乱れ咲く万朶花の白さ



本日から自分の下に就く十番隊副隊長を間近で見て、日番谷は珍しく素直に、綺麗だ、と感心した。今迄見てきた中で一番綺麗な女、と言うのが副隊長松本乱菊に対する第一印象だった。綺麗というのは、人に対してはこのように使うのか、と思ったほどだ。その上、彼女は常人離れした体格の持ち主でもあり、それが日番谷の精神を酷く揺さぶるのだった。
しかし、口に出すのも悔しく、また、子供っぽいと感じ、けしてそれを面に出したり、吐き出すことはしなかった。努めて、自分に与えられた役職に見合った態度をとろうと、背筋を伸ばし、顔の筋肉を引き締める。外見が子供な上、まだ精神的にも未熟だと、日番谷は自覚している。どんなに背伸びをしたとしても、本質的なところでは何も変わることはないが、そんな自分にできる、精一杯のことをするしかない。相手は、年齢、任務経験において、自分より数段上だ。

「はじめまして、副隊長を務めさせて頂きます、松本乱菊と申します、日番谷隊長。」

見た目の派手さに反して、その声や態度はすっきりとして気持ちがよく、好感さえ感じる。日番谷は、自分に対して礼をしてきた松本に声を掛ける。

「こちらこそ、これからよろしく頼む。なんせ、何もかも一気にすっ飛ばしてきたせいで、仕事に関しては、まだ素人だからな。」

日番谷は危惧していたことがあった。この外見上、甘く見られがちなため、この目の前にいる副隊長に、成り上がりの隊長でしかない自分が受け入れられるのかどうか、ということだ。
頼りにならない、と言われてしまえばそこまでだった。事実なのだから。実戦での力なら、確かに自信はあるが、雑務に関しては、役に立てるのかさえも疑わしい。最悪、足手まといになりかねない。

「承知しています。全力でサポートさせて頂くので、ご安心を。」

副官らしく真面目に、また仕事においての先輩として優しげに返してきた副隊長に、日番谷は、内心、安堵した。そして、本心から感謝の言葉を漏らす。

「・・・助かる。」

日番谷がそう告げると、近くに立っていた山本総隊長が、2人に下がるように命じる。本日は、初めての顔合わせの後、十番隊の隊舎へと向かうことになっていた。その言葉に従い、日番谷と松本は恭しく頭を下げ、今までいた一番隊の部屋を後にした。



長めの道程を、日番谷を前に、その後を松本が続いくようにして歩き、十番隊の隊舎へと辿り着いた。その造りは、他の隊のそれとはほぼ類似しているため、初めて入るはずの日番谷は迷うことなく室内を進んでいく。向かった先は、執務室。その奥には、隊長である日番谷の部屋と、副官である松本の部屋も存在する。

「隊長の机と席です。使い難いことがありましたら、いつでも申し付けて下さいね。」

手で促すようして、執務室に置かれた机と椅子を示す。それは、日番谷の目にも明らかに、誰のために拵えられたのかがわかる造りをしていた。普通の者が、大人が座るには、大きさが不釣合いなそれを見て、日番谷が憤りを覚えなかったのは、それらを差し出してきた松本の自然な手の動きや言葉を、すんなりと受け入れることができたからだろう。

「今日は、初日ということもありますし・・・仕事は入っていませんので、後の時間は、お好きなように過ごして下さって構いません。」

にこ、と微笑みながら、事務的に言葉を述べていく松本を見て、日番谷は笑った顔を初めてまともに見た、と気付く。それは予想以上に華のあるもので、少し戸惑いを覚え、視線を外す。

「わかった。・・・それと、俺の荷物は何処に置いてあるんだ?既に届けられたと聞いたんだが。」

それでしたら、と、松本は再び口を開き、隊長である日番谷の部屋を示す。

「荷物、随分と少ないんですね・・・運ぶのに私1人で十分でしたから。」
「流魂街出身で、もともと、霊術院に入ったときも殆ど身一つだったからな・・・その方が楽だからというのもある。」

