夕闇の誓い |
昊(そら)は夕闇に包まれた。未だ肌寒い季節であるため、吐く息は白い。 静蘭は、敷地面積だけは無駄にある邸の中を歩いている。夕餉の支度に追われている秀麗や影月に頼まれて、邸の中を彷徨っているはずの藍家の少年、藍龍蓮を呼んでくるためだ。できれば自分が探している間に、あの理解し難い笛を吹くのだけは勘弁して欲しいと願う。 そもそも、どうして秀麗は龍蓮に気に入られてしまったのだろう。静蘭は、その事実を耳にしたとき、少々頭を抱えた。確かに、自分の仕えるお嬢様は、稀に見る素晴らしい女性だと、静蘭も自覚(自慢)している。多少の性格破綻者でも、あの笑顔で受け入れてしまえるほどの器の持ち主である。 「(・・・・・・あの常春将軍の監督不行きが原因でしょう、ええ絶対。)」 そして静蘭は少し考えると、半ば押し付けるように、全ての原因を楸瑛に預けた。 暫く探し続け、自給自足のための畑のある方向へ向かうと、龍蓮の姿を庭院薄暗い庭院(にわ)の片隅に見つける。あの派手な装いは、このような場合には役に立つ、静蘭は少し感心を覚えた。 「龍蓮くん、そろそろ夕餉の時間ですよ。お嬢様たちが待っています。」 笑顔で龍蓮に呼び掛けながら、静蘭は自らを嘲りたい感覚に見舞われた。藍楸瑛はこの際除くとしても、あの藍龍蓮にまで、このように接するなど考えもしなかったからだ。油断のならない一族、それが静蘭の中での藍家の位置であった。公子として王宮で過ごしていたときから、それは変わらない。 「・・・・・・心の友其の一の家人か。」 徐に振り返った龍蓮は、静蘭の姿を確認すると、そう口にした。生えた草を踏みしめる音が、小さく響く。その呼び方に、静蘭は僅かに抗議したい衝動に駆られたが、この天才に関わるのは躊躇われ、反論を止めた。 「・・・そなたがこのような所にいると聞いたとき、私は少々驚いた。」 「なんのことですか。」 あくまでしらばっくれる。勿論、彼の兄である楸瑛が自分の正体を知っているということは、この弟にも通じているということとほぼ等しいことは、静蘭にもわかっている。だが、過去を捨てた身としては、蒸し返されるような話は受け入れたくない。 「我らが認めた唯一の王たる公子・・・・・・よりにもよって紅家とは。」 嘗て、清苑公子の後ろに立とうとした藍家。特に、現当主の三つ子は、弟の楸瑛を清苑の許へと遣った。最も、清苑は彼を役に立たないと蹴って捨てたが。 「・・・何が言いたい、藍龍蓮。」 静蘭は、声の調子を落として、龍蓮を睨む。 「いや、別に。・・・・・・言いたいことがあるとすれば、それは愚兄其の四の方だ。おそらく愚兄が一番、清苑公子のことを気に入っていた故。」 静蘭の睨みを受け流すように、龍蓮は軽く言葉を吐く。 「王は紫劉輝様ただお一人。そして、彼に仕える藍楸瑛が過去の公子のことなど引き摺っているはずもありません。」 果たして、楸瑛の忠誠が、静蘭にとって信頼にたるべきものであるかどうかはわからない。藍家は油断がならない、それは今まで幾度となく静蘭の頭を過ぎった。あくまで心は一族のもので、そう育てられてきた彼らが、そこから抜け出すことは困難を極める。 「・・・・・・・・・あの人格形成未発達な愚兄のことは構わぬ。」 「では、1つ聞きたいことがあります。」 自分が言い出したことだろうとは敢えて言わず、静蘭は龍蓮に問う。龍蓮は、その言葉には何も返さない。それが、彼の肯定の合図なのだろうと、静蘭は次の言葉を紡ぐ。 「お嬢様や影月くんのことを、好きですか?」 秀麗から、藍龍蓮と(半ば強引に)友にされた、と聞いたときから、静蘭は気にかけていたことだ。藍家の天才が関わるということは、それなりの立場や家の者ならば、その危険性は理解できるだろう。龍蓮は、藍家が望むように、何にも囚われない存在である。だが、秀麗も影月もそれを知らない。恐らく、これから知ったとしても、優しい彼らは笑って龍蓮を受け入れるだろうとは、静蘭にもわかる。だから、敢えて聞く。 