昨日にまさる戀しさの



紆余曲折の末、碧珀明は突然の来客を来いと、両手を拡げて受け入れた。だが、今、其の珀明を思い切り抱き締めているのは、他でもない藍龍蓮だ。体格差のせいで、抱き締めようとしていたはずの自分が抱き締められてしまっているようにしか見えないのだが、目を瞑った。珀明の頭部に頬を擦り付けるようにしてじゃれて来るその様は、宛ら大型犬のように思えて仕方が無い。時折、珀明、といとおしげに囁いてくる其の声に、酷く情を焚き付けられる。絆された。触れる吐息が産毛を撫で上げてゆく。

「・・・・・・会いたかった、」
「苦しい・・・少し、ゆるめろ」

本当に苦しいのならば(と云うよりも、寧ろ恥ずかしいのだ)、このかいなを振り払ってしまえばいいと、珀明は自覚しているのだけれど、拒絶しても一笑して若しくは誤魔化され受け流されて、離れることを許されぬときのことを考えると、逆らうのも面倒だなと云う思いに駆られる。
そして、間隙の生じた空間の分だけ、珀明は龍蓮から離れる。自由になった己の腕を擦りながら、珀明は龍蓮の表情を窺う。華美且つ珍妙な装いは取り去ってしまったため、其処に映るのは端整な顔立ちをした蔵墨藍色の髪を持つ青年だ。綺麗という表現とは聊か異なるが、それでも珀明は自分にはない魅力を其処に見出す。少なくとも、素っ頓狂な性格も行動も(飽く迄)一時的に掻き消してしまう程度には、気に入っている。此の顏が、己の吐息の懸かる近さにあるというのは、どれ程の快感だろうと考えると、身体の何処かがあわく疼く。

「・・・・・・・・・物欲しそうな、顏をするな」

腕を伸ばして、龍蓮の下ろし髪の横の一房を軽く攫み、曳いた。

「珀は、好いにおいがする、だから、」

それは、香のせいだ。珀明はそう口にしようとしたが、直ぐに口を噤んだ。流石に寝る前ともなれば、朝に焚いたはずの沈香の香りも殆ど消え掛けているのだが、それを嗅ぎ得たのはその人間離れした嗅覚か、それともそれとは異なる香りか。どちらにしても、自分としては日課となっているそのことを、女のようだとかたおやかだとか形容されるのは遠慮したいのだ。口を閉ざすのはそのせいだ。
けれども、龍蓮にそのような衝動を与えてしまう要因が自分にあるというのは、やはり羞恥を覚える。そんなつもりは全く無い、というのは紛れもない主張だ。

「・・・珀は、私が要らないのか、」
「要らないに決まっている」

己のものだとそう主張するような、純粋な支配欲とは異なるのだ、恐らくこの感情は。欲してはいけない。僅かに縋り付くような気持ちを抱いて、珀明は嘯く。その瞬間、龍蓮は薄い落胆に、何処か安堵を含んだ表情を浮かべるのだから、珀明は内心困惑する。慰めにもならない。
龍蓮は、時折、このように調子の良いことばかりを云う。判っている癖に。常に、同じ世界が視えることはないと云っているにも拘らず。そして、そんな拒絶の口実すらも、気にした素振りすらも面に出さずにやんわりと逸らす。恐らく其の自覚しての行為に、珀明は大抵憤慨するのだ。

「・・・お前がこうして会いにくる、それでいい」

別段、この言葉は飾られたものでもなく、珀明の本心であった。ささやかな願いと云えるほど、やさしいものでも甘いものでもない。ただ、それ以上は求めないだけで。けれども、何処か切なる想いも存在はするのだ。

まじまじと珀明を捉える視線は、いつだって揺るがない。そのため、珀明はいつもそれから逃げ出したいと思う。攫んだ髪の一房を下に曳き、珀明は自ら龍蓮に口付けた。その掠めるような接吻は、龍蓮によって徐々に深いものへとかわる。薄い唇を開き、龍蓮の舌が珀明の口腔へを侵す。薄い皮膜は、触れるあたたかさを感じやすい。絡めとられた舌が、甘く痺れる。

