何だかんだ言って 御題配布元 : http://lonelylion.nobody.jp/ |
眠りから覚め、珀明は徐に上体を起こす。 年末なだけあり、流石に明け方は冷える。布団から上半身を出せば、幾分もしないうちに肩は冷たくなる。けれども、再び布団の中に戻るわけでもなく、しかし臥榻(がとう)からは離れず、未だに隣に眠る人物を見遣った。 彩七家筆頭藍家の直系にして『藍龍蓮』の名で呼ばれるこの男は、誰もが認める天才であり変態であった。 会試会場には本の1冊も持参せず、毎日寝るか気まぐれに笛を吹き鳴らし、その怪奇音(本人には、至って素晴らしい音に聞こえるのだから不思議としか言いようがない)で周囲を混乱させた。挙句の果てには、国試を榜眼で及第したにもかかわらず、進士式をすっぽかした。 全く気に入らなかった。 更に、自分の状元及第を阻んだ1人であるこの男は、こともあろうに珀明を友と呼んだのだ、『心の友其の三』と。 珀明は眠る龍蓮の顔を覗く。いつもの奇抜な衣装や装飾品はないため、在りのままの龍蓮がそこに横たわっている。 それを見て、珀明は素直に綺麗だと感じる。そう感じる度に勿体無いと思わずにはいられなくなる。どうしてこれだけの素材を有効活用しないのかと思ったことは何度かあったが、したらしたで厄介なことになるのは目に見えているので、勿体無いと文句は言うものの、止めるかどうかは本人次第だと、珀明は感じている。 正直な話、珀明が龍蓮と寝台を共有し一夜を過ごすのは今日が初めてというわけでもない。今まで幾度かあったことなので、起きて一番初めに見る顔が龍蓮のそれであったとしても、さして戸惑いはしない。 だが、龍蓮は珀明が起きる前に目を覚ましているか、珀明が目を覚ますと同時に起き上がることしかなかったため、こうして寝顔をまじまじと見たことはなかった。そんなに疲れていたのかと思う。昨晩、突然この珀明邸に現れたときには、そんな様子微塵も見られなかったのに。 珀明は、何もせず、ただ曲げた膝の上に頭を乗せ、龍蓮の覚醒を待った。 ふと庭の方で人の気配がすることに気が付き、肩布を引っ掛けると、珀明は部屋の庭へと続いている闔(とびら)を開く。 その気配に悪意のようなものは感じられない。どちらにしても、珀明には、そこにいるのが誰なのか殆ど悟っていた。こんな夜中に非常識にも訪れる人物は限られている。庭に出てその姿を視界に収めると、案の定と息を吐いた。 「今、帰った。」 真夜中の訪問者である藍龍蓮はそう告げた。言葉を発するのと同時に、その口から白い息が零れるのが珀明には見えた。 あの龍蓮にしては(笛を吹いたりせず)至極まともに姿を現したせいか、それとも数ヶ月ぶりにその奇怪な格好を確認できたからなのか、珀明は安堵を覚えた。 「茶州から真っ先にここに来たのか、藍家貴陽別邸でなく。」 そう珀明が尋ねると、短く、無論と返ってくる。一体その自信はどこからやってくるのかと呆れてしまうくらい、胸を張って言われた。 「順番が違うだろ!この孔雀男!」 夜中であるためいつもより声を落として怒鳴るが、当の本人はその言葉をあっさりとかわす。あえてそれ以上は言わなかったが、この変な方向にというか、何処か突き抜けて派手な男を見ると、珀明はそれだけで怒号を浴びせずにはいられなかった。 すると、龍蓮は段々と珀明に近付き、その距離は手を伸ばせば届くほどまでになった。いつでも真っ直ぐな龍蓮の瞳はただ珀明にだけ向けられていた。その視線から避けるように、珀明は自分よりもやや背の高い龍蓮の頭の上へと手を伸ばし、その頭に飾られた羽根を抜いていく。龍蓮はそれを拒まない。 大抵、珀明が(自分の審美眼にそぐわない)龍蓮の装飾品を剥いでいくときは、受け入れてくれるという無言の合図だと龍蓮は知っている。 「じきに、心の友其の一もやって来るだろう。」 されるがままになりながらも、龍蓮は淡々と報告する。しか、視線は未だ珀明に注がれている。そうか、とだけ簡単に返事をすると、伸ばしていた手を下ろす。 「龍蓮。」 今度は正しく相手の名を呼ぶ。そして、視線を龍蓮のそれと絡ませる。 そう言えば、いつもこの男を目の前にすると、怒鳴っているか呆れているかばかりで、しかも孔雀男、笛吹き馬鹿と罵倒して、あまりしっかりと名を呼ぶ機会は多くなかったのではと珀明は感じた。 「おかえり。」 ご苦労だったな、という意味を含めて珀明は労う。 つくづく自分はこの男に甘いと珀明は思う。勿論、もう2人の友はそれ以上に龍蓮を甘やかしてはいるが。なんだかんだ言って、自分を含め3人とも龍蓮に甘いのだ。 龍蓮がわざわざ遠い茶州で何をして来たのか、それは珀明の知る所ではない。だが、この目の前の男が誰のために動くかなど、今までの付き合いで理解している。今頃茶州で働いている年下の同期や、この王都に向かっているだろう、龍蓮曰く『心の友其の一』が、自分に文をよこす暇もないくらい忙しいこともわかっている。 彼らの無事を願い、帰りを待つことしかできない自分を珀明は時々嫌になることもあるが、あの吏部で働いているせいか(そんなことを考える暇もないくらいで)、それほど辛くもない。