危険に晒すことを承知の上で付き合うというのなら、何が何でも、その不可能なことはないというのも過言ではない力を以って、守ってもらわねば困る。 「無論。心の友其の三珀明を含め、3人とも。」 即答した龍蓮に、静蘭は肩の力を僅かに抜く。それを見抜いたかのように、龍蓮は更に口を開く。 「私は友を裏切らない・・・故に、静蘭が危惧するような自体にはならない。」 含みのある笑みを浮かべ、龍蓮は静蘭を見遣る。静蘭は名を呼ばれたことに暫し瞠目した。けれども、求めていた返事が返ってきたことに安堵を覚える。 目の前の少年は天才だ。もしかしたら、それすらも察して言葉にしているのかもしれない。だが、誰よりも賢く、真っ直ぐであるからこそ、1度口にした言葉を翻すことはないだろう。 「・・・私はおそらく、藍楸瑛よりも、貴方の方が好きでしょうね。」 藍家の者であることには変わりはないが、誰にも囚われず、嘘を吐かず、正直であるということにおいては、静蘭にとっては龍蓮の方が安心できる存在だ。その力や才能に違わぬよう、秀麗たちを大事にしてくれるのだろう、自分を受け入れてくれる存在を。 誰よりも賢く、強いという存在故の孤独。静蘭も嘗ては味わったことのある孤独。藍は紅より碧よりも黒よりも紫と似ている、と静蘭は心の中で自嘲気味に呟く。その孤独をこの少年は、秀麗たちに出会うことで抜け出した。 「静蘭に言われるよりは、秀麗や影月に言われたいものだ。」 龍蓮の言葉に、静蘭は小さく笑みを浮かべる。昔の清苑にとっての劉輝のように、龍蓮にとっての友を失うようなことはしたくはないと思う。その痛みを知る者として。 そして静蘭は、今頃王宮に独りで過ごす、大切な弟へと思いを馳せた。彼が秀麗に救われたように、この少年もまた、秀麗に。そして、自分も。 「夕餉なのだろう?静蘭。」 「・・・・・・そうですね。」 本来の目的を失念していたことに気付き、そして、それをよりにもよって龍蓮に指摘されたことに返答に一時詰まり、静蘭は言葉を返す。今度こそ、静蘭として。 静蘭に近付いた龍蓮は、素早く静蘭の手を捉える。そして静蘭の前方へと廻りこみ、恭しくその手の甲へと口付けを落とした。まるで、貴人へと忠誠を誓うかのように。 「誓おう、何者でもなく、ただの静蘭に。心の友を愛し、護ると。」 だから、安心するといい。そう言うように、面を上げた龍蓮は静蘭を見つめた。それを見て、楸瑛よりも細身だが、奇抜な恰好さえ除けば似ていると静蘭は感じた。そして、このような行為に至るところは兄弟だとも。だが、龍蓮に至っては、これが真面目であるから反応に困る。 「・・・・・・・・・お嬢様が待っています。」 自分でも何を言っているのか、静蘭は理解しかねたが、龍蓮にとってその言葉は結構重要であったらしく、すぐに静蘭の手を解放すると食卓のある室(へや)へと向かう。静蘭はその背に溜息をつきながら従った。 了 よもや書くとは思っても見なかった、龍蓮+静蘭話。これはCPじゃないですよね。(CPだったら、静蘭は受けです。藍家は攻めです。) ちなみに、時期は国試の後。龍蓮を夕食に招待しようとしたとき、かな?しかしよくわからない話になってしまいました、恐らく納得いかなくて消される確率が高い1だろう・・・・・・。 思うに、静蘭も龍蓮も立場が少々似ていたのではないか、と。上にあるように。そして、優柔不断(しかも、不憫)な愚兄とは異なり、接点があったならば、静蘭にとって龍蓮は僅かながらも気に留める存在と成り得たのではないかという願望があります。 楸瑛が静蘭と親しくなったのは、あくまで双花菖/蒲となって王の傍にいるから。そして、秀麗と仲良くなったから。基本、気に入らないと思っている。お財布其の一。(←ネーミングがまた龍蓮と似ている!) 龍蓮は静蘭のことを大して気にはしていないかも。嘗て、藍家が清苑を次王たる存在と認めたからには、一応龍蓮もそう認識はしていただろう。それに、大切な友の大事な人だからこそ、関わることは避けられない。あくまで、一番大事なのは、秀麗、影月、珀明。他の人々は二の次。だって、龍蓮の初恋は、心の友たちだから(笑) |