届かない紺碧に 届かない紺碧に 重ねたものはなに重ねたものはなに |
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「・・・好きだ、」 いきなり現れた台風のような男は、やはり不意に理解し難い言葉を向けてくる。それは何も、今回に始まったことではない。しかし、いつ聞いても、この言葉は容易には聞き流すことのできないものであり、また、それを許さぬ力が働いているかのように、龍蓮の意志は揺るぎないものであった。だからこそ、珀明は、自分も心の友としての友情の延長としての好意として受け止めることも、言葉にすることもできずに、黙してしまう。 「・・・・・・」 肩頬に手掌を添わせ、視線を交えてくる。至近距離の龍蓮の顏は、均整のとれた好ましいものではあったが、今はそれを感じるほどの余裕を、珀明は、残念ながら持ち合わせてはいない。 好いてくれるな、と、そう願う。真剣な顏をするな、と。 そんなことで、龍蓮の本気を、珀明は知り得たくはなかった。言葉にしても、抱擁にしても、接吻にしても、与えられるそれぞれが、珀明を絡め取るかのようにして離さない、離してはくれない。 「・・・・・・何も、云っては呉れぬか、」 違うのだ、と、そう云いたい。云わないのではない、云えないのではないのだと。 云わせては呉れないのだ、それをするのは、他でもない目の前の男であり、お前なのだと。 心の友だと公言していながら、こうして愛を囁き、それ以上を求めるのは、ひどく矛盾していて、滑稽だ。 「珀明、・・・珀・・・」 名を繰り返し耳元で囁かれ、抱擁が与えられる。龍蓮の肩口に頬を寄せれば、そこから心音が響いて伝わってくる。心臓の音が伝わってきているのかもしれない、もしかしたら、頸部の血管を血液が流れる拍動を感じているのかもしれない。どちらにしても、恐らく速いのだろう、と珀明は、自分のそれと較べてみて感じた。 それがどれほどのことだろうと、瑣末なことでしかないと、感じてはいたけれども、定期的に打つ低く響く音は、小さな安堵を、珀明の中に生んだ。 龍蓮が与えてくるものが、これのみなら良いのにと思う。言葉も、抱擁も、接吻も、過度な快楽もいらないから、ただ、あたたかな生命の脈打つ証であるこの響きだけで良いのだと。 「こちらを、向いてくれないか、」 少しの間隙を置いて降ってきた龍蓮の言葉に、珀明は素直に従う。龍蓮の肩口から顏を離すと、龍蓮の顏を見上げた。龍蓮の黒く長い髪が、無造作に零れ落ちてきて、その少しが珀明の頬に触れてくる。珀明は、それを、手で除けて、龍蓮の耳へと掛けた。 この髪ならば、恐らく自分は龍蓮に面と向かって好きだと告げることができると、そう珀明は常に感じている。 「・・・龍蓮」 珀明が、小さく名を呼ぶと、龍蓮は嬉しそうな顏を綻ばせる。 とても些細なことだ、ただ、名を呼ぶだけの。けれども、龍蓮はそれを喜ぶ。そして、そんな龍蓮を見ると、珀明は、時折、龍蓮がひどく無欲であるように錯覚させられる。しかし、それはただの錯覚でしかない。 龍蓮は、恐らく、殆どの人間が持っていないようなものや力を所有していながら、その癖、殆どの人間が持ち合わせているものが欠如している。それは、果たして幸か不幸か、珀明には判断できない。それは、龍蓮という存在を解せないのとほぼ同義だ。 だから、周囲の人間は龍蓮に羨望を感じ、又、龍蓮はこうして己にはないものを望む。その上で、両者は相互理解し難いものだ。珀明は、未だ龍蓮がわからない、だが、わかりたくもなかった。 「・・・すまない、龍蓮」 「何故、謝る、」 「僕は、お前の思いを受け入れられない、同じだけの思いを返すこともできない」 ただ、心の友としての藍龍蓮という存在しか、珀明には抱えきれないのだ。これまで、珀明は幾度となくそれを示してきた。態度で、行動で、言葉で。だが、ここまできっぱりと言葉にしたことがあっただろうかと、過去の記憶を呼び起こす、だが、答えは見つからなかった。覚えていないというよりは、ただ、忘れたかっただけなのかもしれない。 「それで、何故、珀明が謝る必要がある、」 「お前が・・・・・・・僕を、好きだと、そう云うから、」 だから、する必要のない辯解すら、言葉になってしまう。 だが、珀明は知っている。 好きだと、愛していると告げる龍蓮が、珀明がけしてその言葉に応えようとしない姿勢を示すたびに、哀しみと共に、安堵を垣間見せることを。その、一見矛盾した態度は、それでも、珀明にはひどく違和感を与えることなく、受け入れられる龍蓮の感情の一片であった。 それでも、龍蓮は繰り返す。そして、珀明も。 龍蓮は、己の思いを受け入れて欲しいと願いながら、もう一つの側面では、珀明の柔い拒絶を願う。 「・・・・・・好きだ、」 届きそうで、届かないのだと、珀明は思った。だが、届かないはずだ。 「そうか、」 その言葉は、思いは、けして届かない。 珀明は、龍蓮の瞳を覗いた。その、髪の色と同じような色をした瞳は、髪と同じくらい好きだった。確かに交わった視線は、そのままその距離を縮めてゆく。龍蓮は、静かに珀明の唇に自分のそれを重ねた。 けれども、髪も、指も、手掌も、腕も、唇も、身体も、届く距離に在る。 それだけが、珀明の受け入れるものだ。 「愛して、いる・・・」 龍蓮の言葉は僅かな期待を孕みながらも、むなしく、有限の空間の中に響いて、そして、消えた。 了 湿っぽい・・・・・・でも、うちの龍/珀の基本概念って、結構こんな感じだったりします。それを、いつもよりより陰鬱に書くとこんな感じ。 でも、珀明は、こんなこと(↑)云ってますけど、結局押されて押されて、思いは受け入れなくても、抱擁とか接吻とかそんなのは受け入れちゃうんですよね、矛盾だよ(ぇ)でも、不思議だね、より大人なはずの双花よりは、なんか関係が上手くいっているように見えるんだよ、あくまで私の頭の中では、だけど。素直さがまだ双花よりは龍/珀の方があるからじゃないかな(どうだろう?) つまらない内容でごめんなさい。気を落とさせてしまったら、申し訳御座いません。 |