愛してるんだよ、つたわるかい 御題配布元 : http://lonelylion.nobody.jp/ |
王の執務室の机案で雑務を行う絳攸は、本日二度目の長大息を漏らす(一度目は、先程絳攸が席を外している間に、劉輝が逃げ出し、執務室が蛻の殻になっていたときだ)。目の前に悠然と佇んでいる人物を、半ば諦観を籠めて見遣る。 恐らく、この奇抜な格好をした青年藍龍蓮は、警備の兵などを物ともせず、塀を乗り越えてやってきたに違いない、でなければ、藍家の紋を見せて御咎めもなく正々堂々と正面からだろうか。しかし、絳攸には、何故龍蓮がこのようなところにわざわざ足を運んできたのかが理解できなかった。 「………藍龍蓮、」 名を呼ぶと、龍蓮は徐に視線を絳攸へと移した、けれども相槌はない。 「何故、ここに?」 龍蓮は、国試にこそ榜眼で及第したが、官吏ではない。ここにいるべき人間でないことは明瞭である。仮令、官吏であったとしても、王の執務室に足を踏み入れることの可能な者は限られている。 突然現れた龍蓮に、初めは呶鳴りこそした絳攸だが、今は諦めたふうに咎めない。龍蓮に関する苦情は、全て兄である楸瑛に回す、絳攸はそう決意した。 「ここにいれば、会える確率は十割」 誰に、龍蓮の言葉の意味を汲み取ることができずに、絳攸は間髪入れずに尋ねる。 「暫し待て、時期が来れば、自ずと答えも見えてくる」 聞けば、確かに納得の出来なくもない言葉だが、よく考えてみればやはりわからない。結局答えは分からず仕舞いで、絳攸は溜息と共に、手元の書簡へと視線を戻した。 龍蓮の言う時期が一体いつで、誰に会える確率が十割なのかは一向にわからないが、兎も角それまで龍蓮はいないことにして、滞っている仕事を片付けようと決めた。 ふと、闔(とびら)の向こうに人の気配を感じ、絳攸は面を上げる。視線だけを龍蓮へと移せば、同様に闔の方へと意識を向けていた、どうやら龍蓮の待ち人なのだろう。 しかし、それにしては龍蓮の表情が好ましいものではない。少し不機嫌に見えるそれに、絳攸は疑問を抱いた、会うためにわざわざ待っているほど会いたい人物ではないのだろうか。 闔が開かれ、現れた人物に絳攸は目を見張る。 「………龍蓮、なんで君がここにいるんだい?」 「愚兄其の四………何故、愚兄が一緒にいる?」 執務室に足を踏み入れ、そこに場違いな人物を見付けるや否や、楸瑛は脱力した。一瞬、手にしていた書簡が落ちそうになる。神出鬼没な弟であることは重々承知していたが、まさか王の執務室にまで現れるとは考えもしなかった。 「………龍蓮?」 すると、楸瑛の後ろから顔を覗かせた人物に、絳攸は視線を移す。同じ吏部に勤める碧珀明だ。楸瑛と同様、腕には積み上げられた書簡が抱えられている。 「我が心の友其の三、久しいな!」 歓喜を示し、龍蓮は珀明へと駆け寄る。 「……何故、お前がここにいる!というか、絳攸様と2人きりなんて羨まし………じゃなくて。何か失礼なこと仕出かしていないだろうな?!」 視界一杯に侵入してきた未確認生物もとい龍蓮に、珀明は目を見開いて呶鳴る。その反動で手にしていた書簡の平衡が崩れたが、龍蓮が落下する前に自分の腕へと収める。そして、それをそのまま楸瑛の腕の中の書簡に重ねるようにして一方的に預け、再び、上司を前にしても怒りを隠そうとしない珀明へと向き直るが、後ろから聞こえてくる楸瑛の抗議の言葉に、龍蓮は一切耳を貸さなかった。 「していない」 「本当か?」 「珀明は、心の友を信じてくれぬのか?」 再び確認をとる珀明に、龍蓮は心外だと軽い抗議の言葉を漏らす。