に溺れる愚者



押し倒されてから暫くして、龍蓮の唇が、暗い部屋の中で殊更際立つ珀明の髪から唇へと下りてきた。自然とも言えるその流れに、珀明は応えるように薄く口を開く。深く交わり、舌が絡む。うっすらと珀明の眦が濡れる。
随分と慣れてしまった行為だ。慣れさせたのは紛れもないこの目の前の男で、甘んじて受けてしまったのは結局のこと自分だ。珀明は、微かに眼を開いて龍蓮の表情を窺う。
臥牀の軋む音がやけに響く。

「・・・・・・受け入れて欲しい。」

乞う黒曜石の瞳が濡れた碧眼を捕らえる。

龍蓮がこの言葉を口にするときは、決まって抱かれると珀明は知っていた。この言葉は承諾を得るための言葉ではない。敢えて言うとすれば、念のための確認だ。珀明が否、と言っても、結局は行為に及んでしまう。

「ここまでしておいて・・・今更言うのか、お前は。」

逃げることができないように手首を掴んで、好きだと告げた口で接吻までして、臥牀に押し倒して。あろうことか、自分を好きかどうかまで尋ねてきた。それなのに、今更抱くことに了承を得るのか。
行為自体が強制ではないことはわかっている。珀明が本気で嫌がれば、引くことのできるくらいには理性的で賢い男だ、龍蓮は。

見上げる男の表情は無機質であると同時に、何処か幼さを感じさせる。受け入れて欲しいと口にするときは決まってこんな顔になると、珀明は知っている。所詮、このように来られたら拒むことなんてできない。龍蓮はそれを知ってか知らないでかこういう態度をとるのだから、卑怯だと思う。

「・・・今まで抱かれる気でいた僕が情けない。」

瞬間、龍蓮が瞠目するのがわかって、珀明は薄く笑みを浮かべた。こういう顔を見られるのなら、たまには柄にもない言葉を吐くのも悪くはないと思う。

初めて、自分から口付けをしたのだ。嫌だというのなら、捕らえられた時点でそれなりの抵抗をして、隙を見つけて逃げる。不安がないわけではないが、それこそ本当に今更なのだ。
だけど、本当は、拒む勇気も逃げ出す勇気もない。
触れられることも、好きだと言われることも嫌ではないと心の中で呟きながら、珀明は軽く息を吐く。それを口に出すことはないけれど。拒んだら龍蓮は落ち込むかもしれない、逃げ出したら龍蓮は絶望するのかもしれない、そう思うとどうしても身体が動かなくなるのだ。

「僕も、相当の愚か者だ・・・・・・お前と同じように。」

畢竟、愚か者はお互い様だった。
先程龍蓮に言った言葉を、珀明は反芻する。

「・・・珀の言葉は、時折心臓に悪い。」

少し顔を歪めて珀明を見下ろす龍蓮の頬を、珀明は両手で包み込んだ。蔵黒藍色の髪も、黒曜石の瞳も、整った鼻梁も、全て美しいと思う。はっきり好きだと言うことができるなら、それはこの身体だ。そして、自分の額と龍蓮のそれをぶつけて、視線を絡める。

「お前の存在はいつだって心臓に悪いんだ、これくらい多めに見ろ。」

そして、それに促されるように龍蓮は珀明の唇を塞いだ。何度目か数えるのも億劫になってきたその行為に、珀明は束の間、身体の力を抜いて浸った。





續 (性的表現含、自己判断求ム)