じれったい奴等め
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「・・・最近、いつにも増して、本を読んだり調べごとをしたりしていますね。」

ふと、後ろから話しかけられて、颯太は振り返る、その丁寧な口調のため、声の持ち主は迷うことなく察することができた。手にしていた本に栞を挟んで閉じる。長い時間集中していたせいか、少しだけ目に疲れを感じた。こればかりは、慣れるものではないので仕方がない。

「圭麻・・・。」

周りを見回してみても、教室にはもう1人も残ってはいない。所々、机の上や横に鞄が置かれているのは、恐らく図書室や、部活に行っている者がいるからなのだろう。斯く言う颯太自身、普段は図書室に通い詰めているのだが。

「颯太の癖ですよ。」

突然、予期しなかった言葉が圭麻の口から発せられたので、颯太は直ぐには反応できず、数秒の沈黙を守った。圭麻の言葉に思い当たる節はなかったからだ。何が、と尋ねると、圭麻は含みのある笑顔で答えた。

「それです。・・・何か悩みがあったりすると、勉強や調べごとに熱中してしまう・・・那智が声を掛け辛そうにしていましたよ。」

颯太の持つ本を指差し、圭麻は淡々と告げた。

「・・・・・・。」

自分にそんな傾向があったのかと、颯太は驚き、言葉をなくす。それが、本当だとするなら、よく観察していると感心してしまう。颯太自身ですら、考えたこともなかったことだ。それは、偏に、勉強や調べごと、それ自体が癖のようになっているからだ。
那智が声を掛けようとしていたことにも気付かなかった自分に、颯太は少し後悔した。しかし、普段の那智なら、後ろから激突してでも、話をもっていこうとするはずなのに、今回に限って引き下がったのは何故なのか、颯太は疑問に思った。そして、教室の出入り口に目をやった。

「・・・まあ、遠回しに、悩み事があるのでは、と聞いているんです、これでも。」
「本当に遠回りだな。」

知り合って数年経つが、未だ掴み兼ねている圭麻という人物を、颯太は見つめ直した。自分の苦手な話(怪談)をする彼に、多少の苦手意識が芽生えるときはあるものの、基本的には、真面目で親切だとは思っている。趣味が廃品回収であることも知っている。高天原で、それらを片付けていたのは颯太だ。しかし、本質的な部分には、そう簡単に踏み込めるはずもない。

「口には出せませんか?」
「言葉には・・・しない方がいいんじゃないか、と思っている。」

言葉にすることで、今まで積み重ねてきたものが、全て崩れてしまうのではないか、と思う。

「自覚しているなら、まだましなんでしょうね。でも、溜め込み過ぎるのはお勧めできません。」

圭麻の言葉に敢えて何も答えず、颯太は考え込んだ。そんな颯太に、はばかりもせず、圭麻は言葉を続けた。

「でも、そういったことは、言葉にしないと始まりませんから・・・特に、颯太の場合は少々特別ですし。」

颯太はそれを聞いた途端、言葉を失った。その、颯太の悩みをわかっている、という口振りは、颯太を驚かせるには十分なものだった。目を見開いたままで黙っている颯太を見て、圭麻はやはり笑う。

「・・・・・・・・・何を知ってるんだ?」

そう言ってはみるものの、自分の悩みを誰かに打ち明けたこともないし、多少なりとも口にしたこともないので、颯太には心当たりはなかった。
一方の圭麻は、ただあっさりと言葉を紡いだ。それがまた彼らしくて、颯太は余計に戸惑う。

「まあ、大方。」

大方、ということは大部分のことを知っているのか、と颯太は溜め息を吐いた。つまり、圭麻に対しては、何も隠すことができていなかったのだ。悔しいというよりは、情けなさを感じた。

「・・・・・・こんなことを話しているよりは、那智を呼びに行ったらどうでしょう?」

さり気無く核心を突いてきた圭麻に、今度は冷静さを保ちながら答えようと努めた。

「圭麻・・・お前、イイ性格してるな。」
「よく言われます。」

颯太の言葉を軽くかわし、圭麻は颯太を促す。全く、進歩のない人たちだとは思うものの、それは本人次第であるので、圭麻は颯太に対して、こうしろああしろとは何も言わない。颯太の悩みは、そう簡単に解消されないだろうことは、わかってはいたが、そう難しくはないだろうとも思う。

