似た者同士



「私の邸にいらっしゃるのも久しぶりですね。前回は、国試の勉強のお手伝いをしたときですから・・・珀明様もこんなに立派になられて。」

久しぶりに訪れた珀明を、親戚の欧陽玉は快く出迎えた。相変わらずの煌びやかな邸に、華美な装いである。職場では抑えているようであるが、いざ私的な生活になると箍が外れるようで、彼の装飾品も増すのだ。珀明は、玉に負けず劣らず派手な孔雀男を思い出したが、それに比べれば、目の前の派手さは文句の付けようがないのだから一向に構わない。誰もが納得する趣味のよさだ。

「買い被りすぎだ、玉・・・僕なんて、まだまだ未熟だとわかってる。」

周囲から認めてもらうには、まだ経験も実力も足りない。

「当然です、これからもっと頑張って頂かねば。」
「それはそうだけど、負けたくない奴らがいるんだ・・・それに、見返してやりたい奴も。」

茶州での1件で冗官となって、今度は何故か御史台に入って奔走している秀麗や、現在は茶州州牧補佐として研鑽を積んでいる影月、同期だからこそ譲れないものがある。それに、自分を差し置いて榜眼及第したくせに進士式をすっぽかした頓珍漢孔雀男龍蓮、覚えていろ。珀明は、それぞれに心の中で言葉を吐いた。

「おや、当初の目的、李侍郎はどうしたのですか?」

どうぞと言いながら、玉は、椅子に腰を下ろした珀明の目の前に茶托に載せた茶を差し出す。

「勿論、目指せ絳攸様!は変わらないけど、新しい目的も見つかったというのもある。」

それから、自分の属する家のために。

「秀麗・・・玉は、工部での飲み比べのときに面識があると思うけど、あいつがさ、頑張ってるんだ。」

負けていられない。自分よりも遥かに不利で辛い境遇にいながら、それに屈することのない強さは、今までの秀麗を見てきて、珀明もよく理解している。それを見ながら、多少なりとも理解することのできない人間は相当無能だと、胸を張って主張できると思う。まあ、あの甘っちょろい所は命取りになりかねないが。

「・・・・・・まあ、彼女がよくやったということは、少なからず認めましょう。そう、彼女といえば、以前の騒動のときに、幽谷の贋作を持って家にやって来ましたよ。もうあれは、自分から厄介ごとを招いているとしか言いようがありません。」
「・・・そういう奴なんだ、あいつは。」

2人は、少し呆れたように言葉を交わした。

「どうやら珀明様も紅官吏に一目置いていらっしゃるようですが、それは同期の誼としてですか、それとも一官吏としてですか?」
「どちらと聞かれても・・・両方としか。同期だからこそ、あいつを知る機会が増えたというのは大きい。それに、女性官吏として秀麗が齎してくれたものは大きいんだ。」

碧家当主に関することにしてもそうだ。玉は、珀目の言わんとすることを察し、軽く微笑んで頷いた。

「それに、とある人物に言わせれば僕や秀麗や杜影月は、心の友、のようだから・・・切ろうとしても、そう簡単には切れない仲になってしまったらしい。」

あの笛吹き男はなにを考えているのかさっぱりわからないが、少しは見る目があると思う。少なくとも、秀麗や影月は、龍蓮を見捨てるような人物ではない。逆に放っておけないと、傍にいれば(頭を抱えながらも)視界に入れておくだけの器の持ち主だ。そして、最後には抜け出せなくなった2人を含め、自分が怒鳴る事態になるのだ、その様子が珀明の脳裏を過ぎる。

「それは・・・珀明様の今後の苦労が目に見えるようです。」
「全く・・・でも、案外いいものかもしれないと、時々思う。」

どうしてか、無茶ばかりをする3人を心配して叱るのは、自然と自分の役割となっていたと、珀明は感じる。別に意識していたわけでもないが、自分を隠すことなく付き合うことのできる存在がいることは有り難いと、官吏の世界で働いているとしみじみ感じることがないわけではない。

「・・・・・・あんなに可愛く幼かった珀明様も、こんなに成長されて・・・・・・いつか、嫁を貰う日がくるのかと思うと、少し寂しくなりますね。」

そう言いながら、せめてその相手が秀麗ではありませんように、と切実に願った。彼女が相手では、どう足掻いても波乱万丈な人生が珀明を待ち受けている、それは避けて欲しい。

「・・・婿に行くかもしれないけど。でも、それよりも玉が先だろう?」
「そんな・・・あの酔いどれ上司がいる限り嫁なんて・・・・・・あろうことか、あの独身莫迦は、私を口煩い女房などと!酒樽の中に押し込めて厳重に封をして、庭院の池にどぼんと蹴り落としたいと何度思ったことか!」
「・・・・・・そ、それは、大変だ。」

拳を作りながら穏やかではない言葉を吐く玉に鬼気迫るものを感じ、珀明は気の利いた言葉が出てこなかった。どうやら、相変わらずの仲の悪さのようだ。だが、それでも上手く工部が機能しているのは、2人が能吏ということを示唆している。

「その上、毎日のように執務室は酒の臭いが垂れ籠めていて・・・折角焚きこめた香も無駄になる。いつか肝臓を病むに決まってます!止めるように言っても、のらりくらりと逃げる始末・・・。」

