怖気づきながら 繰り返すのはなに |
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静かに髪に触れてこようとした龍蓮の手を、珀明は、咄嗟に振り払った。 瞬間、珀明は、己の行動に自分でも戸惑いを覚え、息を呑んだが、それでも即座に龍蓮から離れた。龍蓮がどんな顔をしていたのか、珀明はわからなかった。視線を合わせることもできずに、俯いていたせいだ。 この場に在ることが居た堪れなくなり、結局、龍蓮に背を向けてそのまま逃げ去ってしまおうかとさえ思った。だが、それが表情に出たのか、まるでこれから珀明のしようとしていたことを察したかのように、龍蓮は珀明の腕を捉えた。 離せと、今度こそ、はっきりと言葉が生まれた。果たしてこれは、拒絶以外の何ものでもなかったと、珀明は感じた。 後悔しているわけではない、後悔ならば、もうとっくにしている。今は、ただその微温湯のような後悔の念に漂うという状態が続いているだけのことだ。それは、ひどく曖昧で苦しい、そして仄かな甘さが、逃れ難さを助長する。 強制力だ。 龍蓮は、確かにそう云った。 だが、その言葉は、至極わかりやすいが故に、漠然としていたため、珀明には理解し難いものがあった。 しかし、龍蓮の行動を珀明が拒絶しても、結局のところは無意味に終わることが、全てその強制力というものの力の流れによるものであると云っているのだろうと、珀明は、曖昧にではあったが察する。 だが、少なくとも、珀明は、互いのこの関係を、行為を、思いを、そのような言葉で片付けて欲しくはなかった。 必要以上に龍蓮という存在に踏み込みたくはなかった、それでも、今、こうして頬に触れてくる龍蓮の手掌に、身を委ねてしまいたい衝動に駆られる。本当は、拒絶したく堪らないと云うのに、目の前の男に抗うことを、どうしてか疎ましく思えてくる。 これが、龍蓮の云う、強制力と云うものなのだろうか、珀明は自問する。 その強制力とはなんなのだろうか。わからない。自分と龍蓮は、余りにも違いすぎる。 「流れに・・・身を委ねろ、と、よく云う、」 静かに囁いてくる龍蓮の言葉の端々に、艶めいたものを感じ取ることはできるが、だが、それが作り出す雰囲気に、珀明は、今は陥らなかった。龍蓮は、単に、拒まないで欲しいと、そう望んでいるのだろうが(正直、飽き飽きしている)。 珀明は、龍蓮らしかぬ発言に、眉を顰めた。普段の飄々とした態度も苛立ちを感じるが、それに余計な意図を感じることがないと云う点においては、寧ろ普段の方が、精神的に楽だ。 「ならば・・・川の流れに逆らって泳いでゆく魚もいる、」 口を噤んだ龍蓮を見て、珀明は淡く嘆息する 普段は、その言動を誰も理解できないでいる反面、誰もが認めるほど賢く、全てを見通せるだけの力を持つ癖に、何故また、こう云うときに限って、珀明の意図する意思を汲み取れないのかと、珀明は不思議に思う。 「莫迦だな・・・物事には、何通りかの解釈と云うものがあるだろう。何故、他の可能性を考えない」 何も、この関係の先にあるかもしれない、半ば絶望的な前途を打破しろと云っているわけではない。だが、流れに身を委ねて、何もしないままそこに至ることだけは、厭だと、珀明は感じている。 珀明からすれば、龍蓮の云う、身を委ねることから逆らうと云った譬えは、龍蓮の行為を避けられないと云う事実を甘受することで、そうした末にあるかもしれない結果から、少しでも避けようと云う意図なのだと。そう、云いたいものであった。 「お前に触れられるのは・・・正直、困惑するが・・・まあ、厭ではないよ、」 さすがに、ここまで云えば、龍蓮は理解した。当然だろうと、思う。 「そうか、」と、綻んだ顔で答えが返ってくる。 そして、先程と同じように髪に触れて来ようと動いた龍蓮の手を、珀明は、今度は拒むことなく受け入れた。静かに触れて来る指に、もどかしささえ感じるのは何故か。髪に触れつつ、頬へと指を伸ばしてきた動きに合わせるように、珀明は擦り寄る仕種をして見せる。 珀明はただ、この龍蓮の、そして自分の一挙手一投足が、何らかの力によるものではないことを、切に願った。 了 |