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     描
   が             い
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                         て
                            

                              く

御題配布元 : http://www5.pf-x.net/nicolle/



本日も、激しい討論を幾度か繰り返し、仕事を終える。尚書室は、換気も空しく酒気に満ちており、それが日常であるにも拘らず日毎愚痴を溢してしまうのは、恐らくお互いの相性が悪いからなのだろうと、欧陽玉は平素から嘯いている。

早々に帰るべく、机案の上に散らばった書簡や筆を片付ける。
牀に無慚にも転がっている酒樽や酒瓶も相変わらずな光景だ。こんなものが日常と言えるほど身についてしまった自分の感覚が憎い。そして、それ以上にこの呑んだくれ上司が憎い。
兎も角、この酒樽は下吏に片付けさせることにしているので、玉が頓着することではない。

「―――――おい」

未だ立ちながら酒瓶を煽っている上司が近付いてくる。その瞬間、酒気を帯びた空気が搖らぐ。

「なんですか…….」

大儀そうに面を上げ、上司の顔を確認しようとする。が、次の瞬間、玉の髪を括っていた髪紐を半ば強引に解かれ、肩を少し過ぎたばかりの長さの髪が重力に遵い波打つ。
突拍子のない行為に、苛立ちを隠そうともせず、仕返しだと言わんばかりに、飛翔の額に巻かれている布を引っ張る。同時に数本の髪も掴んで引き抜いた気がしなくもないが、それは敢えて気付かなかったことにしておく。痛ぇと文句を言われるが、これも積極的に聞かない振りをする。

「……いい度胸してんな、お前」

ぼさぼさ―――元からだが―――になった髪を掻き揚げる飛翔に、玉は冷ややかな笑みを向ける。

「それは、どうも」

この上司に、今更どのような悪態をつかれても痛くも痒くもない。それよりも、飲酒のために職務怠慢でいる方がより辛い。

「犯すぞ」
「今更ですね」

脅し文句も素知らぬ態度で受け流し、解かれた髪をも放置して、再度書簡へと意識を傾ける。
不快にも纏わりついてくる飛翔の雰囲気によって、彼の機嫌の悪さが伝わってくる。それは、この室に満ちた酒気と同様、玉を侵そうとしている。
その様子が可笑しくて嗤うと、急に髪を一束掴まれて、視線を合わせるように強いられる。痛いと謂うのも癪に障るので、

「この後、俺の邸に来い」
「厭ですよ、」

間髪を入れずに返答する。

「折角の公休日を無駄にしたくありません。明日は、珀明様のお邸を訪問させて戴くのです」

今夜拘束されて、明日無事でいられる自信はない。恐らく、善がり、声が嗄れるまで攻め立てられるのだ。それを理解して尚、はいそうですか勝手にどうぞなどと首肯するはずもない。

「来い」

再び飛来した先程以上の端的な命令口調に、玉は呆れて視線を逸らす。
この歳になって、純粋に愛情を求めているわけではないが、それにしてもこの感情表現の仕方はないだろう、好きになった相手を虐めることしかできない人格形成未発達で恥じらいを感じる少年でもあるまいし。寧ろ、その対極に位置する男だろうに。

「……それは、長官命令でしょうか、管工部尚書?」

自分も相当大人気ないとは思うが、向けられる少々据わった瞳に対抗するように言葉を紡ぐ。

「お前が来るなら、んなこたぁどっちだって構わねぇんだよ」

舌打ちと共に返ってくる言葉に、玉は放胆な笑みを浮かべる。
これで、肯いていたら後頭部を牀に転がっている酒瓶で打ち付けていたところだ。返答は満点を与えられる出来ではないけれど、この男にしたら及第点だろう。長官命令で抱かれるなど、以ての外である。他を当たれ。

しかし、誘いの文句くらい、もっと優雅に述べてくれてもいいだろうに、この男にはそのような教養は備わっていないのだ。そして、珀明にどのような詫び状を送ったら好いものかと考えている時点で、既に自分も腐蝕されている。

「…いいですよ、では退出しましょう」

聊か面倒になり、玉は片付けを放棄して退出の準備を始める。一度肚を括ってしまえば、拒否の言葉は再び生まれてくることはない。
室に他の官吏が殘っていないことを確認すると、灯を消そうと手を伸ばす。

「髪、直さないのか?」
「貴方がそれを仰いますか、この鶏頭」

飛翔を睨むが、大して効果がないことはわかっている。
ふと灯が失われ、移動用の燈籠が仄かに室内を照らしているのみである。飛翔の顔の輪郭がぼんやりと曖昧なものになり、けれどもそれが小憎らしい笑みを湛えていることだけはわかる。

「億劫です、」

普段なら有り得ないことだ。

「…どうせ、直ぐに剝かれてしまうのならば」

玉の言葉に、違いないとのたまう飛翔の肩へと、玉は身体を傾ける。
憎らしい、そして、心の何処かでは愛しさも存在しているのだ、悔しいことに。そして、その二者の差は毫毛だ。
頤に軽く触れてきた飛翔の指によって上を向けさせられ、苦笑を洩らす唇が降ってくる。その瞬間、否が弧を描いて落ちてゆくのが、玉にはわかった。







2人は、この後珀明に詫び状を認めます。明日の訪問は急遽中止(笑)そして、翌朝の玉の無事を祈るばかり。
最近、工部の2人がやけに愛しい・・・・・・まあ、一番は龍/珀ですけど(それにしたって、工部は龍珀よりも原作での要素が強い)。もっと原作で(2人一緒に)登場してくれたら妄想意欲が掻き立てられるのですが・・・・・・。