溺 惑 求 愛 |
この想いに気づいたとき、自分は壊れているのだと思った。 手塚が好きだ、と、自覚したとき、自分は壊れているのだ、と同時に理解した。 でも、壊れていてもよかった。 むしろ、手塚が好きで壊れてしまったのなら、それで本望だった。 「・・・・・・・・・可笑しい?軽蔑する?」 こうして、その事実を口に出してしまったのは、ただの好奇心からなのかもしれない。というよりも、このままにしておけば、いずれ明かされてしまうだろう。 ―――彼は、誰よりも聡いから。 ただ、バレてしまうよりは、自分からバラしてしまった方が数倍も楽だと思った。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・不二は、どう反応して欲しい?」 「別に・・・どうとでも。キミがどう思っても、これだけは変わらないだろうし」 そう簡単に変えられる想いなら、始めから変わっていてもおかしくはない。変わっていないからこそ、これからも変える気がないのだ。 それが、僕が手塚を好きだ、という証だった。 口を開いたのは自分からで、その話に乗ってきたのは彼だった。こういった方面では、誰よりも好奇心が強く、探求心の強い男だということを理解した上で、僕が話し相手を彼に選んだからかもしれない。 「言っておくけど、ノートは閉まっておいた方が懸命だよ」 「・・・そうすることにするよ」 彼の手にいつも握られているノートを見て、そう言った。彼は、それを素直に受けて、それを置いた。 「不二も、変な相手を好きになったもんだ」 「でしょ?・・・・・・だって、普通男が男を好きになるなんて、あるべきじゃないんだ」 異性である女ではない・・・僕は、手塚と言う男を好きになった。同じ男だ。別に、手塚が女だ、なんて疑いがあるわけでもない。そんなことがあるはずもない。 「間違ってはいないと思うけど・・・俺は」 まさか、そこで否定されるとは思わないから、ふと、何故という言葉が口から漏れた。あの理屈に沿って生きているような奴が、だ。 「・・・乾、キミ・・・・・・何処かおかしい?」 「それは、手塚を好きなお前じゃないかい?」 「そうでした」 おかしいのは、誰でもない僕自身であることを忘れていた。おかしい、壊れている・・・・・・きっと、ネジが1本外れてしまったロボットのようなものなんだろう。 「異性を好きになるだけじゃなくて、同性を好きになることだってある・・・・・・不二の中での普通は前者なのかい?」 確かに、生理学的なことを考えたら、それぞれ異性を好きになるのは当たり前で、生殖行為に至っては、更に当然のことなんだろう。 乾の言葉が嬉しくないわけじゃなく、ただ、どうしても綺麗毎に聞こえてしまう自分がいた。もしかしたら、慰められているだけなのかもしれない。・・・・・自分から明かしておいて、偉そうなことは言えないけど。 「普通なんて、不適格なことでしかないと思うよ。これが普通、っていうボーダーラインはないんだし」 「じゃあ、僕の中では異性を好きになるか、同性を好きになるかがその境界線なんじゃないかな・・・・・・」 異性を好きになることが普通、同性を好きになることが異常。 「・・・でも、実際、そう言う人は世の中にはいる」 「そうだね」 僕が、同性を好きになること自体を否定したら、きっと、そういった人たちを否定していることに繋がる。それは、やっぱりいけないことなのだ、ということはわかっている。乾に手塚を好きだ、と明かした時点で、乾が僕を否定しなかった。きっと、乾の行動は、それをわかっていたからなんだろう。 「乾が、僕を否定しなかったのは、やっぱり、僕が友達だから・・・?」 友達じゃなかったら、あっさりと否定するのだろうか。ただ、友達だから傷付けてはいけない・・・・・・という、義務感から出た行動だった、どうしようか。 「そんなことはないよ。人それぞれ、思うことだってある。ただ、不二にとって、異性を好きになることが不二にとっての普通だったら、異性を好きになったら、それは特別だと思えばいい」 特別な存在、というなだけであって、けして、おかしくも愚かでもない、と乾は言った。 「別に、不二は手塚を好きでいていいと思うよ」 何故か、乾の言葉は心強かった。 「・・・・・・・・・僕は、周りが、とかそんなのはどうでもいいんだ。ただ、手塚がどう思うかが心配だ」 誰にも言わないし、誰にも気付かれることなく、僕の想いはずっと隠れたままだった。誰にも明かすことなく、自分でも忘れようとした。手塚に知られてしまったら、手塚は傷付くだろうか、怒るだろうか、軽蔑するだろうか、そればかりだった。それに比べたら、自分が傷つくくらい、どうってことなかった。そう思っていた。 でも、違った。何処かに、想いの捌け口を探して求めている自分がいた。 「正直、不二は馬鹿だと思う」 「・・・・・・かなり、聞き捨てならないんだけど」 「自分を傷付けてまで、誰かを守ろうとか思わなくてもいい。