※ このお話は、立川恵先生の同人誌『タカマガハラ番外編 コイウタ。』のネタばれを含みます |
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那智がうっかり口を滑らせたことで、泰造たちに隠していたことがばれそうになり、慌てた颯太の苦し紛れな提案に、泰造と鳴女の2人を残して、5人は視界に入らない程度に遠く離れた。 もう、随分と長いこと目にすることのなかった景色を懐かしみ、見渡す限りの自然に、息を呑む。そこには、見たことのない、白い花が咲き渡っていた。それぞれが、今見た風景を目に焼き付けた・・・それこそ、もう、2度と目にすることはできないだろうという気持ちが、彼らをそう駆り立たせるのだった。 歩き始めて暫くして、結姫が、笹に結ばれた短冊を見つけ駆け寄った。思いを籠めるようにして短冊を見つめている結姫に気が付くと、隆臣が思い出したように口を開いた。 「・・・そっか、今日は七夕か」 その言葉に、周りも納得する。 そういえば、そんな風習があったな、と颯太は記憶を辿った。そして、今まで高天原で過ごしてきた七夕のことを思い出す。 「なあ・・・確か、中ツ国の七夕(旧暦)は、高天原で『幻珊瑚の祭り』があった時期と重なるな」 リューシャーの都を訪れる前に立ち寄った村で催されたその祭りで、颯太は、傍らに中ツ国の自分を見た。泰造や隆臣も。その不思議な現象に、驚くと共に、嬉しさも込み上げてきたことを今でも覚えている。 そんな颯太の言葉に、短冊を手にしながら圭麻が反応した。 「・・・うん。もしかしたら、その影響で・・・『泰造に会いたい』。亡くなった鳴女さんの思念が具現化して、こうして今だけ・・・夢に現れているのかもしれない・・・」 圭麻の言葉に、颯太たちからは言葉が生まれてくることはなかった。それは、何も言うことができなかったからだ。 有り得ないことだと、普通の人なら笑うかもしれない。けれども、泰造の思いが強いことを、彼らはよく理解していた。だからこそ、鳴女が、そんな彼の想いに、ここまで応えていることが、5人は感動を覚えさせ、また、居た堪れなくさせるのだ。 言葉には表すことはないが、彼らの心の内に響く思いは同じだった。 どうか、どうか、会えますように・・・・・・と。 日が沈みそうだ、と、誰かが言った。泰造たちの逢瀬は、まだ続きそうだった。 「なんだか、もう、あっちの隆臣と全然変わらない・・・・・・可笑しいね、時間の流れが違うのかな」 結姫の言葉に、隆臣は頷いた。隆臣にしたらそんなことどうでもいいのだろうが、結姫の話だからだろう、しっかりと耳を傾けているのは。颯太は、2人を見ながら思った。 しかし、確かに、最後に見た高天原の颯太と今のこの姿には、殆ど成長した様子は見られなかった・・・結姫は少々例外なのだが。2つの世界の時間の流れが違うことを、颯太は承知していたが、中ツ国では、もう5年近く経っているのに、このこちらの世界の変化の無さには疑問を抱きたくなった。それとも、今、こうして高天原にいることは、また、何か違う仕組みによるものなのかもしれない、と颯太は考える。 しかし、残念なことに、今の自分には、それを調べるだけの時間が残されていない。こちらで眠りにつけば、意識は中ツ国へと舞い戻り、もう、2度とこの地に足を踏み入れるのを感じることはできなくなる。およそ5年ぶりに甦った鮮やかな記憶がそうさせているのだろうか、無性に寂しさが込み上げてきた。 「・・・颯太!」 どん、と体当たりされて、颯太は少しよろけた。 激突してきた本人へと視線を向けると、那智は、何かを思いついたかのような、まるで子供がするような興奮した顔を見せて、颯太を見上げていた。その様子に、何か嬉しいことがあったのかと、颯太は思ったが、それを聞く前に、那智に手を強引に引っ張られ、来いという言葉と共に、今度は圭麻たちから遠ざかり始めた。 