額は友情
Freundschaft auf die offne Stirn,



私の分も淹れて呉れ、と龍蓮が強請ると、心の友である少女はその顏に快い笑みを湛えて勿論よ、と云った。そして、影月君にもね、と影月にも笑みを寄こした。それに満足した龍蓮は、茶器を用意し始めた秀麗の後を、刷り込み現象で初めて見た動くものを母親と見做す雛宜しく追従する。そんな2人を微笑ましい様子で見ていた影月も、誘われるが儘に従う。
秀麗の淹れたお茶は美味しい、甘露茶なら殊更だ。龍蓮がぽつりと言葉を零す。ありがとうと云う優しい音色が、その場の雰囲気をとてもあたたかいものにするのが影月にはわかった。用意された茶器は、彼女の愛する人たちの数だけ卓子の上に置かれた、その中に自分の分も用意されているという事実が、とても有り難くて、嬉しくて、影月は生きることの喜びを改めて実感するのだ。
「影月君、悪いんだけど、そこの棚からお盆を4枚出してくれる?上から2段目のいちばん左、」
指で目当ての棚の場所を指示され、影月は快く返事を返すと、云われた通り盆を取り出した。振り返ると、龍蓮が影月の方へと両腕を伸ばし、手を開いて何やら動かしている。渡せ、と云う合図なのだろうと、影月は感謝の言葉と共に龍蓮へと手渡す。すると、流れるように、龍蓮はそれを卓子の上へと置き、待っていましたと言わんばかりに秀麗が盆の上に茶器を載せていく。
「ふむ、見事な連携、流石は心の友」
至極満足そうな言葉を漏らした龍蓮に、秀麗は呆れた表情を作った。相変わらず訳が分からないわ、とその顏が語っているのは、影月にも一目瞭然だ。
いらっしゃい、とまるで母親が子供を呼ぶように、秀麗は龍蓮を手招く。それに素直に従う、大きな子供は、見ていて何処か微笑ましい。すると、今度は影月が、龍蓮に手振りだけで手招かれる。はいー、と語尾を僅かに伸ばして、影月も傍に寄る。
湯気の立つ甘露茶は、きっと、身体だけでなく心もあたためてくれるのだろう。
「それじゃあ、私は他の皆に甘露茶を配ってくるから、2人はゆっくりと飲んでてね」
そして、盆を持ち上げようとした秀麗の手を、龍蓮がやんわりと遮った。何するの、と秀麗が口を開くよりも早く、その額へと不意打ちに軽く口付けた。ぎょっとする秀麗の表情に釣られるように(というよりも、龍蓮の行為自体に驚いて)影月も驚きの色をその顏に浮かべた。始終貼りついていると云っても過言ではない何処か達観した笑みも、このときばかりは見事にぽろっと剥がれた。だが、そんな影月の表情も、今度は自分へと迫り来ることとなる龍蓮からの額への口付けによって、瞬時に凍った。
「…なっなっ、」
「……龍蓮、さん…」
顏を紅潮させる2人の友に気を良くし、龍蓮は2人と対照的に、その顏を緩ませていた。自分としては精一杯惜しみないだけの感謝と友愛を示したつもりの龍蓮は、それはそれはとても満足し、愛しい友に淹れてもらった甘露茶を愛おし気口に運ぶ。遠くにいるもう1人の友にも飲んで欲しいと思いながら。
甘い香りが3人の周りをやさしく包んだ。





額への接吻は友情を。
『藍より〜』の「心の友へ藍を込めて〜」の最後の方の捏造話。