寛容にも叱ってみせる

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「失礼しまぁす、斎藤タカ丸でーす」
昼休みも中盤になりかけた頃、少し間延びした声を掛けながら、タカ丸は一年は組の教室の引き戸を開いた。今日の午後は、一年は組の授業に参加する予定であったため、少し早めにお邪魔して、は組の皆とお喋りでもしようかと思っていたからだ。
「・・・あ、タカ丸さん、こんにちは」
けれども、返ってきた返事は予想とは違って、一人のそれのみであった。
「・・・あれ、伊助だけなの?他の皆は、」
教室の残っていたのは、タカ丸と同じ火薬委員会に務めている二郭伊助であった。同じ委員会と云うこともあり、一年は組の中では、乱太郎・きり丸・しんべヱと同じくらいに気が置けない仲である。殊更、しっかり者の伊助のことを、タカ丸は頼りにしていたし(なんせ、委員会でも伊助の方が立場的には先輩なのだ)、可愛がっていた。
「皆、昼食に行っているか、校庭で遊んでいるんだと思いますよ、」
そう云えば、午後からはタカ丸さんもは組と一緒に授業でしたね、と、笑いながら黒板を奇麗にしている伊助を見て、タカ丸はそっかぁ、と、少し残念そうな声を上げる。
「・・・ん、じゃあ、伊助は、」
「僕は、今日、日直当番なんですよ」
伊助はどうして教室に残っているの。そんな疑問をタカ丸が全て云い終わる前に、伊助はその意図を理解して、的確に返してくる。察しのいい子だなぁと、タカ丸が感心していると、伊助は、両手に黒板消しを持って、窓の方へと小走りに向かってゆく。黒板へと視線を向けると、なるほど、確かに日直のところに伊助の名前が刻まれている。
ぱんぱん。少し柔らかい音が窓の外に響いて、白い粉が風に舞っている。
伊助の仕事っぷりを観察しながら、タカ丸は、机の上に忍たまの友を置き、その近くに趺をかいて坐り込んだ。一年の教室なだけあって、やはり机は少し自分には不釣り合いな小ささだ。そこが、可愛いと思う。もし、仮に、自分が一年から忍術を習い始めていたのだとしたら、ここから始まっていたのかもしれないと思うと、何処か感慨深いものがある。勿論、そんな考えは今更でしかないのだけれど。
「タカ丸さん、」
んー、と振り返りながら返事をすると、黒板消しをすっかり奇麗にし終えた伊助が立っている。
「・・・仕事、終わったの、」
「はい、すっかり」
「土井先生に御用聞きは、」
「昼食のときについでにしてしまったので、大丈夫です」
やっぱり、しっかりした子だなぁと思って、偉いねぇと褒めると、照れた顏をして笑うので、こちらも自然と表情が緩む。それに、いつも髪もきちんとまとめられているところは評価したい。
「おいで」
そう云って、自分の膝の辺りを、タカ丸はぽんぽんと軽く叩く。
「何故ですか、」
首を傾げながら問う様子は、五つも齢が離れているだけあって微笑ましい。こんな弟が欲しかったなぁと思いながら(それも、とても頼りになる弟だ)、タカ丸は返答する。
「髪、弄らせて欲しいなぁ、なんて」
そう云って、懐から櫛をぴっと取り出して、伊助に見せる。伊助は、二つ返事でいいですよ、と返してくる。やったぁと、嬉しさを隠さず声を上げると、それを見た伊助が苦笑するので、タカ丸も僅かに苦笑する。
伊助が、趺をかくタカ丸の前に体育坐りでしゃがみこむと、タカ丸は丁寧にその頭巾を外す。
「・・・タカ丸さんに、髪を弄ってもらうの、気持ち良くて好きです」
伊助の髪を弄るのは、何も今回が初めてのことではない。委員会の折に、何度か触らせてもらったこともあるため、髪に触れることに、伊助は抵抗がないようだ。
「ありがとう。僕も、きちんとまとめてある伊助の髪、好きだなぁ」
土井先生もここだけは生徒を見習ってくれるといいのに、と、タカ丸が愚痴を零すと、伊助が笑う。
結ばれた髪を解くと、髪が肩の辺りに広がる。
「あ、そう云えば、タカ丸さん、明日、僕と煙硝倉の当番なの忘れてないですよね、」
「・・・うーん、忘れてた」
ごめんね、とりあえず、タカ丸は口に出しておいた。
「えー、忘れたら、また久々知先輩に怒られますよ」
小さく窘めるように指摘してくる伊助に、タカ丸は眉を下げる。しかし、それでも、伊助の髪を櫛で梳く動作は止まらない。殆ど無意識でそれをやっているのは、やはり身体にその動きが染み付いているからだろう。
「うん、兵助くん、真面目だから怒ると怖いもんね・・・うん、大丈夫、もう覚えた」
兵助と云い、二年の三郎次と云い、目の前にいる伊助と云い、火薬委員会にはしっかり者が集まっているなと、思いながら、自分が少し頼りないからそれくらいの方が、釣り合いがとれていいのかもしれないと、タカ丸は考える。
