珍獣の飼い方10の基本

御題配布元 : http://lonelylion.nobody.jp/

上から順に(こころなしか)繋がっている話。龍/珀。



まずはかわいがってきにいってもらいましょう


「―――――で、何をしにきたんだ?」
「心の友其の三に会いたかったのだ。」

貴陽の彩七区碧区に位置する碧珀明の邸に何の前触れもなく現れた孔雀男の名は、藍家直系である藍龍蓮という。正直今でも信じたくない。
奇しくも珀明は、会試会場で龍蓮と数奇な出会いを遂げ、その心の友其の三に認定されてしまったので、現在こうして懐かれている。
「理由などない、目的もない。珀明に会えることに意味があるのだ。」
理由にならない理由を自信満々に述べる龍蓮を見て、珀明は長大息を漏らす。

呆れたように昊(そら)を仰ぐと、一面は闇に覆われ、星がところどころに瞬いている。
夜だ。

「仕方ない・・・泊まっていくか?」
このまま何処かに追いやってしまうのも躊躇われる。
いくら野宿が日常の生活を送っているとはいえ、やはり温かい場所で眠るのが一番だ。
成り行きでなってしまったとは言え、友なのだ、一応。
「私は、珀明のそういうところが好きだ。」


追い払うことができないのは、情が移ってしまった証拠。






とてもきちょうで、めったにてにはいりません


室(へや)に入ると、珀明は真っ先に、龍蓮の頭上の羽根や花、そして変てこな衣装を取り払おうと手を伸ばした。
何処で手に入れるのか、誰が売るのか。何処のどいつが好き好んで購入するのだろうか―――目の前のこの男だ。
布に触れれば、その高価さがわかる。心地よい手触り。装飾品とて、稀少価値の高い石が使われている。問題なのは、それらがごてごてと着飾られていること。審美眼に優れている珀明には、その趣味が理解できない。

正面から、素のままの龍蓮を見遣る。
何も着飾らない方が美しいのに。蔵黒藍色の長い髪も、黒曜石の瞳も、ただそれだけで珀明を満足させる。
いつもの素っ頓狂で予測不可能な行動も、この姿を前にしてしまっては、咎める時間すら惜しい。

「・・・・・・珀明の手は、気持ちが良いな。」
無造作に結われた髪を解き、癖になった部分を丁寧に梳かしていると、龍蓮が嬉しそうに小さく呟いた。


珀明は面食い、という話。衣装も貴重だけれど、龍蓮という存在は貴重で入手困難。手に入れた心の友は贅沢者。






かわったものにきょうみをもちます


普段の衣装たちを全て取り払い、簡素な恰好になった龍蓮を見て、珀明は満足げに笑む。
いつもこうなら文句はないのに。それをしないのは、龍蓮なりの事情があるのだろう。だからこそ、珀明は己の邸以外でそれを強要しない。
正直、見てくれなど、その中身に較べたら、ほんの瑣末な龍蓮という人間の構成要因でしかないのだ。

「―――――では、心の友の安らかな眠りを願って、私の笛で1曲。」

「やめろ!余計に眠ることができなくなる!」
音感は正常、縦笛の腕も上等で、どうして似たような横笛の技量ががこんなにも壊滅的に拙劣なのだろうか。
「というか、安らかな眠りの件(くだり)が気に入らない。永眠したくないからな、僕は!」
どうせなら、縦笛や琵琶など、普通に演奏できる楽器に興味を示せばいいのに。横笛に拘る理由が、珀明にはわからなかった。


誰もが感嘆の声を洩らす豪奢な藍家貴陽邸より、崩れかけた壁が目印の紅邵可邸がお気に入り。






だっそうにきをつけましょう


龍蓮が口へと構えた笛を取り上げると、承知していたはずなのに、笛の規格外の重みに身体が沈みかけた。
よろけそうになる珀明を、咄嗟に龍蓮が支え、事なきを得た。
有り難い反面、軽々と支えられてしまい、男として少し情けなく感じた珀明は、眦を吊り上げて龍蓮を睨む。
「――――――いいか、夜中に、それもここで笛を吹いたら、即刻出て行ってもらうからな!」
「それは承知しかねる。」
「なら笛を吹くな。」
いっそのこと、泊まる場所を替えるなり、脱走なりしてくれればいいのに。そうすれば、今夜の心配事がなくなる。
「・・・・・・つまり、笛など吹かなくとも、私さえいれば、珀明は安心して眠りに就くことができるのだな?」
「曲解するな!」
なんて恥ずかしいことを平気で口にするのか、この笛吹き莫迦は。珀明は、龍蓮から顏を背け、口を閉ざした。


