ちがい、 すれちがい、 ゆくさきのちがい |
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怪我や病気に晒された者を受け入れ、治療し、癒すことは、恐らく保健委員である自分に課された使命なのだろうと、善法寺伊作は感じていた。少なくとも、この自分が所属する学園内にいるときは、それが当たり前だと感じている。 (けれども、そこから一歩でも外れたとして、そこで自分は一体どう行動をすればよいのかの判断は、未だに曖昧な意識下で施されている)。 最上級生であり、忍者に最も近しい六年生になった今だからなのか、伊作は、忍者と医療に従事する者の硲で揺れていた。 「・・・お願いだ、文次郎。鎮痛薬を、」 含んでくれないか。伊作は、そう、何度目かの乞いを口にした。 任務を終えて、真っ先に保健室に飛び込んできた潮江文次郎は、その左上腕、長橈側手根伸筋と短橈側手根伸筋にかけてやや深い裂傷を負っていた。命に関わる創傷ではない。けれども、血は流れ出てゆくし、それ故痛いだろう。 忍装束が血で滲んでいるのを見て、伊作は顏を顰めた。頭巾を止血帯代わりに応急処置は流石と云えるが、怪我自体は好ましくはないからだ(今更、怪我の一つや二つで動揺していては、保健委員長は務まらない)。 問題なのは、文次郎が、その怪我を当たり前のものと考えていると云う点であった。まるで、普段、同級生の食満留三郎と喧嘩して、怪我と一緒に保健室にやってくるときと然程変わらない文次郎の態度に、伊作は、僅かに肝が冷えた。 「必要ない。これくらい我慢できなくては、忍は務まらない、」 飽くまで、痛み止めを断る文次郎の言葉に、伊作はもどかしさを覚える。 「でも、この創には・・・縫合が必要だ。術中には、創の疼痛に付加する苦痛があるんだよ。そりゃあ、痛みの閾値は個人差がある・・・本人の感受性や性格や経験に左右されるとは云え、痛いものは痛いんだ」 患部に縫合を施す前に、創の観察と事前評価、消毒を行う。 文次郎が身体的な痛みに、一般人と比べて強いことは、文次郎の治療全般を請け負っている伊作も把握していることであるが、今回は、普段のような処置ではない。できるだけ痛みを感じないような対応をしたいと考えている。 坐椅子の背凭れに背中を預け、左腕を心臓よりも高い位置に上げている文次郎の腕が疲れないように支えながら縫合前の処置を行ってゆく。 「文次郎。痛みを我慢できることは、そんなにすごいことじゃないんだ」 だって、痛みを知覚できることは、人間にとって当然の感覚であって、それを嫌悪したり恐怖したり拒絶することが正しい反応だ。必要でもないときに、我慢して、受け入れないで欲しかった。 「俺は、忍だ、」 「・・・将来は、そうかもしれないが、今は違うだろう、」 「そうなるために、俺は、耐える」 「・・・ねぇ、そんなこと、眉間に皺を寄せて云わないでくれないかな。文次郎、君は、人間だ・・・・・・忍である前に、唯の莫迦な男だよ。我慢しなくてもいいんだ、怖がってもいい・・・いや、怖がらなければならない。それが、人間の防衛反応なんだからね」 痛いだろう。 伊作は、治まってきているとは云え、未だ出血が続く患部を、やさしく撫ぜる。 生きている証だ。 だからこそ、伊作は、その事実を有難く思って欲しいと感じているけれど、その反対に、これ以上傷付かないで欲しいとも思う。 「・・・縫合の痛みはやさしくはないよ。増強してから鎮痛薬を使っても、効果は低いんだ。それにね、我慢して痛みに強くなると思っているんだったら、それ、完全に勘違いだから改めて欲しいな」 触れる手とは対照的に、掛けられる伊作からの言葉は、何処か厳しい。生と死に関わることでは、目の前にいる男が妥協を見せないことを、文次郎は知っているからこそ、黙ってしまう。文次郎は、伊作の身に纏う治療のための外衣を見る。自らの血液が、僅かに付着した白に、意識を持ってゆくが、痛みが消えるわけでもない。 「・・・はい、飲んで。水に溶いてあるから、丸薬よりは速く効くはずだよ」 「伊作、」 「・・・お願いだ。僕に、この創を放置して、これから、疼痛によって、身体と精神に与えられる影響を長々と説明させるような真似をさせたくないなら、飲んで」 伊作は鎮痛薬の入った器を一方的に処置台の上に置いて、使用物品の準備に取り掛かる。文次郎が、この後、何を云ってきても無視を決め込む心算ではあったが、予想に反して、返ってくる言葉はなかった。ただ、気配で、痛み止めを服用したことがわかって、伊作は頬を緩めた。 伊作も、わからなくはないのだ。同じ立場にいる身として、文次郎の思いが。ただし、それは、他の同級生と比べれば、若干理解の度合いは低いのかもしれないけれど。 けれども、それ以前に、人として、伊作は、目の前の人の創傷や病気を治してあげたいと思う。保健委員だからと云う理由もあるのかもしれない。 それ故に、今こうして、己の立ち位置で揺らいでいるのだ。 「―――そろそろ、大丈夫、」 痛み止めの効く頃合いを見計らって、伊作は声を掛ける。 「・・・ああ、」 肯定の返事が返ってきたので、伊作は、物品を処置台の上に持ってゆく。文次郎の呼吸状態を質問を交えて観察しつつ、縫合の準備を行ってゆく。呼吸の速さはさすがに平常時に比べて速い、でも、それは仕方がない。痛みが緩和されているせいか、それでも落ち着いてはきている。さりげなく、橈骨動脈を触知しながら脈拍も測っておく。 「・・・不安、」 どうしたって、誰だって、このような処置を行おうとすれば、不安や恐怖は避けられないだろう。それでも、伊作は、負けず嫌いな男に声を掛けた。 「いや・・・お前に、任せる」 「そう云われると、保健委員冥利に尽きるなぁ・・・」 けれども、この処置一つとてとても大きな問題なのだ。医療に携わる者とて、万全を期すとは云え、必ずしも成功するわけではない。勿論、そんなことは文次郎もわかっているのかもしれないが、それでも、身を委ねてくれることを、伊作は心に留め、手を動かした。 おしまい 仙蔵と文次郎も立ち位置が対のように思えますが、この二人も考えてみれば結構違うんじゃないかと思います。 伊作は、普通に縫合を成功させます(でないと、困りますからね)。新野先生は出張中ということにして下さい・・・。というか、縫合の仕方なんてわかんないから・・・本当にどうしようかと思った!!(>_<)縫合の件云々は、絶対にあてにしないでください。室町の頃の痛み止めの薬の形状なんてものも知りません。適当です。ただ、丸薬なのかなぁ・・・で、それを練り込む以前のものを水に溶いた、とかそんな感じ。全てが適当。 伊作は、多分、自室に戻ってから、食満に愚痴零したり、話したり、凭れかかったりすると思います。 伊作の可能性の一つとして、医療に携わる、というものがあるのかもしれない、っていうお話ですが、正直、こんな話にする必要があったのだろうか、と思っています(-_-;) |