需要はあっても供給がないのが主な理由だったが、勉強に必要なものと、然程多くない着物、その他僅かな日用品があればそれで十分だった。
それに、必要なものはこれから集めていけばいいと、日番谷は思っている。霊術院で与えられていた窮屈な部屋と違って、これからはちゃんとした部屋があるのだ。

「わかります、私もそうでしたので。でも、隊長・・・あれでは少なすぎるので、これからはいろいろ集めていきましょうね。」

松本の言葉は、流魂街出身のことを言っているのか、それとも、荷物が少ないほうが楽だということを示しているのか、日番谷は察しかねた。敢えてコメントをすることはなく、頷いておくだけにした。
すると、日番谷は入り口の方に、見知った霊圧を感じて、そちらへと視線を向ける。松本も同様に気付いているようで、日番谷の行動に倣う。雛森ですね、と横目でさり気無く日番谷に告げると、お茶を用意してきます、と執務室を離れた。どうやら、松本は雛森と自分の関係を知っているようだ、と日番谷は思った。

「・・・・・・シロちゃん、いますか?」

ひょっこりと顔を出したのは、紛れもない日番谷の幼馴染である雛森桃である。その肩には、五番隊副隊長の証である鈴蘭の刻まれた隊章がある。松本にも同様に、十番隊副隊長しかつけることが許されない、百合の隊章をつけている。

「『日番谷隊長』だろ、雛森。」

日番谷の姿を確認すると、雛森は嬉しそうに近付いてくる。日番谷の窘める言葉は、右耳に入って左耳から出て行ってしまったようだ。

「隊長就任おめでとう!はい、これ、お祝いの品。」

そう言って、綺麗に風呂敷で包まれたものを手渡してきた。愛染隊長と決めたの、と頬を赤く染めながら嬉しそうに告げてきた幼馴染を見て、少し飽きれながら感謝の言葉を返す。少しずっしりと手の中に収められた包みを見ながら、何が入っているんだ、と日番谷は聞いた。

「お饅頭だよ。乱菊さん達と一緒に食べてね。」
「・・・・・・あら、嬉しい。ありがとう、雛森。」

奥から顔を出してきた松本の手にある盆の上には、湯気を立てている湯のみが乗っていた。はい、とまずは雛森に、続いて日番谷の手へとそれを差し出しす。湯のみからお茶の熱さが伝わってくる。

「ありがとうございます。乱菊さん、これからもシロちゃ・・・じゃなくて、日番谷くん・・・でもない、日番谷隊長のことよろしくお願いしますね!」
「おい、・・・なにを・・・」

ぺこり、と頭を下げてそう言った雛森を、日番谷は慌てて制そうとするが、それは、続く乱菊の言葉によって続くことはなかった。

「任せて頂戴、雛森。」

自分を置いて、どんどん話を進めていく女2人に、日番谷は何も言えずにいた。

「・・・・・・じゃあ、私は愛染隊長を待たせているので、失礼しますね。」

手を振りながら去っていく雛森を、2人は見送った。
霊術院にいた頃から、雛森は愛染の信仰者で、よく話を聞かされていたが、念願叶って愛染の副官になった今でも、それは相も変わらず健在のようだ。
松本が盆を差し出してきたので、日番谷は既に飲み干して中身のなくなった湯飲みをその上へと載せる。随分と気が利くな、と日番谷は改めて認識する。先程のことにしてもそうだが、雛森の言葉を、力強く肯定してくれた松本の存在に、今日一日張り詰めていたものが、少しだけ和らぐ気がしなくもなかった。
一体、こんな子供の隊長を、どうして始めから信用することができるのか、日番谷は理解できなかった。自分より遥かに年下の子供の下に就くことに納得しているのだろうか。大人故の寛容さなのか。それらを彼女に問い質してみたいと思うのは、自分が子供だからなのだろうか。しかし、そんな人間(死神というのが正しいのだろうか)ばかりではないのは、日番谷自身、今まで重々承知していた。
失礼します、と一言告げて、松本は再び日番谷の元を離れた。

