邂逅


ふと、斎藤タカ丸は、近くに人の気配を感じた(それは、ほんのわずかなものではあったのだが、それでもそれを読み取れたのは、編入して間もない己の修業の成果だろうかと、タカ丸は小さく自惚れた)。
その方向(つまりは、後方なのだが)へと身体ごと視線を向けた。陽はまだ高い。忍には不都合である今、相手も、気配を完全に消し去っているわけではないのだろうが、意識をしなければ読み取れるものでもないその存在感。
(そういえば、ここは忍の学校だったなぁ、)
であるから、この学園内の誰かが、常日頃から気配を消し、周囲にその存在を悟られぬように行動するという状態を保っていても、それは、何ら不思議ではない(寧ろ、極論を云ってしまえば、―――自然だ)。
しかし、町で育ってきたせいで、そのような生活に慣れていないタカ丸にとっては、常に気を張って生活するという概念自体が、まだ確立できていなかった。ただ、そういう存在もいるのだ、という漠然とした理解だけは、宙に浮いて存在しているような、そんな認識しか生まれてこない。
事実、タカ丸は歩行の際に跫音など気にしたことはない。気配を消す、など以ての外だ。
(・・・でも、ここは、とても平和だ、)
少なくとも、子供たちが笑顔でいられる、ここは、平和だ。
笑って、年上の己を受け入れてくれる、年下の同級生を、持つこともできたほどに。
そう考えながらも、振り返ると、タカ丸の視界の中に、段々と、ある人物が現れる。
「・・・・・・あ、」
現れた、その人物は、深緑の制服に身を纏った上級生であった。
「こんにちは、えーと・・・潮江先輩、」
確か、その名であっているはずだ。そんな曖昧な記憶ではあったが、タカ丸は目の前の人物に声を掛けた。
普通ならば、彼の眼の下の隈に、真っ先に目がゆくのだろうが、髪結いでもあるタカ丸は、寧ろ、一番にその髪に視線を向けてしまう。一種の職業病とでも云うのだろうか。
「ああ、お前は確か4年の・・・」
「はい、4年に編入した斎藤タカ丸です」
隈のせいで、その精悍な顔つきが勿体ないことになってしまっているな、とは思わなくもない。タカ丸は、こうして対峙して、漸く、文次郎が自分と同じ齢であることを、改めて自覚した。もし、自分が15という年齢の通りに、6年に編入することになっていたのだとしたら・・・、とそこまで考えて、タカ丸はその続きを紡ぐ思考を遮断した。そんなことは、実力的にも無理な話である上に、過ぎたことばかりを憂えたり、考えたりすることは好まないからだ。
(だって、4年とは云え、実力はまだ1年とそう変わらないんだ、)
だから、この目の前の彼と同じところに立つことなど、できるはずもない。
それを事実として受け止めなければ、恐らく、自分はこれから成長することなど無理だろう。だからこそ、年下である同級生や1年にですら、教えを乞うことに抵抗はない。
しかし、それにしてもだ。
「先輩は・・・会計委員会や特訓で、忙しいんですか、」
「なんだ突然・・・・・・ああ、隈のことか、」
不意に話をし出したタカ丸の真意を、文次郎は量りかねていたのだが、そう云えばと合点が云ったように、己の特徴とも云えなくもなくなった眼の下の隈を親指で軽く触れるようにして、問い返す。
「違います、僕が気にしているのは髪です、先輩の髪。・・・ああ、枝毛が・・・・・・頭巾を被れば、髪なんて気にしなくてもいいなんて考えではいけないんですよ。もう少し、髪にも気を遣ってください」
「・・・な、何故、そんなことを会ったばかりのお前に云われなければならんのだ」
タカ丸の言葉に、少し気圧されながら、文次郎は答える。
「・・・それは、僕が髪結いだから―――――」





おしまい・・・?

尻切れ蜻蛉