脱走の心配なんてない。脱走よりも、一度旅に出て、数ヶ月も帰ってこないことの方が不安。






さびしがらせてはいけません


「・・・・・・・・・珀、そろそろ口を利いてくれないか?」
何故か珀明の逆鱗に触れてしまった龍蓮は、暫くの間無視を決め込まれ、珀明の臥牀(しんだい)の上に大人しく鎮座していた。だが、遂に居た堪れなくなり、言葉を洩らす。
「怒っているのか?」
普段飄々とした態度の龍蓮に、下手(したて)に出るように言われると、珀明は弱い。違う、と返答する。
「・・・お前の言い方が気に入らなかっただけだ。」

―――――私さえいれば、珀明は安心して眠りに就くことができるのだな?

冗談じゃない。龍蓮がいなくても、しっかり眠れる。何を戯けたことを言うのか、珀明は内心龍蓮に向かって言い放った。
「それじゃあお前がいない日々は、僕が安眠できないみたいじゃないか・・・・・・絶対、そんなことないんだからな。」
自分で言って恥ずかしくなり、珀明は紅潮した頬を隠すように、龍蓮から視線を逸らし横を向いた。
そんな珀明の様子を、龍蓮は珀明が見たら意地が悪いと言いかねない笑みを浮かべて見る。
そして臥牀から降り、椅子に座る珀明を、背凭れごと後ろから抱き締めた。


寂しいのは、お互い様。






かまいすぎるのはあまりよくありません


龍蓮に後ろから抱き締められながらも、珀明は立ち上がり、なんとか動けるまでに至った。
後ろから髪に口付けられ、その刺激で頭が震えた。何とも言えない感覚に、珀明は首を窄めた。
その反応が気に入ったのか、髪に留まらず、龍蓮は蟀谷(こめかみ)や耳朶、解かれた髪の隙間から項へと唇を落としてくる。
「・・・っ、やめっ・・・」
くすぐったさに、自分の腰へと回る龍蓮の腕に爪を軽く食い込ませる。情けないが、僅かな抵抗だ。
それすらも気にせず、珀明の身体を反転させると、正面から額に口付け、最後には接吻してきた。
盛りのついた犬かと罵ってやりたいが、運悪く口が塞がられている。
「んっ・・・・・・・・・・・・龍、蓮!」
顎に手をかけて、龍蓮の頭を押しやった。開放されたはいいが、言葉が上手く回らず、暫くは呼吸に専念して息を整える。
「・・・っ、阿保!ちょっと静かに反省してろ!僕はやりかけの仕事があるんだ!」
そう怒鳴り、珀明は自室の片隅に置かれている机案へと向かい、少々乱暴に腰掛ける。
そして、怒りを抑えるよう努めながら、龍蓮が来る前までに集中していた書簡へと意識を傾けた。


嬉しさを態度と行動で示す男、藍龍蓮。






おこらせるとおもわぬはんげきをうけます


「―――――じ、冗談はよせ・・・な?」
臥牀に押し倒され、引き攣った顔で龍蓮を見上げる。心做しか語尾が震えたようだ。
身体の両脇に突かれた龍蓮の腕が、そして、向けられる真っ直ぐな視線が、逃れる術を珀明から奪う。
「冗談?とんでもない。私はいつでも本気だ。」
据わった双眸は確かに不機嫌の色を含みながら、珀明を捕らえている。
「それに、私を放置して仕事をしていた珀明が悪い。」
「・・・・・・本を正せば、お前が来たから仕事を―――――っ!!」
不意に衣服へと手を掛けられ、その中へと侵入してきた手の感触に息を呑む。
「聞く耳持たぬな。」
言い終わるや否や、龍蓮は珀明の唇を半ば強引に奪った。そして、接吻によって他所から気を逸らしつつ衣服を剥いでいく。
なんとか上に圧し掛かる龍蓮の肩を両手で押さえるが、下からでは思うように力が出ない。飼い犬に手を咬まれた気分だ。
「・・・ぁ・・・・・・っ、龍蓮!」
唇から、服が取り払われて露わになった肌へとはっきりと意識が向いた頃には、既に遅く、龍蓮の執拗な愛撫が始まった。