「・・・・・・・・・松本。」

雛森の去った後、少々沈黙が続いたが、それを日番谷は自ら破り、己の副官の名を呼んだ。松本は、ただ、はいと答えて、自分よりも背の低い上司へと視線を移す。

「この通り、俺は見かけも中身も子供だ・・・仕事で迷惑かけるだけじゃなく、周囲からの好意的じゃない視線さえも受けるだろう・・・・・・」
「ええ、十分承知しています。それでも、貴方の副官は私です、先程も申したように、全力で支えます。隊長は、ただ、前を向いていて下さい。」

松本にとって、確かに、この新しい上司は、自分より遥かに年下の子供でしかないことは間違いない。優秀であるとは、松本も以前から噂で何度も聞いていた。それ故、周りから好い目で見られないことも。
日番谷が自分の上司になるという話が上から降りてきたときも、自分に殆ど拒否権はないが、苦労するだろうと正直感じた、それでも、初めて顔を合わせたとき、必死になって、子供である自分を捨てようと強くあろうと、前を見据えていた小さな日番谷に、松本は期待さえ抱いた。彼となら、一緒にやっていけるだろう、と。

「たまに私達のことを気に掛けてくれるだけで、それだけで十分です。」

そう付け足した松本の笑顔は、とても魅力的で、日番谷は素直に綺麗だ、と感じた。彼女の腕で誇らしげに咲く百合が、とても似合っていた。





「・・・隊長も、そろそろ仕事に慣れてきましたね。始めの頃とは比べものにならないくらい、書類の片付くペースが違いますから。」

休憩時間、松本は日番谷にお茶とお茶請けを差し出しながら、飲み込みの早い上司で良かった、としみじみと洩らす。
日番谷が十番隊の隊長に就任して早1ヶ月が経つ。

「まあ、お前達のお陰だ、下が優秀だからな。」

滅多に他人を褒めることのない、厳しい日番谷の言葉に、松本は勿論、たまたま書類の整理にやってきていた三席までもが、なんとも言葉にしがたい思いに駆られた。要するに、嬉しくて感動しているのだ。三席は、仕事中にもかかわらず零した笑顔を崩すことなく、必要な書類を掴むと、早々といつもよりも幾分礼儀正しく、声も高々に、いつもより深く礼をして、執務室を後にした。

「嬉しいです・・・・・・それにしても、どういう風の吹き回しですか?労いの言葉を掛けてくださるなんて。」

他人にも厳しいが、自分にも厳しい彼が、こんな風に言葉を掛けてくれるなんて、そうあることではない。いや、実際滅多になかった。常に傍にいる副官である松本にでさえそうなのだから、三席以下の者達ならば尚更である。

「浮竹が、部下を褒めるのも、上司の仕事だって言ったんだよ。」

松本は、机の上にあるお茶請けを見た。この高価な砂糖菓子は、他でもない十三番隊隊長である浮竹が、わざわざ自ら足を運んで、日番谷に贈ってきたものなのだ。感謝せねばならない。
どうやら、まだ知り合って間もない浮竹とも打ち解けているようで、松本は安心する。先日やってきた浮竹の様子を見ると、明らかに日番谷が一方的に気に入られているように見えなくもなかったが、浮竹の助言を、日番谷がしっかりと受け止めているところを見ると、満更嫌がっているようでもないので、松本は敢えて置いておくことにした。

「で、今確かにそうだ、と思った。どうやら、士気も高まるらしい。」

三席の去っていった出入り口の方を見ながら、日番谷は満足そうに砂糖菓子を頬張る。年相応なその姿に、姉のような母のような、はたまた先輩のような気持ちで、松本は顔を綻ばせる。

「浮竹隊長は、隊長のことを大層気に入っていらっしゃるようで。」
「名前が似てるんだと。十四郎と冬獅郎・・・・・・早い話、子供みたいに思われてるんだろう。」

半ばうんざりした様子を見せているが、本気で嫌がっているわけではないらしいのは松本にもわかる。どう対応したらいいのかわからなく見えるようだ。子供扱いされることを、日番谷は好まないが、それも相手に依るところがあるらしい。松本が少し子供扱いする分は目を瞑ってくれる。
松本から見れば、浮竹が日番谷にお菓子などをあげる様子は微笑ましく、元来体の弱い彼が、わざわざ日番谷の元までやってきて、そのことを日番谷に心配されている様子は、確かに親子のように見えなくもない。
その上、お世辞にも、愛想が良いとは言い難い己の隊長が、交友の範囲を広めていくことは、副官として心安くはある。