しかし、そんなことばかり考えて、集中力が足りないから怒られるのだと、気付かない辺り、やはりタカ丸は結局叱られることになるのだろう。
「そう云えば、伊助は兄弟いるの、」
髪を梳き終え、髪紐を口に銜えると、タカ丸は伊助の髪をまとめてゆく。
「いいえ、一人っ子ですよ」
あっという間に髪を結えてしまうと、今度は、頭巾を被せる。以前、頭巾ぐらい一人で被れるのだと、伊助は主張したことがあるのだが、これも髪結いの一環だから任せて、と云われてしまったので、今ではすっかり受け入れてしまっている行為の一つだ。
「はい、終わりー。お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
お礼を云うと、伊助はすっきりとした顏で立ち上がる。
「・・・そっか、一人かぁ。じゃあ、俺と一緒だね」
けれども、不意に何を思ったか、立ち上がった伊助の腰を掴むと、タカ丸は、そのままふわっと抱き上げて、自分の組んだ脚の上に乗せた。伊助が驚いて、小さく悲鳴を上げた。
「・・・た、タカ丸さん」
戸惑った顏だけを後ろにいるタカ丸に向けてきた伊助は、どうしたんですかと、尋ねてくる。突然のタカ丸の行動に、納得がいっていないと云う顏をしている。
「うーん・・・は組の子といるとね、こんな弟がいても良かったなぁって、」
「僕、タカ丸さんみたいな兄は嫌ですよ、もっとしっかりした人がいいです」
つーんと、冷たく顏を背けて云われる。
「ひど〜い。俺、やるときはちゃんとやる男だよ〜」
そりゃあ、この間も六年の先輩の前で、うっかり落とし穴に落ちたり、今も委員会の当番を忘れたりしたけど。と、思い返してみれば、そう云えば、自分はあまり伊助に年上らしい行動を見せたことがなかったかもしれないと、タカ丸は思い至った。
「・・・そうですね、弟だったら貰ってもいいですよ」
「えー、俺が弟?」
予想もしていなかった返事が返ってきて、タカ丸は少し驚いてみせる。これが、一つ年下の兵助に云われるのならばまだしも、五つも離れた伊助に云われると内心複雑である。しかも、先程、こんな弟がいたらいいなと云った手前、僅かな情けなさすら滲む。
「・・・庄ちゃんに、弟がいるんです」
「庄左ヱ門くん、」
「はい。庄ちゃん、しっかり者で、弟の面倒見もいいから・・・弟がいるのって、どんな感じかなぁって思って」
ああ、やっぱり、は組の子は可愛い。
「でも、やっぱり伊助の方が弟だよ」
「どうしてですか、」
否定を示したタカ丸に、伊助は不服ですと云う態度で言葉を返してくる。ああ、これは機嫌を直さないといけないなぁと思いながらも、口は勝手に動いてしまう。
「だって、伊助は俺のことこうやって抱っこできないから、」
伊助の右肩に触れて、軽く後ろへと傾くように力を入れると、タカ丸の胸に伊助の背中が傾ぐ。
「ずるい。タカ丸さん年上なんだから、当たり前じゃないですか」
「そうそう、だから、伊助はその年上に甘えていればいいんだよ。大きくなったら、なかなかできないからね」
「嘘だ、タカ丸さん結構誰にでも甘えてますよ、」
久々知先輩なんて代表例ですよと、鋭い指摘を受けて、タカ丸は返答に困った。察しが良すぎるのも、考えものだ。
「・・・うわぁ、それを云われるとちょっと痛いね」
誤魔化すように、伊助の頭を撫でる。
「でも、伊助はこれから後輩いっぱいできるから、それまでは甘える側でいいんだよ」
「・・・・・・・・・そーします」
観念したようにそう吐いた伊助は、タカ丸へとより凭れかかる。
問題児ばかりのこの一年は組で、主に甘えられているのは、同室の庄左ヱ門と自分ではある。それだけでもかなり大変だと云うのに、これ以上大変になるのかと、伊助は何処かくすぐったいような気持ちを覚えた。
けれども、そんな先のことよりも、今はこの先輩たちから与えられる温もりを大事にしたいと思った。





おしまい

前のお話の流れをぶった切るかたちで、タカ丸と伊助。仲良し火薬委員大好きです。
火薬委員いきすぎくらいがちょうどいい。
食満がいるので用具も自然と大好きなのですが、総合的に見ると恐らく火薬に愛が傾きます。でも、食満は一番です。これを書いていて、改めてタカ丸が火薬の中では一番年長なんだなぁと思いました。
こんな感じで、二人がいちゃらぶしているところに現れるのは、庄左ヱ門だと思われます。でなければ、は組トリオ。後者だったら、タカ丸に確実にお膝抱っこされている伊助を羨ましがって、そのまま二人に突撃してみんなで転がること間違いありません。仲良しは組(四年も含む)可愛い(^u^)