「どうしたんだっ、おい、引っ張るな」 服が伸びる、と抗議するが、那智はお構い無しに進もうとする。 つまりは、重要な何かがあるということなのだろう、と那智の態度から理解は出来る。それを拒む必要も、つもりもなかったが、もう少し落ち着きを持って欲しい、というのが、颯太の何年も前からの願いだ。 「圭麻、ちょっと用事があるから、こいつ連れてく!」 あてられては堪らないと、結姫と隆臣から少し離れて、1人でのんびりと高天原の時間を過ごしていた圭麻に向かって、那智は叫んだ。 離れていく2人を見て、結姫や隆臣は不思議そうな顔をしたが、圭麻はおやおやと、何か含みのある笑顔を見せながら、ごゆっくりというのだから、颯太は何故か、する必要の無い言い訳を考えていた。 那智は颯太の腕を掴んで、先程、泰造たちから遠ざかった距離よりも、まだ遠くへと足を運んだ。言葉を一言も発すことのない那智に、颯太は、ただ黙ったままついていくことしかできなかった。 そして、颯太がその真意を図りかねているうちに、那智の足は急に止まった。 「よし、ここならいいな」 周囲を見渡して、那智は、誰もいないことを確認した。 落ち着きは取り戻したようだが、息は少し荒かった。急いできたのだから無理もないが、颯太自身も少し息が上がっている。 颯太は、那智の姿を見た。高天原の那智を見るのは、かなり久しぶりだったせいか、こうしてまともに目にすると、昔の記憶がいろいろと思い出されてきて、嬉しいのと同時に、しんみりとくるものがあった。 高天原での那智と颯太の身長差は、もう、現在の中ツ国の2人のそれとほぼかわらない。しかし、男と女では、身体のつくりが根本的に異なるので、触れてくる手の感触も、やはり、中ツ国のときに比べて柔らかさを感じる。 「・・・那智?」 何がしたいんだ、と、尋ねてみるが、暫く返事は返ってこなかった。 「・・・・・・俺、もう願ったって女になれないって、前にも言ったよな?」 「この間、レポート貸したときか?」 少し声が震えているように聞こえるのは、颯太の気のせいなのだろうか。しかし、それは怯えといった類(たぐい)のものではなく、まるで、何かに対しての喜びの表れのように感じられた。 「ああ。・・・・・・お前が、俺の歌・・・好きだって言った」 それは、確かに颯太の口から告げられた言葉だ。しかし、いざ、言った相手からその事実を告げられるのは、非常に恥ずかしさを感じるものだった。鏡で確かめる必要もないくらいに顔が紅潮してくるのが、颯太にはわかった。それを、押し返すようにして、颯太は言葉の先を促すと、那智は、じっと颯太の眸を見据えた。真剣な眼差しだ。 「・・・最後だ。最後に、お前に聞いて欲しい・・・こっちの俺の歌を、」 好きだ、と言ってくれたから。 聞いて欲しいと、確かに感じた相手に。 那智に掴まれたままの腕に、熱を感じた。そして、颯太は、那智のその言葉に、喜びと哀しみの2つを同時に感じ得た。 わかっている。もう2度と、高天原の那智の唄声が聞けないことは。 納得もしている。しかし、その事実を、中ツ国の那智に言われるのと、こうして高天原の那智に言われるのは、現実味が違った。2度とではなく、もう、一生聞くことが出来ない、という重みがある。そして、もう、2度とその姿を眸に映すことも出来ない。 気付けば腕を引いて、そのまま腕の中に、那智の身体を収めていた。 「・・・そ、颯太?」 初めての感触に、颯太は、戸惑いを隠せずにいる那智の髪へと顔を埋めながら、泣きたくなりそうな衝動を抑えた。 「ありがとう・・・」 最後に、自分の為に唄ってくれるという那智の思いが、ただ嬉しかった。 陳腐な言葉しか出てこない代わりに、颯太は、抱きしめる腕を一度緩めると再び抱擁した。 那智の口から再び颯太の名が呼ばれると、颯太は我に返って、那智の身体から回されていた腕を離した。 