花に喩えるほど君は弱くない 御題配布先 : http://cabin.jp/antique/ |
「―――――お前、何かあった?」 居候で肩身の狭い立場に居るはずの熊のような男がまるで自分の家であるかのような態度で、帰宅した静蘭を迎え、すぐさま向けた言葉に、そんなわかりやすい態度だっただろうかと顔を顰める。 この男には、どんなに笑顔やなんでもないという表情で取り繕うとしても、全て無駄であることを、遠い昔からわかってはいるのだが。 「・・・燕青、どうでもいいが、お嬢様たちはどうした?」 暢気な表情を顏に貼り付けた燕青に、静蘭は睨みを利かせながら訊ねる。最早、燕青の質問に答える気は更々なかった。何せ、最近の米の減少が速い元凶でもあるのだ。 唯でさえ秀麗と影月は、茶州州牧として遠い茶州州都までの旅を控えた大事な存在である、少しでも目を離すだけで、彼らの身に何か起きても可笑しくない状況に立たされている。 「ああ、姫さんと香鈴なら先刻まで2人でお茶しながら話してたな、今は夕飯作ってる。影月は、それを手伝おうとして、香鈴に殿方は引っ込んでいて下さい、とか言われたせいで室(へや)で本でも読んでるはずだぜ」 俺は庭院(にわ)でちょっと特訓、そう言う燕青の手には見慣れた棍が握られている。燕青の得意とするその棍は、とてもじゃないが自分に扱うことはできないと静蘭はいつも感じる。無論扱いたいと思ったことは1度もないのだが。 「・・・んで、そんな不機嫌な顏になるようなことがあったんだろ?」 話を逸らしたつもりが、再び蒸し返され、静蘭は苦い表情を浮かべる。まさか、先程あった出来事を話したいとは思うはずもなく、一向に燕青に返す言葉が見つからない。 それよりも、何故、この男はこのように気付いてしまうのだろう、と静蘭はいつも不思議に思う。大雑把で図々しい男なのに、何故かこうして人の感情の変化には機敏だ。 燕青の顔を見ても、むさ苦しい髭を生やしたそれしか目には映らない。 「・・・・・・・・・燕青、私は弱いか?それとも、強いか?」 楸瑛は、弱くないと言った。寧ろ、獣のような存在だとまで。飽く迄、他人の評価にしか過ぎないのだが、それでも楸瑛が静蘭を見る観点が、どうしてか静蘭自身には耐えられなかった。 弱くないと言われた、だが、強いわけではないはずだ。 「・・・静蘭、」 名を呼ばれて、燕青の武骨な手が静蘭の頬を軽く叩く。俯き加減の静蘭の顏が、高い位置にある燕青の顏へと向いた。けれども、頬に触れた大きな手は、離れることがなかった。 一瞬、目が覚めるような感覚に襲われた。 「・・・・・・お前は、弱いよ」 優しく囁くように言われて、何故か泣きたい衝動に駆られた。 強いと言われたならば、自分は余計に頑なな態度をとったのかもしれない。強いと、頼りになると認識されているということは、何が何でも弱みを見せてはいけないと示唆されているようであるからだ。それが嬉しいこともあるが、つまりは心が休まることがないとも言える。 そんな風に自分を見ている存在は邵可ぐらいなものだ、静蘭は心の中でひとりごつ。 「それに、優しい・・・・・・だから、強くなるれるんだろ?少なくとも俺はそう思ってるな」 それなのに、そんな静蘭の心情を察したかのように、燕青は弱いと告げた。矜持の高さ故に、それが許せないと感じることもある。だが、その言葉は確かに静蘭へと僅かでも精神的な余裕を与える。 「でもな、静蘭が弱くても誰も責めないぞ?・・・・・・今は俺もいることだしな」 そう言った後、漸く静蘭の頬から燕青の手が離れた、瞬間、そこから温かさが消え、もどかしさを感じる。 「・・・・・・弱いよ、お前は弱いから優しい、だから俺はお前が好きだし、傍にいる。文句のつけようもないくらいに強くなったら、それこそ俺なんてお役御免だからな」 そして、にかっと幼さを思わせる笑みを浮かべる。それなのに、自分に向けてくる言葉の数々は、いつだって優しくて、正しくて、それに何度救われただろうか。 お前は強くて、その上優しいのか。 だから、自然とその周りには人々が集まってくるのだ、静蘭は瞼を下ろした。 「莫迦だな・・・私は」 このように言葉を投げ掛けてくる存在は何処にもいなかった。けれども、敢えてそれに気付こうとしなかったのは、紛れもなく己自身だ。 顔を歪め、僅かに泣きそうに見える静蘭を見て、燕青は大人びた笑みへと表情を変えた。面倒見の良い、温かなそれだ。 「お前がさ、これから強くなって・・・・・・それでも、俺が傍にいることを許してくれるっつうなら、そりゃあ勿論嬉しいし、」 「言うな」 思えば、今まで、自分は無意識にこの男に頼っていたのだ、静蘭は表情は変えずに嘲笑する。これ以上言われたら、本当に意識的に頼ってしまいそうだ。 まだ来ぬ前途への希望を抱いてしまう、そう感じ、静蘭は燕青の言葉を遮る。 「・・・・・・お前の背中は、私のものだ」 例え弱いと言われようとも、その頼りがいのある大きな背を護るだけの力はある。 「・・・おう、俺の背中は静蘭のだな」 数拍置いてから、本当に嬉しそうな表情を前面に押し出して、燕青は静蘭の頭へと触れた。それから、後頭部に添えられた手によって引き寄せられ、耳元でお前の背中も俺のだぞと、笑いを含んだ低い声で囁かれた。 その後、頭を数回撫で回され、それがまるで子供にするような所作であったため、不機嫌な表情に戻った静蘭によって、燕青は足を踏みつけられた。 了 やっと書けた、本命(の1つ)双玉(燕青×静蘭)。 『花に喩える・・・』はこれで3話目ですが(話が繋がる必要性はあまりない)、まさに、これを書くために1話目の楸静があったのかなぁ・・・って(笑)ごめんね、楸瑛。でも、1話目を書いたからこそ、この3話目が生まれました(ぶっちゃけ2話はなくても話自体は通じる)。 因みに、この話は秀麗と影月が州牧の位を与えられてから茶州に赴く前の僅かな間の出来事(・・・果たしてそんな時間があっただろうか・・・思い出せない)。 でも、静蘭に弱いと言ってくれる燕青だからこそ、静蘭は無意識にでも頼っているんだといいな。確かに、剣の腕は2人の大将軍に勧誘されまくるほど確かなものだけれど、あくまで精神的な方に傾いてます、この場合。 いやぁ・・・それにしても、初めて双玉書いてみて、静蘭ってツンデレだなぁって改めて思いますvvv(1番ツンデレは絳攸だけれど、その後に珀明と静蘭がいる感じ。) |