自分を大事にできない人間が、誰かを大事にできるはずがない」 自分を大事にできてから、他人を大事にできる。乾の言葉が、頭の中に浸透していくのがわかった。勿論、綺麗事だと思わないわけではないが、綺麗事に縋りたいと思わないでもなかったから。 ―――――手塚が好きだから。 「傷付いているのが、体にしても心にしても・・・きっと、手塚はそんな不二なんて見たくないんじゃないか?」 「・・・それは、手塚にとって僕が友達だから、でしょ?」 手塚がきっと、そうだから・・・僕も同じように表面上は友達として接しているんだから。 でも、手塚になにかを求めてはいけないんだと思う。そんなの・・・・・・手塚にとってなんにもならないことがわかっているから。 「まあ、確かに、俺には手塚の気持ちはわからない。勿論、不二の気持ちも」 他人の考えていることがわかったら、僕だって、こんなに苦労はしなかった。それはそれで、いいこともあれば、悪いこともあるのかもしれないが。 「・・・・・・言わないと通じないことだってあるんだぞ」 言わないと伝わらないことだってあることはわかっていたけど、だから、手塚にはずっと言わないでいた。言わなければ気付かれずにすむ、と思っているから。今更、自分を変えたいと思うはずもなかった。手塚を好きでよかった、好きだと胸を張って言えるのは、今の自分があるからだ。だから、手塚への想いもあるのだと、それだけはちゃんとわかっている。 「不二が、なんで俺に言ったのかはわからないけど・・・もしかしたら、気紛れなのかもしれないけど、緊張していたのは伝わってきたよ」 「当たり前だろ・・・こんなこと、冷静に言えるはずないじゃないか。下手すれば、縁まで切れるかもしれないのに」 「・・・でも、言えただろ?それに、俺達はいつも通りだ」 「・・・・・・・・・・・・」 強いて言うなら、結果オーライなんだろう。勿論、無意識の内に、少しのことは考えて、乾を選んだつもりなんだろうけど。 「手塚に言ってみたらどうだい?」 「無理だよ」 「即答だな」 こうして、乾に言うのと、その想いの対象である手塚に言うのとでは、比べものになるはずがないに決まっている。確かに、乾はこうして受け止めてくれたが、少し楽観的に考えすぎだ。 「・・・手塚が、不二のことを嫌いだ、なんてことはありえないはずだけどね」 「キミのデータかい?」 「当たり」 乾のデータなんて、役に立つときとならないときがありすぎて、頼りになるんだかならないんだかわからない。それに、手塚のデータが乾に完璧にとれるのだろうか?そのデータを信じたいとは思うが、どうも、半信半疑だ。 「もし、手塚が僕のことを嫌いでなくても、きっと、僕の想いとは別だ。手塚が、僕と肉体関係になりたい、だなんて思ってくれているはずないでしょ?」 自分にしては、大胆にものを言ってしまったような気がする。さすがの乾も、あと少しで眼鏡がずれそうな勢いだった。 「・・・そこまで考えているのか」 「好きなら、そこまでいかないかな?」 「わからなくもないが・・・・・・だったら、尚更言えばどうだい?」 「だから、それは無理」 埒のあかない会話だったが、つまらないわけではない。けして否定はしない乾の優しさが、心成しか心地よいと思っていた。 「・・・・・・・・・最終手段としては、誘惑すればいいんじゃないか?」 「それで落ちるものならねぇ・・・相手は手塚だよ?」 「でも、なにを失っても手塚を手に入れたいと思っても・・・・・・俺は、不二を否定するつもりはない」 この透けない眼鏡からでは、乾の目が窺えないが、乾の言葉は力強かった。気のせいかもしれないけど、僕の方をしっかり見て・・・信じていい、と言っているように思えた。 「少なくとも、手塚のために不二が傷付く必要はない」 だから、傷付かない程度に、不二の好きなようにすればいい、と言った乾が印象的で、なかなか頭から離れなかった。 「あんまり酷いようだったら、俺だって、それなりに怒るからな」 「・・・・・・乾が怒るの?」 本当にそうなるかはわからないけど、もし、そうなったとしたら、それは乾が本気で怒ってくれている証拠だ。そうなったら、僕はどんなに幸せ者だろうと思う。こんなにも、自分のことを考えてくれている友達が、人が、こんなに傍にいるんだから。 「なにも言わないよりは、なにか言ってくれた方が嬉しい・・・俺はな」 乾の言葉が僕にとって、どれだけ心強かったなんてこと、乾は知っているんだろうか。 手塚が好きだって、否定しないでいてくれたことが、心の支えになったなんてこと、乾はわかっているのだろうか。 「・・・・・・ありがと」 「不二は不二でいればいいよ。どんな不二でも、俺は好きだから」 肩に回された乾の手に、自分の手を添えた。 自分の心の内を曝け出せたのは、乾だった。そして、勇気をくれたのも。 手塚が好きだ。 壊れていたのは、確かに僕だったけど、それは僕の想いではなくて、僕の考え方だった。 でも、手塚が好きで壊れてしまったのなら、それで本望だった。 END |