触れ合っていた場所から温かさが失われて、那智は心許なさ覚えた。もう少し触れ合っていたいと感じていたことを自覚したせいか、逆に、顔の温度は上がっていくのがわかった。 「・・・ごめん、急に」 那智は紅潮した顔を隠さずに頭(かぶり)を振った。 嫌であるはずがなかった。自分から異性に抱きつくことはあっても、今迄、その逆は殆ど経験のない那智が、今の颯太の抱擁に心地良さを感じたのは確かだった。 「・・・・・・聞いてくれるんだろ?俺の歌」 那智は、颯太の返答を待たずに、両肩に手を添えて、その場に座らせた。 そして、颯太から2、3歩後退して、深呼吸した。眸を閉じて記憶を辿り、身体に沁み付いている歌を、ゆっくりと曳き出す。久しぶりに、歌うという感覚が甦り、那智は、身体が、口先が震えるのがわかった。 そして、始めの一音を紡いだ。そこからは、あっという間だった。 『月桃の花(フスティシア)』 川の流れのような穏やかな調べに、颯太も眸を閉じた。いっそ、このまま時が止まってしまえばいいとさえ感じた。 脳裏に現れたのは、数年前のタオナの村で、那智が墨頭虫(カーボン・ヘッド)の子供に、この歌を歌っている光景だった。その時と同じ雰囲気が、今、2人の周りを包んでいる。 この歌を心に焼き付ける。 染み付いて離れなくなればいい。 歌が終わると、満足そうな那智の表情につられるように、颯太は微笑んだ。立ち上がって、心からの讃辞の拍手を送る。 「・・・颯太、」 颯太の方へと近付いてきた那智は、颯太の名をぽつりと呟いた。そして、満足げな表情を一転させた。何とも言えない、複雑な思いを抱いている、と感じさせるものへと。それきり、下を向いて黙ってしまった那智に、颯太は力強く言い放つ。 「絶対に、忘れない」 もし、これが単なる夢の中の出来事だったとしても、今口にしたその言葉に、偽りはなかった。 那智は、更に颯太との距離を縮め、颯太の胸へと額を押し付けた。こうすれば、颯太は触れてくれる、そう思った。そして、忘れないと、そう言ってくれたその口で、名を呼んで欲しかった。 「那智・・・?」 「・・・ありがとう、颯太」 その言葉を聞き、颯太は、片腕を那智の身体に回した。 空を見上げながら、もうこちらの那智に触れることが叶わないのだと思うと、無性に離れがたいものを感じた。ある意味で、この高天原の颯太の身体から意識が離れるよりも、それは強いのかもしれなかった。 「・・・・・・・・・そろそろ戻ろう、皆が待ってる」 考えていたことを全て振り払って、颯太はそう口にした。 那智に触れていた手は、そのままその腰へと添えるようにして、先へと進むように促す。 夢を見ることを許された自分たちが、漸く、本当に終わりを迎えるのだ。そう感じて、颯太は目を瞑る。 この最後の記憶が、笑顔と、優しい調べに包まれていたことを、嬉しく感じた。 END. これは、立川恵先生の同人誌『タカマガハラ番外編 コイウタ。』のネタバレを含みます。といよりも、そこからの捏造が殆どです。捏造ONLYです。 カップリング、とはっきり言えるようなものが初めて書け・・・た?やっぱり、颯太那智。隆臣結姫も勿論好きですvvなんだか、勝手に解釈してしまったので、内容がわけわからないところがあるかもしれませんが・・・見逃してやってください。 颯太×那智が書きたいにもかかわらず、抱擁以上が怖くて書けません・・・(悩み)。なんか、イメージが崩れそうな危惧がしてならないのです・・・。基本的に、私は女性向けばかり書きますが、なんか、その点では、この2人は曖昧です・・・・・・。何処に、境界線を張ったらいいのかわからない関係です。ばばーっと、くっついちゃうのも嫌だし、ずっとこのままも嫌。・・・・・・大変です。 >> 内容と題が、なんだか一致しませんが、御題クリアのための苦し紛れの結果だと思って欲しいです。(汗 |