馴れ合いだなんて知っている http://hmhdawntown.web.fc2.com/xenon.html |
瀟洒な格天井、趣味の良さを思わせる調度品、花の生けてある花器に至るまで計算し尽くされたように豪奢で、又、優美である。花を生けるに際しても、恐らく、好きな花を選ぶというよりも、匠の傑作ともいえる花器に見合う花を選んでいるのが、花と花器を見ていても想像に難くない。勿論、自分の部下のことだ、美しいものは何でも好きだと、胸を張るようにして云うことは、今更語るまでもないのだが。 それにしても、外見や美的感覚に関して、とりわけ関心をもつわけでもない自分でも、この室(へや)がとても趣味のいい部類に含まれるのだということはわかると、飛翔は思う。偶に見るのならば、きっと、これほど目の保養になる室もそうないだろう。しかし、毎日のようにこれを目にするのは、遠慮願いたいものだとも思う。こんな室では、おちおち休んでもいられない。 「………人の上で、何を考えているんです、」 ふと、飛翔は意識を手許へと戻す。そういえば、己の部下を臥牀へと押し倒している最中だったと思い出す。玉に至っては、好きで組み敷かれているわけでもないくせに、途中で手を止めて、一向に行動に移してこない飛翔に対して不満気な表情を見せ、律儀にというか何というか、抵抗を示すこともしない。それ故、飛翔は笑った。自分で云うのもの何だが、本当に、こいつは自分の何処が良くて、こんなことに付き合うのだろうかと。そして、自分はこの男の何処を好いて、触れているのだろうかと。ただ単に、流れで馴れ合っているだけではないのだろうかと。それはそれで、指摘するのも最早遅すぎるところまで、陥っているとは、飛翔も、恐らく玉も自覚している。 「お前、自邸でくらい抑えろよ、その飾り」 飛翔は、そう云ってから、いや違うな、と訂正しようと、再度口を開く。 「いや、それは自分の勝手だな……つまり、俺が訪ねるときぐらい、つけるな」 そう云うと、飛翔は中断していた手を動かして、玉が身に着けている装飾品を至極丁寧に取り外していく。以前、少し粗雑に剥いでしまったことがあったのだが、そのとき、玉に烈火の如く呶鳴られ、又、殴られ(指輪の嵌められた拳で殴られたため、相当痛かった)、蹴られ、御預けを喰らってからというもの、飛翔はそれなりに学んでいた。それ故、玉の身体を這う手の動きはどうしても慎重になるのだ。 「厭ですよ、一応公務中は抑えているのですから、」 頤を指で押さえ、そのまま横を向かせる。露わになった耳へと手を伸ばし、そこへと垂れ下る耳環を外す、そこへとあしらわれた玉緑色の石が、飛翔の眼に映った。しかし、それが果たしてどういった名の鉱物であるかなどという知識は皆無で、又、興味関心にも乏しいため、心惹かれるわけではない。 「俺が、剥ぎにくいんだよ」 邸に帰ってしまえば、後は、食事をとって湯浴みをして眠るだけだというのに、一体、何処にそんなに着飾る必要があるのだろうか。 玉の後頭部と頸部を手掌で支えるようにして持ち上げ、結われた髪を解いてゆく。この髪紐一本にしても、細かな細工が施されているのだから、飛翔にしてみれば、感心を通り越して呆れてしまう。 「甲斐性を見せてみなさい」 そもそも自分で取れと云う話なのだが、玉は最後の抵抗を飛翔へと示すように、敢えてそれをしようとしない。けれども、いざ飛翔が飾りを取ろうと手を伸ばせば、抵抗をしない。そんな七面倒なことをしてどうすると、飛翔は一度指摘したこともあったが、聞く耳を持たない玉には無駄に終わった。 一度、無理矢理全てを剥いでしまおうかと考えたこともあったが、そのときの弁償額を考えると、どうしてもその数歩手前で躊躇ってしまう。飛翔の言い分としては、そんな金があるなら酒代にする、というのが紛れもない本音だ。そして、恐らく、玉もそれを承知しているからこその態度なのだろう。 「……前置き、長すぎるだろ、」 すぐさま事に及びたいというほど、もう若くないことは、自分でも重々承知していることではあるのだが、それにしても、この御預け状態の長さは勘弁して欲しい。最中と違って、とりわけ事の起こりまでの主導権は殆ど玉の手中に収められているのだ。 「焦らされるのは、お好きではないですか、」 「焦らす方が好きなんだよ、俺は、」 自分の下にいる部下が、意地の悪い笑顔を浮かべるのを見下ろす。その右手をとり、薬師指と長指に嵌められた指輪を外していく。同様に、左手の長指と季指のそれも外す。指の作りは明らかに男のものだが、色は白いと思う。自分の無骨な指とは異なり、そこへと指輪を嵌めることへの抵抗などまるで存在しないかのようだ。けれども、指が好きかどうかと聞かれても、そんなものには興味はないので、返答のしようもない程度には、飛翔にとっては瑣事でしかない。 「……漸く、」 終わったと額に手掌を押し当て、飛翔は息を吐く。そして、そこから流れるような動作で、玉の唇を塞いだ。その直前、玉が待ち構えていたかのように満足気な表情を示すのが、飛翔にはわかった。 了 普段より優位な玉を書いてみたかっただけなのです……。そして、玉は、いろいろ飛翔を困らせているといいよ、私事では。仕事では、困らされっぱなしなのだけれど。 面倒く臭いことをしてまで自分を抱こうとする、という点で、少なからず飛翔を試していると萌える。 「馴れ合い」はよく夫婦に使いますが、「馴れ合い」=「熟れ愛」だと解釈して敢えて引用。 |