キミにつられて コイしていく |
それは、あまりにも突然の言葉だったのか、ついつい自分の理性とは関係のない言葉が、不二の口から出てきた。 その原因は、全て目の前にいる越前のせいだった。 どう反応したらよいものか迷って、不二は、戸惑いながらも首を傾ける。 「―――――だから、あんたは部長のことが好きなんだと思ってた」 繰り返すように、越前の口が動く。 「思ってた・・・?」 これは、つまり過去系だった、と受け取るべきなのだろうか、不二は考えた。 それにしてもだ。越前にそう言われ、心外だ、とすら不二は思っていた。いつ、誰に、自分が手塚を好きだ、と言ったのか、というのが、不二の正直な意見だった。 「だって、絶対俺の方が愛されてるし」 あんたに、と小生意気にも、越前は不二へと人差し指を指した。 越前の態度は、いつでもどこでも誰に対しても、こんな感じだったが、そんな越前が確かに、不二は好きだった。初めてそれを見たとき、好みのタイプだ、と思ったことも否めない。 「随分と、大きく出てくるんだね」 その自信もまた、不二の想いを煽らせる。そして、不二が越前へと向ける笑顔は、越前が好き好きででやまないものだった。 そもそも、不二には、越前に対して愛の告白などしたことはないし、越前も不二に愛を囁いた覚えもない、という、恋人同士という言葉には遠かった。だからと言って、別に2人は焦ることもなく、現状にも意見はなかった。正直な話、面倒臭い、だけだった。 「でも、手塚部長のこと好きでしょ?」 「・・・・・・なんで、そこに手塚『部長』が出てくるのかな?」 不二は、含みのある笑いで返した。そんな不二を見ながら、質問を質問で返すな、と思いつつも、その笑顔には逆らえずに、素直に答えるしかなかった。これだから、不二の笑顔は怖いもの知らずだった。少なくとも、この誰もが強いと認めている、ルーキーを黙らせるくらいには。 「なんとなく・・・あの人だけ、特別に見えた。あんたを通して見てると」 「また、勘までいいんだから」 だが、不二は、手塚を周りより特別扱いしたことはあったとしても、好き、という感情まで達したことはない、はずだった。記憶を辿ってみても。 どちらにしても、自分を初めて負かせた同級生に対して、特別扱いするな、という方が難問だったのかもしれない、不二にとっては。それに、チームメイトで友達なのだから、好きだ。嫌いなことはない。だから、こうして、今も、不二は越前の言葉を肯定するまではいかなくても、否定はしなかった。しかし、そう思った不二だが、好きなんて、口にも出さない方がいい、と瞬時に理解した。 「俺の方が愛されてる、んじゃなかった?」 「そりゃ、当たり前」 「なら、それでいいじゃない」 「・・・じゃあ、誓って。絶対に、あの人を好きにならない、って」 不二の手首を軽く掴んで、視線を合わせた越前の表情は、まるでこの話題のネタになっている人物のように真面目で、仏頂面で、凛々しい、と不二は思う。この時、2人が何処となく似ている、と感じたのは、不二の中だけでの秘密だった。勿論、意識して2人を比べたわけでもない。 「卑怯だね。キミを嫌いになって、他に好きになるとしたら・・・きっと、手塚しかいないと思ってたのに」 その言葉に冗談が含まれていることは、越前には理解できたが、それでも内心は穏やかではいられなかった。 「で・・・・・・」 「でも、今、僕にはキミしかいないんだよ・・・越前」 まるで、幼い子供が母親にそうするように、不二は越前の肩へと凭れる。そうすることで、お互いの不安を消そうとするように。 越前は、首や肩や頬に触れてくる不二の髪が、やけにくすぐったく感じて、自然と顔に、微かな笑みが零れてきそうになる感覚に見舞われた。だからなのか、不二が自分の言葉を受け止めて、誓ってくれなかったとしても腹は立たなかったし、それ以上に、こうしてくれたことだけで、満足ではあった。 「・・・好きだ」 不二の口から零れる言葉は、初めて越前に向けられるものだった。しかし、それ以上深く追求することを拒むようにも、越前には感じられた。あえて、その感覚に従う。従わなかったとしても、越前の言葉は、いとも容易く、不二にあしらわれるだろうが。それでも、そんな不二を越前は愛しく思うだろうし、不二は越前を愛しく思うだろう。 「やっぱり、俺の方が愛されてるよね」 不敵な笑みを浮かべて、それでも、嬉しそうな表情で越前は呟き、それにつられるように、不二は改めてその表情を綻ばせる。 他愛がなくて、でも、嬉しい。 何が大切だなんて考える前に、体は勝手に動くもので、越前の腕は、必然的に不二へと回された。 もう抜け出せないとわかっても、既に遅くて、だからこそ、自分はそうなるのを期待していたのではないか、と思ってしまう辺り、越前も相当重症だった。 お互い、自分のペースに持ってこようとして、結局、お互いがお互いのペースにつられてしまう。擦れ違っているわけではないが、妙に不安定で感情的だ。 そんな2人は恋している。 きっと、それはまだ、お互いの知り得ないところで。 END |