「・・・・・・ん、っ・・・」

唇同士が離れる瞬間、軽く唇を吸われて、濡れた音が響いた。それを聞かないように耳を塞ぎたい気持ちに駆られるが、緩くなった拘束は、腰に腕を廻されて再び強まっていた。この距離では、あまり意味の無い行為でしかない気もして、珀明は顏を窺わせないように龍蓮の胸へと顏を押し当てた。
無防備な耳許で、不意に名前を囁かれ、吐息が触れ、珀明はびくりを肩を震わせた。其のことに更に機嫌を良くしたのか、龍蓮は耳朶へと淡い口付けを落とし、首筋に舌を這わせる。逃れようをする珀明の身体を包み込むことで、離さない。

「・・・っぅ・・・擽ったい、」

止めろと訴える珀明の言葉に龍蓮は口を離すが、代わりに首筋を指でなぞる。やさしい仕草で、龍蓮の指が珀明の髪を掻き上げ、横のそれを耳に掛ける。それと同時に面を上げるように指で促され、半ば強引に視線を合わせられた。そして、再び落とされる口付けを、珀明は瞼を下ろして受け入れた。唇へ深い接吻を落とされる、幾度となく絡まる舌に唾液が口腔に溢れ、嚥下するに至らない。呼吸すらもままならなくなると、龍蓮は口を解放し、次いで瞼、頬、頤と順に触れてくる。あがる息を整えながら擽ったさに身を捩り、珀明は、怒りを込めて龍蓮の足の甲を踏み付けた。

「・・・・・・痛い、」
「・・・だ、黙れ・・・っ!お、お前は手加減ってものを知らないのか!」

拗ねた瞳で軽く睨め付けるような視線を上方から寄越され、珀明は息を完全に整えることができない内に云い返す。確かに、口付けにしても先に手を出したのは自分だが、ここまで好きにしても構わないというわけではない。煽るから悪いのだと云われたら、やはり返答には困るが、それにしてもだ。

「勿論知っている、今もしていた、まさに海より高く山より深く大津波よ轟け、」
「っ・・・莫迦!逆だし、意味不明だし、もっと真面目にできんのか、孔雀頭!」

龍蓮の云っていることも自分が何を云わんとしているのかも、会話が噛み合わないせいで、判らなくなって、混乱する頭を珀明は片手で抱えた。

「・・・では、判りやすく且つ真面目ならば、なにをしても構わぬか?」

視覚に訴えても、言葉を募らせる龍蓮の顏がすぐ傍にあるのが判る、というよりは見える。吐息の数すらも曝け出すこの距離は、若しや鼓動までもと、疑る心を急かす。手掌で人の揚げ足を取る龍蓮の顎を掴み、持ち上げるようにして離そうとするが、やはり力では劣るため、決定的な距離は生まれない。
とんでもないことを宣う口で、油断も隙もあったものではない手。悔しいが、引き寄せられた身体は、未だに龍蓮の身体から殆ど離れていない。

「構わないわけない・・・限度って言葉知ってるか?お前の頭は、手加減の意味を新しく更新しろ、」
「うむ、海より深く山より高く、だな」
「・・・・・・・・・・・・お前には敵わない、」

呶鳴った後に呆れたせいで、一気に身体から力が抜ける(又は吸い取られる)気がした。そのまま、投げ遣りに龍蓮の肩口へと顏を沈める。すると、腰に廻されていた龍蓮の腕に、より一層力が籠る。けれども、このかいなの強さやあたたかさだけはやはり信じられるのだと、珀明はそう感じた。安息の地というのは間違っているのだが、それでも、此処に僅かに安息を感じるのは真実だ。僅かに満足したように溜息を吐く自分に気が付いて、ああ、これを安堵と呼ぶのかもしれないと、そう、思って微笑んだ。






「海より高く山より深く大津波よ轟け」=「有り得ないくらい心の底から精一杯」(意味不明・・・)
甘甘龍/珀小説を書いた、と思ったらこれです・・・・・・どうやら、私の認識する糖度は、人様と較べて相当低いようです↓一応甘めなんだけどなぁ・・・・・・どうなんだろう。意味不明なことばかり書いてごめんなさい。私にできる甘甘って、所詮こんなものです。流石に、BLOGで本番には致せません(黙れ)でもこのあときっと致しちゃったよ、龍蓮なら(爆)