信じる信じない以前の問題なのだが、悲しいかな、それを龍蓮にあらゆる手段を駆使して伝えようとも殆ど意味をなさないので、珀明は溜息を吐いて返事の代わりにした。 とりあえず、この言葉を信じるより他はない。 「……珀明、」 「はい!何でしょう、絳攸様!」 不意に後ろから絳攸に名を呼ばれ―――碧官吏でなく珀明だったことが、珀明の歓喜に拍車をかけた―――珀明は、喜びを露わにして返事をし、龍蓮に背を向け、絳攸に向き合った。何処となく疲れた風貌なのは、恐らく龍蓮のせいなのだろうと、珀明は内心龍蓮を罵った。 「…………もういい、そいつを連れて行け」 ただ名を呼んだだけなのに、珀明の意識が全面的に絳攸に向いたことが、甚くお気に召さなかったらしい龍蓮によって、恨みの籠った視線を向けられることになり、絳攸は一歩後退し、疲労の色を濃くして珀明に退出を促した。 「龍蓮、絳攸を睨むのはよしなさい」 龍蓮の行為を見兼ねた楸瑛は、自らの背に絳攸を庇い、口を挟む。心の友のことが大好きなのは、兄としてひどく心安いのだが、如何せんそのとばっちりが自分や絳攸に向くことだけは心から遠慮したい。 すると、今度はその視線の矛先が楸瑛へと向けられる。これほど感情を露にするようになった弟の成長振りは兄として嬉しいものではあるのだが、もう少し違った角度に大きくなって欲しいものだ、楸瑛は心の中で願った、所詮淡い期待である。 「やめろ、龍蓮」 鶴の一声、とはこのことだろう。振り返り、少々怒気を含んだ珀明の一言に素直に従い、普段の無表情に戻った(それでも何処か嬉しそうではある)龍蓮を見て、双花菖蒲と謳われる2人は心から感心した。心の友効果とはこれほどまでなのか。楸瑛は兄として、少し立場がなかった。 「……もう帰るんだ、ここはお前のいるべき場所ではないだろう?」 「私の帰るべき場所は、心の友の隣、つまりここだ」 珀明へと即座に言葉を返す、そしてそれが当然だと、珀明の傍らを離れることを拒むように、珀明の腰を素早く捉え、後ろから両腕を回して固定する。しかし、その特殊な論理展開には、いつも絶句せざるを得ない。 「……っっ!馬鹿孔雀!放せ、絳攸様と藍将軍の目の前で!」 腕を動かして龍蓮を除けようと試みるが、後ろに回られているため思うようにいかない。力関係も明白だ。けして強い力で拘束されているわけではないのに、どういうわけか逃れることができない。 珀明は、助けを求めようと上司の方を上目遣いで見遣るが、気まずそうに視線を逸らされて落胆の色を濃くする。絳攸の気持ちも痛いほどわかるが、見捨てられたようで悲しい。 「……龍蓮、友達の嫌がっていることをするのはよくないよ」 そして、やはり珀明の様子を見兼ねた楸瑛が声を掛ける。独自の人生観で行動している弟を説得できる確率は極めて低いのだが。 「愚兄に言われる筋合いはない。………そんなんだから、いつまで経っても片恋のままなのだ、愚兄の場合」 「…何のことだい?」 と、口にしてみるものの、心当たりがありすぎて正直痛い。こっそりと絳攸の方を横目で窺うが、どういうことだと首を傾げているところで―――それも可愛いのだが―――楸瑛は、何故か泣きたい衝動に駆られ、それをなけなしの矜持で抑える。 「ほお、自覚症状もないのか、流石愚兄其の四。ある意味幸せだな」 「……珀明くん、うちの愚弟がいつも世話をかけるね」 「え……ぃゃ、…………はい」 冷気を放つ2人に挟まれて、戸惑いながらも、珀明は心の底から実感の籠った返事をする。そして、更に楸瑛は申し訳ないと内心謝る。 「藍龍蓮」 「なんだ、愚兄其の四の心の友」 よく働く部下の目の前でまさか呶鳴り散らすわけにはいかないと、自称鉄壁の理性を総動員して、絳攸は突然龍蓮の名を呼ぶ。だが、帰ってきた言葉が気に食わない。