「浮竹隊長の持ってきて下さるものは、どれも美味しいので嬉しいです。」

浮竹は、体調が良くなると、手土産を片手に十番隊へとやってくる。それは、殆どが食べ物(菓子)であり、日番谷への贈り物ではあるが、その殆どが松本の腹へと収められている。

「たまには、隊長が何かを差し上げてみてはどうでしょう?」

貰ってばかりでは悪い、と告げる。例え、浮竹が喜んで日番谷へと差し入れを持ってきているとしても。

「・・・・・・まあ、見舞いがてら行くか。」

如何せん、元気に起き上がって仕事をしているよりも病に臥せっていたりすることの方が、何かと多いせいで、訪問は自然と見舞いになる。周囲の者もそれをわかっているのだろう、訪問時には何かしらの土産を持参していくのが普通だった。

「じゃあ、行くときには前もって知らせてください。何か、見繕っておきます。」
「おお、助かる。」

時々羽目を外しすぎるところさえ目を瞑れば、実に頼りになる副官だと、日番谷は思う。年の功とでも言うのだろうか(本人には勿論言えないが)、子供で、まだ頼りない自分を支えてくれるのが、本当に感じられるからこそ、彼女は有能だと認識する。

「・・・あ、隊長。そう言えば、先日、市丸隊長から聞いたんですけど、隊長って市丸隊長に誘われて死神になったんですか?」

思い出したように、顔を上げて松本は尋ねてくる。日番谷は、嫌な名を耳にしたと言わんばかりに顔を歪める。そして、市丸と話をする程度には親しかったのか、と思った。副官の交友関係にまで口を出すつもりなどさらさらないはずなのに、何故か、このときばかりは苛々した。

「・・・・・・・・・確かに、あいつは流魂街にいた俺のところに来た。だが、あいつに言われたから、俺がここにいるわけじゃない。」

できれば、そんな過去は廃棄してしまいたいと思っている。

「そうですか、嘘ですか・・・。」
「そもそも、俺はあいつが大嫌いだ。名前を出すな。」
「そうですね、碌でもないですから、あの男は。そうします。」

はっきりと賛同され、しかも、さらりと毒を吐いた副官に、何か言いたくなったが、日番谷は口を噤んだ。
とりあえず十番隊では、三番隊隊長の話は、それ以後、事務的なことを除いて話に上がることはなかった。

「松本、そろそろ休憩時間は終わりだ。」

頃合いを見計らって、日番谷は松本に呼びかける。

「はい、それでは、こちらの資料をお願いします。」

差し出された資料を、日番谷は軽く相槌を打って受け取った。その後、松本は、茶器などを盆の上に移し、片付けると、日番谷に続いて公務に取り掛かった。

十番隊は、今のところ、至って平穏だ。





END

日番谷+乱菊。鰤で一番好きな2人。
うちの隊長は、乱菊さんが大好きです。そして、浮竹のことも好きです。でも、ギンのことは大嫌いです。隊長就任後、話しかけられちゃったりしましたが、無視します、しつこいけれど、悪態吐いて追い払います。けれども、悪の総本山愛染隊長に対しては、それほど嫌悪感は抱かないようです、雛森がいるからでしょうか。京楽のことは、うるさいおっさんだと思っている。山本総隊長のことは、うるさいじじいだと思っている。やちるのことは、自分より小さい・・・と思っている。恋次のことは、自分より格下だと思っている。吉良も以下同文。白哉のことは、・・・・・・・・・。修兵とは、それなりに仲良くできそうだとは思っている。
今回のタイトルは、日番谷から見た乱菊さんをイメージ。よくわかりませんが。とりあえず、私的十番隊のカラーは白なんです(直感)。