このせつない戀情はどこからくるか
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「お前が―――お前が、一番愛しているのは、お前自身だろう?…延いては藍家へと繋がるんだ」

頬に触れてきた楸瑛の左手を、絳攸は自らの右手で掴む。
愛しているのだと囁かれ、今にも口付けが与えられそうになった。だが、その言葉に微かに瞠目した楸瑛は、今し方発せられた言葉を反芻し、動きを止めた。
否定をしない、いや、することができなかった。
直向(ひたむき)な視線を向けられ息を呑む。楸瑛は、絳攸の真っ正直な性格と瞳をとても愛しく感じているけれども、時折それが自分へと向けられると、遣る瀬無い思いに駆られる。
掴まれた左手が、心做し重い。平素ならば、絳攸から触れてきてくれるという事実に舞い上がるだろうけれども。

「………楸瑛、」

名を呼ばれ、楸瑛は無意識に身構えた。そうして、絳攸の口から次に紡がれる言葉を待つ。意識的にではない、恐らく、自己防衛が勝手に働いているのだろう。

「・・・俺は、お前に愛していると言われるのが、正直好きではない」

少し気まずそうに、けれども真っ直ぐに告げてくる絳攸の言葉に嘘はない、そして、楸瑛もそれを疑うことはしない。絳攸は、そう簡単に嘘を吐くことはしないし、仮に吐いたのだとしても、楸瑛にはそれを見破るだけの洞察力が備わっているということも一因ではある。
そう、と冷静に返事をするものの、楸瑛は自分が明らかに落胆しているのを自覚していた。

「…絳攸、」

離れそうになった絳攸の右手を、今度は楸瑛が握り返す。その瞬間、絳攸の身体が僅かに震える。

「愛しているよ、いとしいひと」

そう囁き、絳攸の中指と薬師指に口付ける。
絳攸は顔を顰め、胡乱げなものをみるような視線を向けるが、楸瑛は構わず遣り過ごす。
どんなに愛を囁き、表現したところで、彼にとっての一番が自分になることがないということを、勿論楸瑛は解しているけれど、それはもう癖とも言えるべき行為だ、今のところ止める兆しもありはしない。何となれば、これは儚い果敢ない行為でしかないからだ。
自分を一番愛して欲しいと思わないわけでもないが、それこそ、既に心を預けている存在が他にある時点で、烏滸がましいだけでしかない。

「人の話を聞け、常春」
「聞いているよ、勿論」

楸瑛の言葉に憤りを覚え、絳攸は握られた手の拘束を振り解く。その瞬間、楸瑛の貼り付いた笑みが、刹那落胆の色を滲ませたように映ったが、敢えて取り合おうとはしなかった。構ってしまったら、大抵、抜け出すことが困難になってしまうからだ。この男には、それだけの強制力がある。そして、間違いなく自分自身でそこから抜け出そうとする最小限の努力しかしないだろうと、感じているからだ。

「…俺も大概愚かだとは思っていたが、お前程愚かしい男もいないだろうな」

とかく、この言葉に虚偽はないと、絳攸は感じていた。
そして、こうまで云われて、怒りを微塵も面に出さない楸瑛――そう云う男だ、この男は――に、絳攸は諦観に似た気持ちを抱く。まるで、取るに足らぬ瑣事であると思われているようで、腹立たしくなる。それを悲観することはないけれども、一種の諦めを抱くのは、やはり真実である。

「………ねぇ、絳攸。刹那的快楽主義というわけでもないけど、私は、今が酷く大事なんだ、」

わかるかい?
薄く狭められた視線が流れてくる、問い掛けるように。
いつ訪れるかも判らない終焉、けれどもそう遠くはない、楸瑛は、それが酷く歯痒い。

「好きだよ、君が……それだけ、それさえ覚えていてくれれば、きっと、私は、嬉しいと思えるよ」

この感情の拠り所が何処に在るか判らなかったけれども、絳攸は、甚くもどかしさを覚えた。
この男の、こういう一方的な所が、絳攸は気に障るのだと感じる。臆しているのだ、自らの思いを勝手に押し付けるように刻みつけることしかできないのも、その為なのだろうか。

「……そうか、」

けれども、そんなことを指摘してやろうという気持ちなど、絳攸は億尾にも出さない。自身のことで手一杯で、こちらの秘めたる思いを暴こうともしてこない楸瑛が、腹立たしい程に憎らしいのだ。されど、それを欠片とて吐露しない自分も、畢竟、ただの臆病者でしかなかった。

目の前の腐れ縁の男を、殴ってやろうかと思った。







初めてまともに双花を書いた……王道過ぎて、今まで手を出せずにいたからです、はい。
今回、双花に着手しようと思い立ったのは、全てI様のお陰です、ありがとうございます!こんなもので満足していただけるかはわかりませんが……初めてなので勘弁して下さい↓
双花って本当にややこしいですね、龍/珀よりも大人なのに、こっちの関係(ぇ)では、絶対に龍/珀のほうが進んでいると思えてしまう辺りに、愚兄の不憫さが垣間見えます。