酒が飲めなければ死ぬ、とまで豪語する上司を思い出し、玉は深い溜息と吐いた。

「私の名前は玉なのに、陽玉陽玉と・・・・・・あの鶏頭!何度言っても理解しないんですよ?!」
「あー・・・玉、その気持ちはよくわかるよ。」

似たような境遇の奴は何処にでもいるのかもしれない、珀明は口の中で小さく呟いた。同じ鳥頭でも、こちらのは孔雀頭だけれど。
珀明自身管飛翔に面識がなく、その為人(ひととなり)を知らないため、表立って玉の言葉に頷くことはできないが、一応は女性である秀麗に(いくら彼女の肩に、官吏としての矜持や責任が圧し掛かっていたのだとしても)茅炎白酒を呑ませる辺りからして、相当の剛の者なのだろう。

「・・・・・・取り乱してしまい、申し訳ありません。どうもあの莫迦尚書のこととなると・・・。」

は、と正気を取り戻した玉は、居住まいを正して軽く咳をする。

「いいんだよ。僕も、時々そうなるから・・・。」
「珀明様もですか?・・・一体どのような方に・・・まさか、紅尚書?あの方なら納得できますね、いくら能吏と雖も、仕事は李侍郎に任せきりですから。」

その負担が、絳攸どころか珀明にまで及んでいると想像すると(実際及んでいるが)、とても腹立たしい。いくら珀明が吏部に所属することの望んでいたとしても(それを尚書と侍郎は指名して引き抜いたのもまた事実だが)、先日の贋作事件のときに顔を合わせた、仕事上がりの珀明の疲労困憊ぶりは頂けない。

「いや、紅尚書では・・・先輩たちはそうだろうけど。・・・・・・あー、玉も知ってるかもしれないけど、藍家の5男で・・・龍蓮という。」
「ええ存知ております、有名ですから、彼は。・・・けれども、彼とは趣味が合いません。」
「そうだろうね。」

それは、この2人の装いを見たら誰でも納得するだろう。きっぱりと言い切った玉に、珀明も賛同の意を表す。だが両者とも、真贋を見極めるところや良質な品を用いるところは共通するだろう。

「もう、あれの恰好には諦めた、諦めるしかないともいうけど・・・・・・笛だけは、あの笛だけは駄目だ、周囲の迷惑にもなるし、許せない。会試であいつと出会って心の友の刻印を押されたときから、苦悩の日々は続いてるんだ。」

どうしよう、目頭が熱くなってきた。心の友はいい、もうなってしまったものは仕方がないし、異議もない。慣れてしまえば、結構満足する部分も見つかる。けれど、龍蓮と付き合うことで疲れが溜まることもまた然りだった。
流石に、友以上の関係にまでなっていることはこの過保護な親戚であり先輩官吏には言えないけれども。

「・・・藍家は曲者揃いですからね。」

そうだと、珀明は力なく肯く。

「紅家もまた同様に曲者だらけですが・・・。」

また、玉の言わんとしていることがわかって、珀明は肯く。自分の上司である紅尚書は勿論、同期の秀麗のことを指しているのだ。その2人と親しい絳攸はやはり素晴らしいのだと、珀明は尊敬の念を感じずにはいられない。

「お互い、苦労しているんだね・・・玉。」
「ええ。」

久しぶりの珀明の玉のお宅訪問は、仲良く苦労話に陥ってしまった。正直、今回のおとないは夕餉を共にするだけだったはずだ。

「あ・・・そういえば、以前、黄尚書と景侍郎とお茶をしたんだ。」
「え、鳳珠様とですか?!」

あまりの食い付きぶりに、珀明は少し後退する。

「うん、ちょっと誘われて・・・それにしても、玉の黄尚書好きは相変わらずだ。」
「それはもう。」

満面の笑みを湛えて答える玉に、珀明はそれ以上口を挟むととんでもないところまで引きずり込まれそうだと察し、敢えて口を噤もうと努めた。と言うか、景侍郎は無視なんだと、珀明は軽く同情心を覚える。

「しかし、羨ましい話ですね・・・是非私も同伴したかったです・・・そうそう、鳳珠様と言えば―――」


しかし、珀明の努力も空しく、玉の鳳珠様談義が始まり、この後夕餉を挟んで長い間延々と聞かされるのだった。そして、玉の邸に泊まることにまでなって、あろうことか寝る時間まで削り様々な(鳳珠様に関する)話を聞かされることとなり、朝廷の官吏の間で囁かれている黄奇人に関する謎が、珀明にとっては謎でなくなったことは別の話である。

珀明がそれを止めることができなかったのは、自分が絳攸様談義をし出したら、同様に長時間喋り続けることができることを自覚しているからで、それ故珀明は大人しく白旗を揚げる羽目になったのだ。







玉登場話です。捏造です。『茶話』ネタとちょっとだけ繋がっている。題にあるように、珀明と玉って似てると思う。

@ 趣味の良さ、鑑定力は勿論  A 上司に悩まされているところとか  B 怒鳴り癖がついちゃった(あくまで、ついちゃった)ところとか  C その原因は「鳥頭」にあるところとか  D 憧れの人がいて、その人のことになるとつい突っ走っちゃうところとか  E 実は本命は憧れの人じゃないところとか(妄想です、龍/珀と工部CP希望)

挙げられるだけ挙げて、6つ・・・。でも、珀明は絳攸にも似てるよね。(決め付けるな)

@ 若くして及第(珀明は、異彩を放つ3人に状元を阻まれたけど)  A そして吏部  B やっぱり怒鳴り癖がついちゃったところ(あくまでついちゃった)  C 憧れの人がいる(珀明→絳攸→黎深)  D 藍家に付き纏われている  E 本命は憧れの人じゃなくて、よりにもよって執拗に付き纏う藍家の小僧(妄想です、双花と龍/珀CP希望)

挙げられるだけ挙げたら、また6つ・・・(笑)私の中の基本CPは藍家×吏部(主張)。そこに双玉。