「・・・複雑ですね。」

圭麻が小さく呟くと、颯太は黙って頷く。そんな姿を見て、圭麻は苦笑した。
颯太が賢いことは、今までの付き合いから、圭麻は十分理解している。今抱えている悩みも、おそらくいろいろ考えて、何かしらの結果を導き出すのだろう。きっと、悪い方向へは進まないだとうと思う。

「応援しますよ・・・悩みが解消するように。」

素直にありがとうと口にした颯太に、帰ることを告げ、圭麻は鞄を持って教室を後にした。颯太は、この後、那智のもとへ行くのだろうか、と思いながら。





「・・・・・・何、話してたんだよ、圭麻。」

教室から少し歩いた場所で、圭麻は那智の姿を見つけ、名前を呼ぶと、向こうもこちらへと気付いた。圭麻が近寄ると開口一番にそう話しかけられた。何のことか、と敢えて尋ねる。

「颯太とだよ。教室で。」

心なしか、睨んでいるように見えるのは、圭麻の気のせいなのだろうか。

「ああ、そのことですか・・・・・・見てたんですね。」

だったら、会話に参加してくればよかったものを、と圭麻は思ったが、颯太に無視されてご機嫌が斜めだったのだろうと思うと無理もない。目の前の那智は、今はどちらかというと、そんな自分を差し置いて、颯太と話をしていた圭麻に対して思うところがあるようだった。
対する那智は、圭麻の言葉など気にせず、圭麻からの返答を求めていた。

「颯太、今、悩みがあるらしいんですよ。・・・・・・それで、ちょっと相談らしき話をしていたんです。」

その原因が、今、自分の目の前にいることは、けして口にしない。

「悩み?颯太の?・・・何だよ、それ。」

案の定、圭麻の言葉に食いついてきた那智を見て、圭麻は思わず笑ってしまいそうになった。

「颯太のことです、俺が話すわけにもいかないでしょう。」

言えないこともないが、那智に話すことだけは無理だと、圭麻は思った。本人が言う気になっていないことを、自分が言うわけにもいくまい。更に話が複雑化してしまいかねない。もしかしたら、結果オーライとなる可能性も無きにしも非ずではあるが。

「圭麻には話したのに・・・俺には、何も言わないんだな、颯太の奴。」
「いえ、俺は何も言われてませんよ。正確には、知っていた、です。」
「・・・颯太のこと、よくわかってるんだな。」

面白くなさそうな様子が見て取れて、本当に、わかりやすく、じれったい人たちだ、と圭麻は呟きそうになり、寸でのところで抑えた。そんな姿にも、微笑ましいものはあるが、見ているこちらは痺れを切らしてしまいそうになる。

「・・・別に、心配することなんてないと思いますけど・・・考えているよりも、行動に移ってみたらどうでしょう?その方が、よっぽど那智らしい。」

もしかしたら、颯太が探しにやってくるかもしれないが。そして那智は、促されるように、圭麻に別れを告げて教室へと向かった。これでは、颯太が来ることはあるまい、と思った。実際、どんな時も、行動に移るのは、颯太よりも那智の方が大抵素早い。
そんな後姿を見ながら、圭麻は笑みを浮かべる。
早くこのじれったさから解放されたいと思いながら。





END.

やや圭麻視点に偏った、颯太と那智の話。颯太⇔那智なのですが・・・・・・ぼかしてありますね、下手に。番外編同人誌を読むに、圭麻はこの2人の『何か』を察しているようなんで、こんな風な話になりました。まあ、じれったい、と感じているのは、私自身ですね(笑)
颯太は、那智のことを気にしているけれど、こう・・・いろいろ悩んでいるんですね。男同士とかそんなことで。一方、那智は、思うが侭に行動しているだけなので、颯太ほど悩んでなさそう・・・思ったら即行動派だからでしょうか?
思うんですが、この2人の告白話を書くとしたら、颯太からかな・・・なんて。(ただの妄想ですが、ええホントに。)