庭院へと続く闔(とびら)が、小さく音を立てて開いた。きぃと、音を響かせた闔は、同じような音を立てて、閉じた。 真夜中のおとない人は、果たして、珀明が予想していた通りの人物であった。闔へと、視線を向けたわけではなかった。ただ、珀明には、おとない人を注視しなくとも、その人物を誰何することができるだけの要素を持ち合わせていただけだ。 だから、今もこうして、おとない人に背を向けて、視線を避けて。そこに一体、何の意味があるのだろうかと問うても、珀明にとっては、そこで敢えて視界にその人物を入れないことこそが、重要であった。 だって、これは、あまりにも。 「・・・ただいま、」 ふと、背後からおとない人が言葉を漏らす。次いで、珀明の名前を呼んで、近付いて来るのが、気配と、跫(あしおと)でわかった。歩み寄ってきた気配が、すぐ後ろにいることに、珀明は意味のない緊張感を覚えた。そして、肩に手を置かれて、愈愈身体が強張った。それが、珀明自身にもわかったのだから、直接触れている龍蓮にわからないはずもない。 このままの状態でいることに堪らなくなって、だからと云って、振り返って龍蓮と向き合うだけの勇気もない。正直な話、このまま、ここから逃げ去ってしまいたかった。 だって、これは、あまりにも、ひどすぎる。 だと云うのに、龍蓮は肩に置いた手掌に力を入れて、珀明の身体を反転させる。そのまま、頭ごと抱えるようにして抱き締めたのは、珀明が顏を合わせ辛いと思っていることを知っての配慮なのか(いや、そんなことがあるはずはない)。けれども、力によって振り返った、ほんの刹那に覗いた龍蓮の表情は、ひどく優しくて、やはりそれ以上見ることを、珀明は拒んだ。 「・・・珀明、」 龍蓮が、珀明のやわらかな金の髪に唇を当てながら、零すように囁き掛ける。それがたまらなくて、珀明は、膚が粟立つ感覚を覚えた。久しぶりに耳にする声に、何かよくわからない感情が込み上げてくる。もっと聞いていたいとも思う。 しかし、顏は見たくなかった。だから、珀明は、龍蓮の背中に腕を廻して、抱擁を返す。肩に頬を押し付けて、離すまいとする行為は、情愛よりも寧ろ、己の我が儘しか含んでいなくて、珀明は滑稽だと、泣きたくなった。 視覚なんて、今は、いらない。瞼をしっかりと落とす。 「・・・珀明、ただいま」 「・・・・・・・・・おかえり、」 感情が溢れてくるのがわかった。 何ヶ月も会わなくても平気だと、珀明は思っている、実際、それは事実だ。公務の忙しさも相俟って、龍蓮の存在が、珀明の日常に影響を与えることは殆どない、と云える。龍蓮にしても、そうなのだろうと、珀明は感じている。それなのに、いざ、姿を現した途端、この体たらくだ。呆れてものも云えない。 視覚という感覚を断ってしまえば、残った感覚に意識が向く。珀明は、肩の部分の龍蓮の衣装に顏を埋めて、小さく呼吸をした。匂いと体温が、鼻や膚を介して伝わって、それに安堵する。そして、再び耳に入ってくる、龍蓮の、自分の名を囁く声に、鼓動は速まる。反面、何処か、凪いだような心境になる。不思議だと思う。そうさせるのが、龍蓮だからか、余計に不思議だと思う。こんな感情の変化なんて、いらないと云えればいいのに。感情の温度差が、激しすぎる。だが、そうしてしまえば、自分だけではなく、龍蓮の存在すらも否定してしまいかねない予感が、それを邪魔する。 抱き合ったまま、龍蓮が、臥牀まで移動する。傍から見れば、ひどく可笑しいと思われても不思議ではない行為だったが、珀明は離れようとは思えなかった。 「珀明、」 名前を呼ばれて、少し力を込めて臥牀に腰を落とすように促された。けれども、龍蓮の身体に廻してあった両腕は離れることはなく、そのまま、背中から腰骨辺りまで下へと移動しただけで、珀明は執拗に離れようとはしなかった。坐ったことで、珀明の頬が、龍蓮の腹部に当たる。けしてやわらかくはない、発達した筋肉が、この服の下にあるのだと思うと、小さく羞恥も覚えた。 龍蓮は、こんな自分を、どう思っているのだろう。自分でも、この感情の変化を掴み取れないと云うのに。喜びも、不安も、綻びさえも、何もわからないのに。 「・・・珀の顏が、みたい、」 「厭だ」 龍蓮の要求を、珀明は一蹴する。 すると、龍蓮の手指が、珀明の髪に触れてきた。髪紐を解いて、指で梳くように何度も撫でる指が、まるで幼子をあやす行為であるように感じられて、珀明は眉を顰めるが、それが龍蓮に見えるはずもないので、已むこともないが、珀明は拒否しなかった。 後頭部の辺りから、髪を掻き分けて、項を撫でてくる手に意識を向ける。擽ったいけれど、安堵を覚えるのは、まるで犬か猫のようだと思う。 「珀明?」 様子を訊ねるような龍蓮の問い掛けに、珀明は、口を開かなかった。 なにもいらないのに。 だって、これは、あまりにもひどすぎる。 気紛れでしか会いにこない存在に、これだけ感情を揺す振られるのに、耐えられない。自分から会いにゆくこともできない存在だというのに。それなのに、抱き締める腕を振り払うどころか、こちらからも抱擁を返す始末。わからないのは、本当のところ、自分自身だ。 「・・・お前のせいだ、お前の、」 八つ当たりでしかない発言を、龍蓮は、それと知ってか、流すようにして、珀明の旋毛に口付けを落とした。 なにもいらないのに。 けれども、いっそ、割り切って前に進めたらいいのに。 それでも、この手がなくなったら、この男が本当にいなくなってしまったら、きっと、自分は耐えられない。 そう、わかっているのに、珀明は、どうしても、龍蓮と云う存在を甘受しきれなかった。 |
望まないでもないのだと、 わかると堕ちてゆけなくて http://homepage2.nifty.com/afaik/ |
に せ も の・・・・・・・・・!! 誰でしょうね、この子。もう、珀明がなんだかよくわかりません。デレてるの?え、これデレ???ツンデレのデレ?いやいやいやいや、ないないないない、ないって、これ!!ヤンデレのデレじゃない? そんなわけで、今回は、うって変わってしまった珀明でお送りしました。うん、大変な難産でした。ぶっちゃけ、強い珀明くんが好きなので、この珀明くんはないな。と思っております。ありあり、と思って下さった方がいたら嬉しいのですが、正直ないですよねー。ごめんなさい<(_ _)> |