眩暈がす
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頬を紅潮させ、けれども勝ち誇った笑みを浮かべながら、玉は牀(ゆか)に倒れ込むように横たわった自らの上司を見下ろした。両者の手には、空になった酒瓶が握られている。細々と杯で酒を運ぶのが面倒になり、酒瓶を傾けてそのまま煽るようにして呑んだからである。

同様に、酔いのせいで顔を赤くした飛翔は、やや意識が飛びそうな感覚を覚えながらも、悔しそうな表情を浮かべる。

「…………畜生、」
「人様の邸の牀の上で寝ないで戴きたいですね」

椅子に腰掛けながら、ふら付く身体を動かし、玉は卓子の上の酒瓶や杯を片付けてゆく。本当は、すぐさま臥牀へと突っ伏したいのだが、何故か、この上司の前でそのような姿を見せることが悔しいため、酒に侵されていない残った理性と矜持を以て抑制している。

「じゃあ、お前の臥牀・・・半分寄こせ」

まるで石を背負っているかのように重くだるい身体を起こそうと、飛翔は丹田に力を込める。だが、完全に状態を起こすことは失敗に終わり、肩肘を牀に着いて身体を支持する。頭部が重いせいで、上体を上手い具合に支えられず、肘関節に疲労が溜まる。

「厭です。客間を用意させてあるでしょう・・・・・・そちらへどうぞ」

そう云い、玉は飛翔へと宛がった隣室の客間を手掌で示す、その流れるような所作に合わせるように、手首に嵌められた装飾品がしゃなりと響く。それは、酷く心を揺さぶる音色だ。
けれども、飛翔はその指の指し示す方向とは逆を向き、玉の言葉を黙殺する。その様は、我儘な子供のようで、玉の癪に障った。

「・・・・・・賭けの内容、忘れてはいないでしょうね」

今更忘れたと宣うようなことがあれば、今すぐ手にしている酒瓶を鶏頭目掛けて放り投げてやろうと思う。そして、早急に邸から追い出すのだ。

「・・・はいはい、覚えてるよ。叶えてやるから、臥牀に入れろ」

気だるそうな所作で、飛翔は膝に手を付ける。そして、立ち上ろうと頭を動かした。その瞬間、軽く頭痛を覚えるが、既に慣れてしまった鈍痛を、飛翔は軽く往なす様に追い遣る。
立ち上がると、果たして立眩みを起こす。牀に踏ん張るようにして、臥牀へと歩み寄る。

「・・・・・・歩くことができるなら、尚更隣室に行けばよろしいでしょうに」

うるせぇと、僅かに呂律の回らない口で言葉を吐く上司に呆れるものの、溜息と共に零れる言葉には、最早、欠片の拒絶しか含まれていない。そして、自らの臥牀の半分を明け渡すように、玉は端の方へと座り直す。
飛翔が重力に抗うことなく臥牀に座り込むと、臥牀が悲鳴を上げた。

「・・・・・・っ、寄り掛からないで下さい、重い」

酒に酔って、倦怠感を感じているのはお互い様ではあるのだが、飛翔よりも酒に強い玉はまだ意識もはっきりしている。そのためか、思い切って臥牀へと倒れ込んでも、そう簡単には意識は遠退いていかない。そのお蔭で、まだ物事の分別がつくのだが。

「・・・・・・・・・玉、」

不意に名を囁かれ、玉は押し黙る。
正に、賭けの対象が、名で呼ぶというものではあったが、捻くれ者の上司のことだ、いろいろ難癖をつけて迂回をするに違いないと思っていたものだから、玉は面食らった。しかし、それ以上に嬉しいと感じている。
こんな些細なことで、自分の負けを感じてしまうのだから、玉は時折自分自身に辟易してしまう。
飛翔の口から酒気を含んだ吐息が零れてくるが、今の玉に、それは瑣事でしかなかった。恐らく、同等の量を呑んだ自分も似たようなことになっているのだろう。

「・・・・・・眠ってしまいなさい、明日は公休日なのですから」

そう云うと、飛翔の頭に巻かれている布を外すために、手を伸ばす。ゆるゆると、緩慢な動作で衣服も緩める。次第に、飛翔の身体が臥牀に沈んでゆくのと同時に、最後の力を振り絞るが如く飛翔の腕が伸ばされ、玉の髪紐を解いていく。
2人の距離が存外近くなると、玉は、徐に上体を屈めて、横たわる飛翔の唇を軽く奪った。やんわりと触れてくる柔らかい感触に、意味もなく溶けてしまいそうだと感じる。
そして、その瞬間、飛翔の表情に満足の色が浮かぶのが、玉にははっきりと見て取れた。
俄かに、羞恥心が生まれた。

「―――――明日、……」

そう飛翔の口から言葉が紡がれたけれども、そこから先は言葉にはならず、次第に寝息へと移行していく。玉は、それに継ぐ言葉が思い当たらず、直ぐに考えることを放棄した。

臥牀に眠る男は、遠慮なくそれを占領している。繊細な心も、配慮という言葉も、遠慮という気遣いも、この男には備わっていないのだ。それなのに、何もかもわかりきったような表情で自分の領域を侵そうとしてくる、改めて、このような上司はご免だと思う。
けれども、自分の名を呼ぶ、その低い声だけは、今宵呑んだ酒と同様に、自分を酔わせるだけの力があるのだ。そして、悔しいことにそれを望んでいる自分がいることを、玉は大概自覚していた。それでも、そんなことに頓着してしまう自分を認識すると、厭になる。

「寝穢いですね……」

両手を一杯に広げて寝入っている姿を何処からどう見ようとも、ただの呑んだくれ親爺でしかないのに、時折、無性に触れてしまいたくなる。他愛も無い衝動だ。

玉は、飛翔の身体を臥牀の奥の方へと追いやって、その横へと潜り込んだ。翌朝痺れてしまうだろうこともお構いなしに、飛翔の伸びた上肢を枕代わりにする。

其処は、眩暈を催す程に、安堵感を覚え、暖かかった。







最近熱い、工部CP。これは陸惠様に捧げます、相互リンクのお礼です。
こんなものでよろしければお納め下さい・・・・・・ネタ、ありがとうございました↓
賭けの対象は、お互い「名前で呼ぶこと」です。見ての通り、玉の勝利。飛翔は敢え無く撃沈。けれども、2人は存外大人なので自分の限界を知っています、いくらムキになっていても、そこら辺は一応弁えていて、立って歩ける(ふらつくけど)程度に留めておくくらいがいいな。

と、それから、陸様からこの小説の挿絵を戴いてしまいました↓

ありがとうございます、おもわず涙がこぼれました!!玉さん美人vvv