、どれをとっても奇麗であると云えば綺麗で、けれども近寄り難い。本来なら、慣れ親しむべきはずの不完全な闇夜は、何処か異質に感じられた。少なくとも、今、こうしてひとりでいる自分は受け入れられていないのだろう。けれども、それすらもどうでもいいと、次屋三之助は懐から苦無を取り出した。

草を踏み分け進んでくる、跫音が聞こえる。数刻ぶりに感じる人の気配に、三之助は僅かな警戒と、それでも安堵を覚え、腰を下ろしていた、盛り上がった木の根から立ち上がる。
「・・・・・・さ、―――見つけた、」
「・・・藤内、」
平生よりも息を上げている浦風藤内の姿に、三之助は、漸く完全に肩の力を抜く。そして、苦無を懐に戻した。ほぼ同時に、藤内の表情が柔らかくなったように見えたのも、恐らく見間違いではないのだろうなと、三之助は感じた。
藤内にしても、作兵衛にしても、数馬にしても、何度こうしてひとりでいる自分を迎えに来てくれたのだろうか、近付いてくる藤内を見て、三之助はそんなことを思う。ありがたいと思う、嬉しいとも思う、もうこんなことがないようにしなければならないとも思う、けれども、自分はまたこうして同じことを繰り返すのだろう。
「ほら、帰るぞ、」
そう云って、手を差し出してくる藤内は、自分より幾分か小さいと云うのに、とても頼りになるのだ。
「・・・どうかしたのか、」
藤内は一向に握り返してくることのない行き場のない手をそのままに、反応を示さない三之助を訝しむ。何処か、怪我でもしたのだろうかと覗いてくる目に、三之助はぽつりと言葉を漏らす。
「・・・・・・・・・腹、減った」
「我慢しろ、学園に帰ったら、数馬が夕食確保してくれているから、」
だから早くしろと、改めて手を突き出してくる藤内に甘えるように、三之助はその手を握る。その手が、自分のそれよりもあたたかく感じるのは、きっとずっと動き回っていたからなのだろうと思うと、そのぬくもりに離れ難いものを感じる。
早々に進行方向を向いてしまった藤内の関心を惹きたくて、三之助は言葉を投げ掛ける。
「左門は、」
行動を共にしていたはじめの頃は、確かに、己の隣には神崎左門がいたはずではあった、三之助は思い出す。しかし、いつの間にか左門が迷子になってしまったのだ。
「左門は、作兵衛が迎えに行った」
「・・・ふーん、」
作兵衛が左門の捜索に当たっているのならば安心だろうと、三之助は納得する。文句や説教を云いつつも、作兵衛は左門を探すのが上手い(恐らく慣れだろう)。
「作兵衛の方が、良かったか、」
「何が、」
いきなり何を云い出すのだろうと、三之助は藤内に疑問を返す。質問の意図がさっぱりわからない。どうして、そこで作兵衛が出てくるのか、今、ここにこうしているのは藤内なのに、迎えに来てくれたのは作兵衛ではない。
「・・・・・・俺は、藤内が来てくれて嬉しい、と思ったぞ」
自分の発言に確信を持つ故に、三之助の声に揺るぎはなかった。しかし、それが逆に藤内の動揺を誘ったのか、その顏がくしゃりと歪むのがわかって、三之助は自分の発言に何処か拙いところがあったのかと、思い返す。けれども、言葉に偽りはない、これ以上の回答を探し出そうと思っても無理だ。
「・・・もう・・・・・・勝手に、いなくなるなよ、」
「俺は、いなくならないよ・・・藤内の傍にいる」
作兵衛と左門の傍にだっているつもりだ。
「嘘吐きめ・・・そう云うことは、行動で示せ」
二月、絶対に迷子にならなかったら信じてやるよ。そう云って、少し失敗した笑顏を向けてくる藤内を見て、三之助は、何処かそこに脆さを覚える。だから、藤内の言葉を守らなければならないと、無意識に感じていた。
藤内の手を握る自分の手に力を入れて、更に近付く。
「俺、作兵衛も左門も必要だけど、ちゃんと藤内も必要だから」
あ、数馬も孫兵も、勿論一緒だから。
「・・・・・・帰ろう、三之助」
本心を伝えたつもりだったが、藤内はそれを聞くや否や、振り返り前へ進み出した。
伝わっていなかったのだろうかと、三之助が首を傾げながらも引っ張られるままについてゆくが、藤内の反応にいまいち納得のゆかない三之助は、少しの抵抗をする。
藤内、藤内。繰り返して名を呼んでみるが、一向に振り返ってはくれない。反応らしい反応と云えば、改めて手を握って来るくらいだ。
藤内、もう一度声に出して名を呼んで、少し痛いくらいの力を手に籠めて、自分を引っ張る手を引き留める。
「・・・痛い、」
怒気を含んだ声に怯みはしなかったものの(怒られる覚悟はできていた)、このまま見捨てられたらどうしようと云う気持ちは湧かないわけではなかった。
「藤内、ありがとう」
「な、何だよ、急に・・・」
「いや、そう云えば、云ってなかったなぁって・・・」
心做しか、藤内の顏が紅潮しているように見える、自分の欲目からかもしれないが。三之助は、語尾を濁しながらも、藤内へと向ける視線だけは逸らさない。
「・・・並んで帰ろう、」
そう云って、三之助は、数歩進んで藤内の隣に立つ。漸く、まともに藤内の顏を見ることのできる位置に、三之助は満足する。緩んだ顏を見せたら、藤内が悪態を吐いてきたが、その顏には笑みが浮かんでいて、全く何の効果もなかった。
進んでゆく道程は、先程まで自分ひとりでいたときに動き回ったそれと違わないはずだというのに、踏みしめる足の確かさも、ひとりでいることの不安も、三之助は感じなかった。





おしまい

まだ無自覚な次浦。くっついてはいません。このCPの場合、先に好きだと云うことをはっきりと自覚するのは藤内の方かもしれない。いや、三之助が無自覚に押せ押せでもいいんですけど。ただし、やっぱり三之助はさらりと何でも平気そうに云ってしまうのはデフォです。
というか、初めてのCPモノが次浦とか・・・(笑)マイナーに走りすぎただろうかと、ちょっと苦笑気味です。この二人の接触は手を繋ぐまでですが、正直、三之助は、迷子故、作兵衛とも左門(・・・)とも数馬とも孫兵とも普通に手を繋ぐくらいのことはやってのけてしまうので、この行為自体あんまり大したことはありません。
そして、二月も迷子にならない、なんて芸当三之助にはできません。
冒頭で、三之助が苦無を取り出していたのは、以前、委員会でマラソンをしていて、その休憩中に、真っ先に復活した滝夜叉丸が(小平太は復活も何もばててないので、単独行動してました)、自分の武器を常に最善の状態にしておくことは当然だ!とか何とか云って、輪子を磨いていたのを思い出したからです。手持無沙汰なので磨いてました。どうでもいい蛇足です。