思わぬ、でもある程度は予測できる反撃の仕方。放置されるのが大嫌いな珍獣=龍蓮。






かいぬしのへんかにびんかんです


完全に身に纏うものがなくなり、珀明は心許無さを覚えた。傍にある被子(かけぶとん)で今すぐ身体を覆ってしまいたいのに、珀明を追い詰める龍蓮の手に翻弄されている。
「ひぁっ・・・」
首筋に顏を埋めるようにして、耳や項を舌で弄る。同時に、珀明の下肢も刺激を与えられて、もどかしくて仕方がない。
先程、珀明は仕返しだと龍蓮の長い髪を引っ張った。禿げるという抗議の言葉に、禿げろと憎まれ口を叩いたせいか、前戯が矢鱈と長い。

陥落は近い。
それでも、残された理性と矜持が、その言葉を漏らすことを拒む。
「・・・ぃ・・・・・・やぁっ・・・」
珀明は苦し紛れに龍蓮を睨むが、それがより龍蓮の些細な加虐心を煽る。
胸元に散った鬱血痕をもう1つと、音を立てるようにして吸い付く。そして、胸の飾りへと軽く爪を立てる。
「・・・・・・辛いか、珀。」
自分の身体の下で身体を捩りながら快楽に耐える珀明を眺め、龍蓮はその限界を悟り、艶を含んだ吐息と共に言葉を落とす。
珀明からすれば、そう訊ねてくる龍蓮の笑みは不遜極まりなかった。わかりきったことを。
眦に涙を湛える様子を見る龍蓮の表情に、珀明は、ただ堕ちるしか道は残されていないのだと思い知らされた。


ちょっと鬼畜・・・?藍家の遺伝子には逆らえません。敏感というなら寧ろ珀明(ぉぃ)






きほんてきにマイペースです


覚醒した。
「・・・・・・っ」
眼を開いてゆっくりと上体を起こすと、下半身を見知った鈍痛が走り、昨夜の出来事を思い出す。
身体に倦怠感は依然として纏わりつくものの、汗や精液などの汚れが清められていることに気が付く。被単(しきふ)も替えてある。
全身あらゆるところに咲いた紅い痕は、いくら布で拭っても数日は消えないのだが、それすらも既に昨晩の時点で諦めていた。
臥牀(しんだい)に眠っていた自分の横には、龍蓮はいない。
やおら視線を移すと、庭院へと繋がっている闔(とびら)が開いていた。
珀明は、身体を引き摺るように臥牀から降り、ひたと素足で床を歩く。そして、闔へと手を掛け外を見遣る。

「・・・・・・」

暖かな朝陽が差し込む庭院の草坪(しばふ)の上、膝ぐらいの高さの花々の中、龍蓮は横たわっていた。
呆れた。
いくら暖かな陽気であるとはいえ、他邸の庭院でこのような真似をする男が他にいるだろうか。
そして、珀明は、自分の気配を感じているくせに素知らぬ振りをして動かない男の名を口にした。


マイペースというよりも、常識から外れた行動をしながら気が赴くままに風流を求める男。






ていきてきにけづくろいをしてあげましょう


「―――――龍蓮。」

名を呼ぶと、龍蓮はそれを待ち望んでいたように身体を草坪(しばふ)から起こした。寝衣のまま、長い髪も垂らしている。
今まで龍蓮が横になっていた場所を見て、珀明は苦笑する。龍蓮は、丁寧に、花が咲いているところを避けて草坪の上に寝ていたのだ。

なんて小(ささ)やかな愛しさ。

「おはよう、珀明。」
いそいそと近付いてきた龍蓮の朝の挨拶に、苦笑した顏のまま珀明は同じように挨拶を返す。
「・・・髪に草が付いている、寝衣にも。」
龍蓮の背へと廻り、手で小さな草を叩(はた)き落とす。
「・・・・・・ほら、来い。髪を整えてやる。」
昨夜、忌々しささえ感じるほど甚振られた身体はやはりだるいが、何故か少しだけ不機嫌だった気分は吹き飛んでしまった。
手を引いて、室内に龍蓮を連れて行く。
その手が振りほどかれることもなく、大人しく自分に従う龍蓮の態度に、珀明は暫く苦笑を崩せなかった。


終わり。髪を梳かす=毛繕い(笑)。龍蓮のこの天然っぷりに、珀明も絆されたとみた。