一体、何時、何処で、誰がこの常春男の心の友などになったのだ、絳攸はそう指摘したい衝動に駆られるが、それよりも優先すべき事項はこの男をここから退出させることだ。やはり精一杯堪える。 その瞬間、珀明は嬉しそうな表情をして面を上げる。 「生憎、ここはお前のいるべき場所ではない。このままでは、珀明が仕事に戻れず、若く機動力のある珀明の存在がいないせいで仕事は停滞することになる。叱責を受けるのは誰だと思う?友のことが大事ならば、ここは大人しく手を引いてやるのが友情ではないか?」 至って正論を展開してきた絳攸の言葉に、龍蓮はむぅと押し黙る。友のことを言われると、途端雰囲気を変えてしまう龍蓮に楸瑛は笑みを浮かべ、また、絳攸の勇姿へと、楸瑛は心の中で拍手を贈った。そして、友情でも構わないから、その片鱗を時折自分にも示して欲しいと願う、その願いは恐らく当分届くことはない。 緩くなった拘束を、珀明はさり気無く解いて、背後の龍蓮の方を振り向く。無表情ではない、不機嫌なそれを浮かべる龍蓮に向かって、珀明は溜息を吐く。 「………どうせ、今日の宿泊先は僕の邸なんだろう?先に行って待っていろ。可能な限り、早めに切り上げてやるから」 こくりと肯いたのを確認すると、珀明だけでなく、後ろにいた楸瑛と絳攸も胸を撫で下ろした。 「では、仕事で疲れた珀明を癒すために、一曲用意して待っていることにする」 「………夜に笛を吹くな」 不機嫌さの消えてきたものを蒸し返すのも憚られ、珀明は控えめに断る。 「では、明日は心の友其の一の邸を訪ねよう。文を認めなくては。そして、その折に日々の仕事で疲れているだろう友たちを労い、癒すことにする」 笛で。皆まで聞かずとも、その後に続く言葉を予想できてしまう辺り、何処か悲しい。珀明はそれでも否とは言わず、龍蓮の腕を掴み、退出を促す。 「それでは、絳攸様、ご迷惑をお掛けしました。これは僕が責任もって帰すので安心して下さい」 「任せたぞ、珀明」 憧憬を抱いている上司からの言葉に、珀明は快活な返答を述べ、龍蓮片手に王の執務室から退出する。 2人になった執務室で、空しく楸瑛の長大息が零れる。 「頼りにならない愚兄もいたものだな」 「………全く、返す言葉もないよ」 そもそも、あの弟を上手く扱うことができる存在が稀有なのであって、自分は至ってまともなのだ。楸瑛は、弟の心の友3人に感謝をすると同時に、平謝りしたかった。 「それにしても……主上はどうしたんだい?」 「どうせ邵可様のところだろう」 怒りの籠った片割れの口調に、楸瑛は苦笑を洩らす。劉輝が戻ってきたときに繰り広げられるだろう説教の嵐を想像すると、また自分が間を取り持つ破目になるのだろうと考え、その笑みは一層深くなるのだった。 了 加村様、1800HITありがとうございました!(遅れてごめんなさい)タイトルに殆ど意味はない。 リクエストは「龍/珀+双花」でした。私の書くネタで4人登場するって・・・・・・なかなかないなぁ、と感じました。4人は結構大変です、ついつい1人存在を忘れてしまったり(笑) 精々登場させることができても3人が関の山な小物な私(汗)今後がんばらないと・・・! ラストを双花(?)でシメてしまったので、↓に龍/珀を(セリフのみ) 「おい……抱き着くな」 「何故だ?愚兄と愚兄の心の友の前でなければ、触れてもいいのだろう?」 「揚げ足をとるな!」 「………冷たすぎるぞ、珀」 「友情と恋愛を履き違えているぞ……って、何処を触ってるんだ!」 「臀部」 「っっっ、ここは外朝だ!」 「…………了解した、続きは珀明の邸ということだな?」 「その自己中心的思考回路をやめろ!」 |