▼ 燕×静(未来捏造話/07/07/08) |
滑らかでも(寧ろ、僅かに生えている髭が不快だ)、色白というわけでもない頬を、静蘭はなぞる。確かにそこに存在するはずの十字に刻まれた創(きず)は、長い年月を経てうっすらと消えかかっている。十字のうち一本は確かに自分が刻んだものだ。静蘭は、その過去へと意識を遠退かせた。 「……静蘭、」 身動きできないでいる燕青が、困惑の表情を浮かべ名を呼ぶ。静蘭はそれをどうでもいいというように綺麗に黙殺する。そして、その諦めの悪い根性で、何度でも名前を呼べばいいのだ。 燕青が椅子に腰掛けているせいで、普段よりも幾分目線が下がる。 「創、が…消えかかっているな、」 刻まれた溝をなぞれば、燕青が擽ったいというような素振りを見せる。 「……淋しいとか?」 「黙れ」 苦笑を含んだ燕青の瞳は、静蘭の変化を見逃しはしなかった。瑣末な変化。けれども、そこに普段表には出そうとはしない静蘭の本音を秘めていることが屡ある。本人は気付いていないだろう、恐らく。 そして、静蘭がするのと同様に静蘭の頬に拇指の腹で触れると、空いた腕で目の前に立つ静蘭の腰を捉える。おい、と不機嫌そうな声が降ってくるが、気にする素振りなど噯気にも出さない。 「…ま、完全に消えることはないと思うけどな」 けれども、消えなくていいのだと、燕青は思う。この創には、哀しい思い出も愛しい思い出も、たくさん詰まっているのだから。今まで、数え切れないほどの人を傷付けてきた己にとって、それを忘れないための証拠が身体に刻まれた創だというのなら、それは寧ろ、相応しいのではないかと思う。 「…静蘭が不満なら、新しい創、つけても構わねぇぞ?」 「……莫迦だな、文官がそれ以上傷をこさえてどうする」 文官としての能力も長けているが、寧ろ武官よりも経験も豊富で、実力も上の男だ。官服の下に隠されたいくつもの創を、静蘭は知っている。それらが、この男の生き残ってきた歴史であり、また、自分のつけた創もそれに含まれているのだと、静蘭は、再びその創に触れた。随分と浅くなった。創を負わせたときには、確かにここから紅い鮮血が流れていたというのに、今では見る影もない。 「消えないさ…この創は、俺が望む限り」 燕青は、少し哀しげな表情を浮かべた。それでも、そこには笑みが絶えることはない。静蘭は、それを眼にして、やはりこの創によって、自分はこの男に囚われているのだと感じる。消えないと聞いた瞬間、安堵が生まれたのだ、それはとても些細な感情で、けれども、逃れ難いものだ。 |
▼ 龍×珀(糖分3割増/当社比?/07/08/04) |
自分を抱き締める男を、珀明は半ば遠い目で見遣る。臥牀の上、組まれた脚の上で抱き込まれるこの体勢には、やはり羞恥心が先立つ。身に纏っているものが薄い布一枚であるから、それは殊更だ。しかしながら、夜独特の身体に纏わりつく冷気に、龍蓮の布越しから伝わる熱は心地好い。又、持ち前の賢さで早々に覚えた力加減によってやんわりと抱かれる、このささやかな圧迫感は、どうしてか離し難いものがあった。だから、抵抗という概念自体を擲ち、凭れる。 夜目にですら輝いて見える黄金色の髪が綺麗だと云われた。意志の強い碧眼が美しいと云われた。白い肌が滑らかだと。細い指がけれども努力の垣間見える指が愛しいのだと(口付けまで落とされた)。 何処からそんな口説き文句を持ち出してくるのだろうかと思う程に、男の口から滔滔と零れる言葉は滑らかで、それでも、何処か熱を帯びてはいない。まるで、日常生活で必要とされる言葉を述べるように、自然に告げてくるのだから、それは余計に珀明を戸惑いへと追い込む。 「寒い」 伝わる熱は確かに夜の冷気を和らげるが、それでも決定的なものではない。珀明が、短く、そう呟くと、龍蓮は緩慢な所作で臥牀の上の被子(かけぶとん)で自分ごと珀明を包んだ。冷気が殆ど遮断され、内に僅かに熱が籠り始める。 「寒く、ない、」 幼子のような無邪気な意思を湛えた瞳が、尋ねるように珀明の様子を窺う。触れてくる手掌は、自分のそれよりも大きいにも拘らず、幼子と譬えるのは、聊か可笑しいのだが。それでも、先程の流暢な睦言を聞いた後で、この少したどたどしい物言いを聞くと、何処か微笑ましくなるのは気のせいではないのだ。 「……あたたかいよ、」 |
▼ 龍×珀(超短文/07/08/25) |
「―――――それでだな、その時に丁度現れた絳攸様が、そいつらを一喝して一気に・・・」 「珀明」 先程から延延と珀明曰く憧れの人李絳攸の話を聞かされていた龍蓮は、それがいくら何よりも愛しい心の友の口から語られる内容だったとしても、幾分我慢の限界であった。それ故に、短く珀明の名前を呼び、(ほぼ一方的な)会話を静止した。 「先程から、珀は愚兄其の四の心の友の話しかしない。折角、珀明との貴重な時間をこうして過ごしているというのに・・・・・・珀は、愚兄其の四の心の友と私、どちらを好いているのだ、」 「絳攸様」 「・・・・・・・・・即答するとは、酷い。一体、あれにあって私に足りないものとはなんだ、」 珍しく衝撃を真っ向から受けたような龍蓮が拗ねた口調で云うと、龍蓮は斜め前方に座る珀明の袖を摘んだ。そして、軽く睨むように視線を珀明へと向ける。だが、そんな視線も全く意に介さないで、珀明はばっさりと切り捨てた。 「常識」 |