こうして、帰ってくる彼らを労うことができるのも特権なのだろうと思えばいい。 「・・・真っ先に来てくれたことは、嬉しいと思っている。」 そう伝えると龍蓮は明らかに歓喜の表情を浮かべる。だが珀明は内心焦った。喜びの調べなどと、横笛を取り出して一曲吹かれては堪らないと、さり気なさを装ってその右手を掴んだ。とりあえず、これで笛を取り出すことはできても、演奏はできない。 しかし、触れた右手の冷たさに珀明は眉を顰める。熱が、手から奪われていく気がした。 「心の友其の三珀明、私は、今夜の宿を所望する。」 やはり嬉しいのか、掴まれた手をそのままに口を開く龍蓮を見て、珀明は相変わらずだと内心笑う。泊めてくれなど他に頼み方があるだろうとは、敢えて口にはしない。無駄だとわかっている。 それに、この寒さが珀明を促す、これ以上外にいさせるわけにはいかないと。例え旅慣れしていて、野宿でさえもお手の物であったとしても。 「仕方のない奴だな。」 憎まれ口を叩きながら、珀明はそのまま龍連の手を引いて、自分の部屋へと戻った。 敷布に流れる藍色を垣間見せる黒髪を珀明は一房掬うようにして持ち上げた。それと同時に、龍蓮の瞳が開く。寝起きがいいのか、まるで少し前から目覚めていたようにゆっくりと上体を起こす。 窓の格子から光が差す。それが珀明の髪に当たって、金色に光る。 「起きたか・・・どうした?」 眠気を感じさせる表情ではないのに、どこか他のところを見ているような龍蓮に珀明は首を傾げる。 「・・・珀の髪が、光に当たって綺麗だと思った。」 隣に座る珀明の髪へと手を伸ばし、指で軽く触れる。その行為が、仕草が、普段の龍蓮とは異なって見えて、不覚にも顔が紅潮するのがわかる。 唯でさえ基がいいのだ。顔のつくり、均整のとれた体躯、真っ直ぐ伸びた髪。寝起きは、その全てが曝け出されている。 「ばっ、馬鹿を言うな!そう言うことを言うのは、女相手だけにしろ!」 伸ばされた龍蓮の手を捕らえ、素早く寝台へと押し付ける。 「私は、本当のことを述べたまで。」 そう言うのが早いか、龍連は珀明の手からあっさりと逃れた。それを悔しく感じるが、まずこれと自分を比べること自体が間違っていることに珀明は気付き、諦めた。 「僕は、今日も出仕しなければならないんだぞ。」 吏部には公休日や休日なんてあってないようなものなんだ、そう愚痴を言いながら臥榻から降りようとした珀明だが、後ろから伸びてきた腕が腰に触れるや否や、直ぐに再び元の場所に戻ってしまった。その上、抱き締めるように龍蓮の両腕が体へと回され、そこへと収まる。 「何するんだ!」 抗議してくる珀明の言葉を無視し、龍蓮は少しの間珀明の体を、何かを確かめるかのように弄る。 「・・・っ、離せ!おい・・・っ」 こいつは気でも狂ったのかと、珀明は龍蓮の腕の中で暴れるが、暫くして拘束が緩まって、少しほっとした。そして眦を吊り上げて背後にいる龍蓮へと悪態を吐く。 「珀、少し痩せたのではないか?仕事熱心なのはわかるが、無理をするのはよくない。」 「・・・・・・努力する。」 本当に、龍連は心臓に悪いことばかり仕出かしてくれる。まともに心配されてしまい、怒鳴る気が削がれてしまったせいか、溜息を吐いてそのまま背後にいる龍蓮へと寄りかかる。 久しぶりの再会なのだ、そう急ぐ必要もないかと、珀明は口には出さずに思う。そんな珀明の体重を、龍蓮は事も無げに支える。 「そう言えば・・・暫くはこっちにいるんだろう?」 「ああ、少々すべきことが見つかった、少しの間こちらに腰を落ち着けるつもりではいる。」 そうして、龍蓮は、茶州で出会った同い年の親しき友の顔を思い浮かべた。 「じゃあ、今日もこの邸に泊まらないか?」 思いがけない珀明の提案に少し驚いた龍蓮は、少しの間沈黙したが、すぐに嬉しそうに頷く。珀明から宿泊の誘いを受けるのは、初めてだったからだろう。珀明の誘いがなかったとしても、龍蓮は、今日も、もしかしたら明日も留まるかもしれないが。龍蓮の承諾に、珀明は満足そうに頷いて、後ろにいる龍蓮の方へと僅かに顔を向け、再び言葉を繋げる。 「僕が仕事から帰ってきたら、茶州での話をしてくれ、龍蓮。あいつらは文の1つも寄越さなかったんだ。」 「承知した。」 少し拗ねた風に言う珀明を見て、快くその願いを受け入れた龍蓮は、珀明の体に回った腕に再び力を込め、抱き締めた。 了 原作、あまり接点ないCP。でも、龍蓮の『おこりんぼう将軍』にくらっときました。もちろん、心の友が総結集しても大好きです。龍蓮をしかる珀明・・・でも、やっぱり同じくらい甘やかす珀明がいいvvv愛されてる龍蓮がかわいいvvv 同じくらい好きなCPは、双玉(でも、幅広く言えば静蘭受)。 あと双花は公認としても、工部の2人はプッシュです。というか、碧家関係が好きvvv 彩雲は、秀麗が個性的な男性たちに囲まれて、なんて羨ましいんだ、とは思うものの、個人的には秀麗入りのCPには萌えない(ぉぃ)。よりどりみどり過ぎるからなんだろうか・・・。 |