琥珀かけらそそぐとき

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身体から圧迫感を持つ異物が引き抜かれるのを、珀明は褥子(しきふ)を逆手で掴み、又、目を瞑ることで堪える。本当は、引き抜かれる際の濡れた音も、耳を塞いで聞かなかったことにしてしまいたいのだけれども、そこまで余裕はない上に、きっと、させてもらえないのだろうと感じる。

「…っっ…ぁ、」

自分の上に覆い被さる男の、この瞬間のなんとも云えない表情を見るのが厭でいつも目を瞑っているのだが、どうしても一瞬だけ、ほんの刹那の時間だけ、僅かに開いた眼でそれを確認してしまうのは、そこに龍蓮の本音とも云える要素が垣間見えるからなのだろう。辛いのはお前ではなくて僕だ、という思いを、珀明は幾度か感じていた。

「……ぁっ」

どろりとした感触が、内大腿を僅かに伝う。その不快感に眉を顰め、龍蓮を睨んだ。

「珀…、」

肩で息をする珀明を労わるように、龍蓮は、臥牀へと丁寧に沈める。

今こうして、龍蓮は、確かに目の前に在るけれど、それでも目の前にいる龍蓮が龍蓮の全てではない。傍に居るからと云って、又、同衾したのだからと云って、この男を理解し切ることは生涯不可能だろうと云うことは、既に珀明の知るところであり、納得のゆくものであった。勿論、藍龍蓮という人物のことをそこまで知りたいと思ったことは、珀明にはないことであるし、知りたいと思ったところで無理なのだから、結局のところ瑣事でしかないのだが。

「……何故、そんな顏をする必要がある」

そんな顏をさせるために、わざわざ素直に受け入れて、抱かれてやったわけではないというのに。寧ろ、表面上は普段の飄々とした無表情だとしても、喜んで然るべきところだ。

「心の友を……珀を、」
「僕を?」

そう云うと、暫しの沈黙が場を制する。だが、珀明は言葉を重ねたものの、それ以上は敢えて続きを促さず辛抱強く待った。身体は疲れているのだけれど、何故か、頭は冴え冴えと働いているのが不思議だった。

「…珀を抱く度に、愛しているのだと囁く度に、私は、私の負わなければならない友への愛に対する責任が増すのがわかる。だが、それを負担と感じているわけでは、勿論、ない。友への愛がそうさせるのならば、私はどのような荷であろうとも、枷であろうとも抱える心算だ。だが……何故だろう、時折、無性に……切なくなる、」

平素より饒舌な龍蓮の言葉を、珀明はただ黙って受け止める。弱音のような言葉を吐く龍蓮が珍しかったわけではない、ただ、龍蓮のその問いに対する答えを見つけられないからだ。

「お前自身の問題が、僕にわかるはずもない……でもな、龍蓮、僕は一つだけ云いたいことがある」

そう云うと、一区切り入れて、珀明は龍蓮の片頬へと手を伸ばした。拇指の腹で軽く撫でると、不意に龍蓮の睫毛が揺れるのが、珀明にはわかった。珀明は、それを眩しげに見るように、薄く目を細めて見遣る。けれども、それを一瞬たりとも見逃すなと。思いながら、珀明はけして瞼を下ろさない。

「……責任を負うくらいなら、僕のことを抱くな」

龍蓮に、何かを背負わせたくて、受け入れているのではない。勿論、少なからず背負わなければならない事項は、甘んじて見ない振りをしてはいるけれど(それは、例えば、強引に押し倒してすまないとかそういう感情だ)。だが、それも愛なのだと龍蓮は宣う、そんな独り善がりな理論を、赦すことなどできない、珀明は小さく感じた。

けれども、珀明の言葉に、龍蓮は言語による答えを返さなかった。ただ、小さく顏を左右に振ることで、否、を示す。
それが、珀明にはとても腹立たしかった。だが、ここで1人怒りを露わにしたところで、ただの茶番でしかない。それは御免蒙りたい。勝手に怒ったところで、結局は何も為し得たりなどしないのだ。龍蓮の意志はいつだって金剛石よろしくかたいのだから。

「それなら、せめて、それを僕に少しは分けろ」

珀明は、自分で自分の吐いた言葉へと疑問を投げかける。どうやってと。仮令(たとえ)、そんなことができたとしても、龍蓮の感じる重荷を、珀明が理解して、同調せねばならない。それが自分にできるかと問われたところで、珀明は明確な是を返すことなどできはしないこと、大概理解していた。
龍蓮から肯定の言葉も行動も返っては来ない。

「…そんな愛され方、僕は望んでなんかいない」

龍蓮。珀明は、その名を小さく呟く。

望んで愛していると云うお前が、何故、悲しむことがある。

「悲しむな。でないと、僕は、きっと、秀麗も、影月も、救われない、」

自分の体幹の傍へと突かれている龍蓮の腕に、珀明は触れる。けれども、未だ、先程の情事の熱が殘っているのを感じて、珀明はすぐさま手を離す。熱が、再びやってくる気が、した。それでも、龍蓮が感じる悲観を打ち消すことができるのならば、再び身体を開くことに抵抗を感じていない自分も、僅かに存在するのだ。

「龍蓮、………僕が、好きだろう?」

是、という返事しか待たない雰囲気を孕んだ珀明の問いに、微笑みに、龍蓮は目を眇め、次いで、瞼を下ろす。瞼の裏に焼き付いたその表情は、龍蓮にあたたかい何かを与える。それは、暗い闇に苛まれる己を照らす晄(ひかり)にも似て。ひどく、いとしい、ものであった。

「……好き、だ、愛している、」

何遍でも云える、その事実を、想いを、龍蓮は噛み締めて呟く、まるで自分へと云い聞かせるように、力強く。ああ大きな子供のようだな、と珀明は感じる。守られる必要もないほど強い癖に、どうしてか、包み込んでやりたくなる。珀明は、つい先刻離したばかりの龍蓮の腕に、もう一度触れた。愛しいかのように撫ぜた。そして、指を這わせる。

「好きだ、龍蓮。秀麗と影月も、お前を愛している」

(だから、かなしむな)

「藍、龍蓮ごと、お前が、愛しいんだ」

まるで子供のような、けれども、何処か達観してしまった男が、とても危な気に見えて、愛しいのだ。きっと、それは、絆された結果なのだろう、けれども、それを受け入れたのは事実、自分である。
慈愛を孕んだ珀明の言葉ごと捕らえるように、口付けを落としてくる龍蓮を、珀明は、拒む理由すら最早見出さず、ただ、瞼を下ろすことで受け入れた。







珀明に、龍蓮のこと好きだとまともに云わせるのは、これがはじめてです(自分でも吃驚)。もう10本は龍/珀小説書いているはずなのになぁ…。つまり、記念すべきお話ですね!
というか、書いていて本当に恥ずかしくなりました……なんて、一貫性のない話だろう(いつものことだ)。申し訳ないです。龍珀ネタも、いろいろ書いているとそろそろネタが尽きてくるのです…誰か、ネタを私に与えてくれる方はいないのだろうか。これから、私が自分でネタを見つけてこようとすると、必ずベタなものか、パラレルなものに突き当たりそうで怖い(涙)