愚者の口付け |
掴まれた手首が心做しか痛く、震えた。自分に注がれる視線を受け止めることもできず、顔を逸らすことで一時的に逃げたつもりでも、そこには何の意味もない。 自分の臥牀の上にいるのは、いきなり座らされたからだ。龍蓮が何を考えているのか、それを理解することなど、これから先ありえないとはわかっている。だがそれでも、今の自分が置かれた状況は、龍蓮にとってどのような理由があるのかを、珀明は知りたかった。 「・・・・・・離せ。」 「断る。」 あっさりと拒否され、珀明は軽く唇を噛んだ。そして、こちらを向けと言わんばかりに頤に触れてきた指で、正面を向けさせられた。視線が軽く合う。 相変わらず手首を掴む手は、珀明が逃れることを許さない。いつも笛を吹く厄介な手だ。けれども、自分に触れるときは、優しいことを知っている。だが今は違う。振り解くことのできない強制力に、珀明は上手く言葉を紡ぐことができなかった。 「何が不満だ、龍蓮・・・僕の、何が気に入らない?」 心の友、と言ってきたのは、紛れもないお前なのに。言葉にはせず、珀明は視線でそう訴えた。気に入らないなら、はっきりと言えばいい。それを自分が嫌だと思っても、離れていく龍蓮を引き止める術がないことを珀明は承知している。 勝手にどこへでも行けばいい、追うつもりなんて更々ない。 「好きだ、珀・・・・・・お前が。」 そう囁いた唇で、龍蓮は掴んでいた珀明の手首へ触れる。そして流れる動作で、唇へと口付けを落とし、視線を珀明のそれへと絡めるように捕らえる。 「・・・っ、やめろ!・・・・・・もう、前に聞いた・・・お前のその言葉は。」 何度言われただろうか。 「愚かだと言われてもいい・・・・・・珀、お前は私のことを好きか?」 龍蓮は知っていた。珀明には、自分のこの言葉と同じものを返すことができないことを。珀明の柵(しがらみ)を、そして自分の柵を、理解している。珀明に比べ、他の心の友2人には、それが殆どないため、龍蓮の思いに対する返答は、そこに意地や照れが含まれていても、龍蓮の心を温かくしてくれる。 「愚かな男だ・・・これ以上、聞いてくれるな。」 「珀は、酷い男だ・・・・・・言葉にしないくせに、私の抱擁も口付けも受け入れる。」 それを嬉しく思っていることも事実だと、龍蓮は敢えて言葉にしなかった。珀明が、できる限りの範囲で自分を受け入れてくれることには変わりがない。ただ、自分が余計な欲を出しすぎているだけだ、龍蓮は珍しく苦笑する。 「・・・お前は、友だ、僕の・・・影月や秀麗と同じだ。」 「接吻まで交わす?」 少し意地悪そうな笑みを浮かべる龍蓮を、珀明は軽く睨んだ。 「そうだ。」 例え、抱擁されても口付けを交わしても、万が一体を繋げても、この距離は縮まない。だから、何も言わない、何も変わらないと知っているから。 愚かなことばかり吐く男を黙らせようと、珀明は半ば自棄に龍蓮の唇を奪った、少しの戸惑いを覚えて。 触れてしまえば、この聡い男は気付くだろう、自分の心に宿った思いを。始めから、珀明はそれを覚悟していた。言わなくても理解できる男が、ここまで言葉にすることに執着するのは愚かだ。 「・・・お前は、全てを知り尽くして、それでも尚、僕に何を求める・・・?」 けれども、そんな姿さえも愛おしい。 珀明の言葉に答えることなく、龍蓮は口付けを返し、臥牀へ珀明を静かに押し倒す。同時に、髪紐へと手を伸ばす。解かれた金の髪へと顔を埋め、何度も唇で触れた。珀明は抗う素振りも見せず、自分へと流れ落ちてくる蔵黒藍色の髪を握り締めた。 了 なんだかよくわからない。とりあえず、受け入れるけど好きだとは告げない珀明。そんな珀明の心境を一応は理解しているけど、言葉にして欲しいという欲が出ている龍蓮(私的龍/珀の基本)。でも、一応は両思い。 龍蓮は、秀麗も影月も珀明も皆同じように好きだと思う。だけど、なんで珀明だけにこうなんだろう、と考えた結果、一番手が出しやすいから・・・なんて邪な結論しかでなかった。(秀麗は紅家直系だし主上とかいるし、影月には勿論公認で香鈴がいる・・・・・・。)いやでも、ツンデレが好みなんだよ龍蓮は。怒鳴ってくれる存在がいい。でも、自分の行為を受け入れてくれるのもいい。秀麗は、ちょっとそういう点では奥手(というか鈍い)すぎるから・・・(ぉぃ) |